見出し画像

戦国トライアスロン

 トップを駆けているのは足利三人衆だった。三人衆のうち義輝と義昭は兄弟で義栄は遠い親戚だ。彼らはいろいろ揉めながらも自分たちの誰がトップになるだろうと信じていた。彼らはその地位と名誉を利用して他の選手に自分らをトップにしてくれた女でもなんでもくれてやると口約束をしていたからである。しかしその目論見は一瞬にして崩壊した。舎弟の三好が裏切って三人衆のトップの義輝を下痢でダウンさせたからだ。他の二人のうち義栄は三好に泣きつきどうにか形だけでもトップにしてくだせえと泣きついた。一方義昭は今川義元を自転車で轢いて失格に追いやった織田信長を先頭に呼んで助けてくれと懇願した。すると信長はたちまちのうちに義栄と三好を蹴散らして義昭に向かって必ずやあなたをトップにしますと誓ったのだった。しかし二人の友情は長くは続かなかった。二人はしばらく仲良く並走していたが、気が合わなくなりついに互いをディスり始めた。亭主関白君の信長は義昭に対して妻の心得に近い条文を突きつけてちゃんと従わなかったら別れるとか言って脅してきた。だが義昭も黙ってはいなかった。いつまでもわがままで奔放に生きていたいと思う彼は信長が嫌いな選手たちに一緒に信長をハメようぜというLINEを送った。それに呼応したものは次の通りである。本願寺顕如。朝倉義景。浅井長政。武田信玄。上杉謙信。彼らは選りすぐりのアスリートで義昭がうまくまとめればさしもの信長といえどうんこの浮かんだ東京湾に沈んでいたかもしれない。しかし彼らは義昭の言うことなど全く聞かなかった。自分が金メダルを取ろうと義昭を放ったらかしにして勝手に信長をやろととして自転車で無理矢理信長を引こうとしたり、泳いでいる信長を溺れさせようとしたり、さらにはトライアスロンのスタッフを装って下剤入りのドリンクを差し出した。だが信長は強かった。邪魔してくる奴らをボコボコに叩き伏せ、下剤入りのドリンクはとりあえずそばにいた家康に渡してやった。しかしその信長に突然の悲劇が訪れた。今までチャリがわりに使っていた明智光秀がもういつまでもお前のチャリなんかになるかと信長をキャンプファイヤーにぶん投げてしまったのである。こうして戦国トライアスロンは混迷した。もはや足利はなく、その足利の代わりとなるはずであった信長もキャンプファイヤーの灰になってしまったのだ。観客たちは一斉に不安に見舞われた。このまま誰もゴールに来なかったらどうすれば良いのか。もし誰もゴールに辿り着かなかったらこの競技はもう終わりだ。彼らは一斉に頭を抱えた。その時だった。彼らの前に毛だらけで全身真っ黒な一匹の猿か現れたのである。猿はひたすら走っていた。皆がうさぎと亀のウサギのごとく楽をしようとしていた時にこの猿は草履を胸に抱きしめ長き道を走っていたのだ。その猿は豊臣秀吉といった。観客はこの一瞬毛だらけで全身真っ黒な猿の登場に笑ったが、その猿の毛で覆われた筋骨逞しき肉体を見てすぐに只者ではないと察した。そして彼らは足利義満の時代に流行った予言を思い出したのである。世界の終わりに猿が現れてこの日ノ本を支配するだろう。今彼らが目にしているのはまさしくその予言の猿だった。観客は恐怖に震えた。もう東京トライアスロンどころではない。この猿が金メダルをとったら日ノ本は終わりだ。観客たちは絶望の叫びを上げた。もう我らに救いはない。そんな観客の絶望を叫びを聴きながら秀吉はウキー!叫んでゴールへと道を突っ走っていた。しかし秀吉はゴールを目の前にして突然倒れてしまったのである。ああ!哀れな秀吉はそのまま失格になってしまった。観客は無人となったゴール前を見つめながらもう選手はみんな脱落してしまったのかと悲しんだ。これではもうトライアスロンは成り立たない。多分未来永劫トライアスロンは行われないだろうと悲しんだときだった。一匹のたぬきが片手で肛門を必死で押さえながら走って来るではないか。どうやらこのたぬきは下痢らしくアスファルトにうんこを飛び散らせて走ってくる。観客は思い出した。あのたぬきは信長に下剤をもらったたぬきの家康だった。家康は人の一生は重い荷物ならぬ、重いうんこを背負ってゴールを目指していた。不思議なことに家康の後には誰もいなかった。彼がこのトライアスロンで最後の生き残りだった。家康はうんこを手にとうとうテープを切った。ああ!苦節何十年とうとうやり遂げたぞ!と家康は感激にむせんだ。観客はそんな家康に向かって叫んだ。

「なんでオマエが金メダルなんだよ!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?