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ライバルたちの真実 第二回:トルストイとドストエフスキー

 さてご好評だか大不評なんだかわからないライバルシリーズですが、第二回の今回は十九世紀ロシア文学の二大巨匠トルストイとドストエフスキーの関係について語りたいと思います。

 さて、トルストイとドストエフスキーといえば二人の生前からライバル扱いされ、当時のロシア人では二人のファンがうちどっちが偉大な文豪かで死体の山が積み上がるぐらい争ったそうです。この事から当時のロシア人がいかに文学を真面目に愛していたかを知る事が出来るのですが、当たり前ですがこれはただの冗談なのです。しかしトルストイとドストエフスキーはそんな冗談さえ真実と錯覚させてしまうぐらい偉大な存在であり、一時期のロシア文学はこの二人しかいないみたいな有様になってしまいました。

 二十世紀に入ると二人とも世界でも偉大なる文豪として語られるようになり、とうとう『トルストイかドストエフスキー』という二人を比較した評論まで出版されました。この読者に二者択一を迫るタイトルの本はアメリカの文芸評論家ジョージ・スタイナーによって書かれたものですが、その中でスタイナーはトルストイ好きはドストエフスキーを拒否し、ドストエフスキー好きもまたトルストイを拒否するといったような事を書いているそうです。まぁ私もスタイナーのこの本は大分昔に一回読んだきりなので本当にそんな事が書いてあるかどうかはわかりません。

 というわけで長すぎる前置きはこの辺にして今回も始めたいと思います。大文豪トルストイとドストエフスキーのこの世界の文学を二分する大文豪のライバル関係はどういうものであったか。さぁ、とくとご覧あれ。


 かつて、トルストイとドストエフスキーは生涯一度も会うことはなかったと言われていた。だが最近二人がとある慈善パーティーに共に参加していた記録が見つかったのである。その記録とはパーティの主催者の貴族の執事が書いた日記である。

 その日記によると二人はそれぞれ自分の友人の名義でパーティーに参加していたらしい。共に有名人である二人だからおそらく混乱を避けるために別人を装って参加したのだろうと日記には書かれている。だが文学好きのこの執事はこの二人がトルストイとドストエフスキーである事を完全に見抜いていた。日記で執事はパーティの間主人である貴族をガン無視してずっとこの二人の周りをうろついてこの二大文豪の対話を忘れぬように、まるで頭に塗った毛生え薬を染み込ませるように、必死に頭に叩き込んだ。

 執事の日記によるとトルストイとドストエフスキーは会話を交わしたものの、どちらも相手が何者であるかついに知ることがなかったそうである。彼らはパーティーの間ずっと相手をただの一般人だと認識していたそうだ。二人の正体を知る執事はなんだか焦ったくなって何度もこの二人にそれぞれ相手の正体を教えようとしたが、いざとなるとつい遠慮が出てしまい、結局何も言うことが出来なかったという。

 二人のうち慈善パーティーにまずやって来たのはドストエフスキーであった。当時ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』を出版し、生涯最後の一大イベントであるプーシキン講演を大成功させて完全に絶頂期であった。ドストエフスキーは身分を隠してパーティーに現れたが、それでも罪と罰の濃厚なドストエフスキー臭を漂わせており、執事のようなハードコアな文学ファンならすぐに彼と気づくほどだった。こんな罪と罰臭い奴はドストエフスキーしかいない。執事は玄関に入って来た彼から濃厚な罪と罰臭のするコートを受け取りなり思いっきりその臭いを嗅いだ。それからしばらくして今度はトルストイが現れた。彼は当時すでに代表作『戦争と平和』や『アンナ・カレニーナ』を書き上げ、その名はロシアだけでなく、海外にも知られつつあった。しかし当時のトルストイは精神的な危機に見舞われ自らの文学を捨て去ろうとしていた。トルストイもドストエフスキーと同じく身分を隠してパーティーに現れたが、それでも戦争と平和の香気に満ちたあんなカレー臭を漂わせており、執事はこんな戦争と平和のカレー臭のする人間はたった一人しかいないと、すぐにトルストイに気づいた。執事はトルストイからカレー臭のするコートを受け取るとやっぱり思いっきりその匂いを嗅いだ。

 執事によるとトルストイとドストエフスキーはパーティー会場ですぐに対面したという。二人はあった瞬間相手を自分のライバル扱いされているあの作家かも知れぬと思ったが、すぐに本人が来るわけないと思い直して互いに相手の名前を聞いたのだ。したらやはり名前が違かった。友人の名前を借りているから違うのは当たり前なのだが、しかし二人は相手を見てもしかして別人の名を名乗っているのではないかと勘繰ろうともせず、そのまま相手の言う事を信じてしまったのだ。トルストイのわけないよな。本人がこんなに戦争と平和の高貴なカレー臭を漂わせているはずないし、多分トルストイの熱心な信奉者だよなとドストエフスキーは思い、一方のトルストイも、ドストエフスキーのわけないよな。本人がこんな罪と罰臭を漂わせているわけない。きっとこの男はハードコアなドストエフスキー信者なんだなと思ったのであった。

 さてそれぞれの友人を装っていたトルストイとドストエフスキーであったが、話してみるとすぐに自分が想像していたライバルの存在を嗅いで強烈な不快感を感じた。自分の話している男がここまでライバルの臭いを放っているとは。きっとこいつはライバルの強力な崇拝者であるに違いない。トルストイは目の前の憐れなドストエフスキー凶信者を説教して改心させようと決意し、ドストエフスキーの方もこのカレー臭漂うトルストイ信者を大審問官の力で廃教させてやれと決意した。

 最初に切り出したのはドストエフスキーだった。彼はトルストイに向かって「あなたはトルストイ伯爵の愛読者だと思うが、伯の文学はまるで神を気取ったかのような高みから我々を見下ろすばかりで決して我々の下に降りてこない。そんな神気取りのトルストイ伯の文学ではロシアは到底描けない。この混沌としたロシア人民は神ならいざ知らず神を気取った貴族などには決して書けないのだ。混沌としたカオスの極みにあるロシアを描けるのはドストエフスキーただ一人のみ!」と苦悩の身振りを交えた大演説をした。

 トルストイはこの憑かれたように語る濃厚な罪と罰の大審問官の濃厚なワキガの匂いのする演説に吐き気を覚え、このドストエフスキーに取り憑かれた憐れな男を一刻も早く救済せねばならぬとすぐに説教を始めた。

「あなたがドストエフスキーを危険なほど狂信しているのはわかりました。しかし彼をこれ以上信じるのはあなたのために非常に良くない。なぜなら彼のロシアは彼が想像で拵えたものに過ぎないからです。彼の取り憑かれたような文章は知性より感情に訴えるものであり、読者にまともに物事を判断する能力を失わせるものだからです。あなたは彼の詐術に騙されて本物のロシアを見失っている。本物のロシアとはドストエフスキーの邪教徒がうごめくような土地ではなく、トルストイが描く素朴で純真な農民たちの国なのです」

 このようにトルストイとドストエフスキーは延々と互いに相手をライバルから自分の信者に改教させようと必死に自分の文学の偉大さを捲し立てたが、相手はライバル本人なので改心させようにも出来るはずがなかった。議論は果てしなく平行線でとうとう二人は互いの欠点を罵倒し始めたがそれはもう子供の喧嘩であった。

「バ〜カ!この文章下手っくそ!罪と罰だの大審問官だのとか偉そうな事言ってる暇あったら自分の文章磨けってお前のドストエフスキーに言っとけ!」

「何言ってんだお前?人の文章あげつらうより見たまんましか描けないバカ伯爵のトルストイの想像力の無さを心配した方がいいんじゃねえか?みんなイマジネーションが足らなすぎって笑っとるで!」



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