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全員マスク! 第22話:マスクアノン

第21話 連載小説『全員マスク!』 最終話

 iPhoneボイスから流れたエリーの話に驚いて再び彼女を見る一同。まさか彼女が全身整形だとは。どうりでどっか重力の法則に反しているなと思っていたら……

 昨夜の自分に全身整形だとバラされたエリー。怒り狂いこれは出鱈目のAIによる悪しき誹謗中傷だとジョニーを刑事告訴してやると叫ぶ。だがエリーに対する疑惑が芽生えた一同に彼女の言葉は届かない。整形と出生に対する疑惑。エリーの口から出た蒲田という過去の苗字。田舎育ちのアゴ女との発言。それが本当だとしたらそんなヨーロッパで全身整形しただけの田舎者が何故一族一ノ瀬財閥の後継者を名乗っているのか。iPhoneボイスのエリーは今一同の前で疑惑の真相を語ってゆく。

 ヨーロッパ各国の名門大学であらゆる事を習得しまくったエリー。元々目立ちたがり屋の承認要求娘。すぐさま派手な広告業界に飛び込んだ。入ったのはEU最大の広告会社。EU各国の広告を一手に引き受ける巨大企業。ヨーロッパは日本を遥かに超えるコネ社会。国王貴族名門富豪目白押し、何でもかんでも家柄重視。その広告業界で成り上がるにはあれしかない。エリーは改造しまくったフルボディを巧みに売りつけてコネをもぎ取っていった。コネのおかげで多少名前が知られ始めたその時、初めてのアメリカ出張でエリーはある事実を知りアゴが外れそうになるほどのショックを受ける。

「カオリよ!あのブッチャー、生意気にもダイエットに成功して何故かアメリカの広告界で新たなカリスマと持て囃されていたのよ!新聞雑誌テレビがこぞってデカデカとマスクをつけたカオリを取り上げていたわ!私はある雑誌の表紙でマスクをはめたブッチャーを見て思わず笑ったわ。ダイエットには成功したみたいだけど、整形は大失敗だったんだわって!だけどその整形大失敗女がカリスマだと持ち上げられている!私はやっぱりアメリカは伝統も美もないからこんなプレゼンのスキルしかないようなブスが持ち上げられるんだと全力で嘲笑した。だけど笑っているうちに自分が惨めになってきたのよ!私は娼婦みたいに体売りまくってやっと今の地位まで昇ったのに、こいつはプレゼンスキルだけで私の遥か上に行ってる。この私の絶望がわかる?やっと過去の惨めったらしい自分を乗り越えられると思ったのに、またあのいぢめられ尽くした小学校時代に戻されたのよ!全くとんでもないすごろくだわ。私は結局アメリカで自分を売り込む事は出来ず、酷く暗い気分でアメリカを去ったの」

 衝撃的な再登場をしたいぢめっこカオリから受けたショックを号泣しながら語るエリーと、それに対して時に啜り泣いて「かわいそうだな」「たまんねえぜ」と相槌しながら話を引き出そうとするジョニー。だが曇り空が晴れるようにエリーは再び高揚した声で言う。

「そんな時にあの人たちに会ったのよ。あれは奇跡だった。その名はマスクアノン!」

 マスクアノンという突然放たれた言葉にどよめく一同。互いに顔を見合わせなんぞと問いまくる。その連中に向かってiPhoneボイスのエリーはご丁寧にもマスクアノンという組織について講釈を始める。

「マスクアノンというのは今全世界に蔓延っているマスク強制の圧力に抵抗する正義のレジスタンス組織よ!第三のフリーメイソンと呼ばれる組織でスイスに本部があって、そこからヨーロッパ、アメリカ、そして日本をはじめとした全世界でマスクレジスタンスの活動をしているの。私がマスクアノンと初めてコンタクトをとったのはアメリカ出張から帰って一週間後。パリの凱旋門の下である男に突然声をかけられたの。『あなたのココロの隙間をお埋めいたしますって!』私はそのマスクなしの福々しい笑顔を見てこの人は信用できると思ったわ」

「やめなさい!」と腰抜けまくりのエリーが耳を塞いで叫んだ。人はいつだって変われるもの。昨日の私と今日の私は違う人間なのよ。昨夜の自分に何もかんもバラされまくりのエリー。もう恥も外聞もなく叫びまくる。「これ以上それを流したらここにいる人間がどうなるかわかっているの!私たちはもう破滅よ!」それを聞いて取締役の何人かの顔が一斉に青くなり慌ててジョニーからスマホを奪おうとする。だがそのジジイどもの前に立ち塞がったのはほかならぬキャロライン。キャロラインはカンフーポーズでジジイを怯ませジョニーに言う。

「ジョニー、続けて。コイツらは私が叩きのめしてやるわ!」

「オーケー、キャロライン!俺たちはどこまでも一緒だ!」

 最高のベイビーとボディガードを得て無敵状態のジョニー。勢いよくテーブルに乗ってさらにスマホの音量を上げる。もう議場はエリーの暴露ボイスのトラック鳴りまくりの一大レイヴ会場だ!

「マスクアノンの使者は私に言ったわ。自分たちとマスクレジスタンス活動をしないかとね。私は当然最初は拒否したわ。いくらマスク嫌いでもこんな怪しげな組織と関わる義理なんてないもの。だけど、彼らはそれでも食い下がって来た。もし、マスクアノンの組織に入ってくれたら私のビジネスを全力でサポートするとまで言ってきた。『私たちの組織に入ったらあなたはヨーロッパの広告業界の女王になるでしょう』と。この言葉に飛びつかない手はなかった。私はすぐさまマスクアノンに入ってそのサポートであっという間にヨーロッパの広告業界の女王となった。私はようやくカオリに並んだのよ!」

 そう言って歓喜のあまり泣き出すエリー。一流ホストのジョニー。そのエリーに啜り泣きながら良かったななどと心に染みるような声をかける。このジョニーの相槌に感情が昂ったエリー。大袈裟に声を張り上げてこう宣う!

「だけどいくらもしないうちにブッチャーを超えてしまった!あれは三ヶ月前。私はマスクアノンから日本での活動の依頼を受けたの。その時ブッチャーも日本に帰っている事を知った。マスクアノンは私にこう依頼したわ。『今日本の厚生省の主導のもと、日本最大の広告会社がアメリカから遥カオリ招いて『全身マスク!』なるマスク強制の運動を始めようとしている。このままだと日本からマスク強制の風潮が世界に広まり、世界はマスク独裁のXな闇に覆われてしまう。そうなる前に日本に飛び、全身マスクを叩き潰せとね。まずは日本へ飛び、広告会社の主である一ノ瀬財閥の当主の一ノ瀬家斉にコンタクトしろ。そして奴をたらし込んで戸籍に自分の名を入れさせるんだ』。私はその依頼を今すべて、完璧な形で成し遂げたわ!この田舎者の私が、教室が埋まるほどのデブからさえ、アゴ女、カマボコ女、ハプスブルク女とバカにされていたこの私が、名目共に最高権力者になったのよ!これはフランス革命よ!私はニューヨークのあの安っぽい銅像の女神じゃなくて、ドラクロアの描く本物の自由の女神になったのよ!明日の取締役は人民裁判よ!まずあのブッチャーをけちょんけちょんにして大恥中の大恥かかせて身ぐるみ剥いで会社から叩き出してやる!今日はなんて素晴らしい前夜祭なの?ああジョニー!今すぐ私を抱いて!そしてその小さすぎるジャップコックで私を沸騰させて!さぁ、そのピクシーのようなその可愛らしいコックを見せて!恥ずかしがらないで!あのね、教えてあげるけど、女はねコックの大きさなんかあまり気にしないのよ」

「エリー・マイラブ・ソー・スイート!全部話してくれてありがとう。今俺お前のストーリーにヤバいぐらい感動している!愛しさで溢れる俺のインマイハート。もう……」

 ここで二人の話は終わり、続いて聞こえるはどったんバッタンの騒音。接吻の音らしきものも聞こえたが、それに慌てたジョニー、すぐさまiPhoneボイスを止める。取締役たちやマーティンの羨望の視線とキャロラインの冷たすぎる視線。ジョニーは青ざめて俯く。

 エリーの驚愕の告白に驚き果てる一同。この不祥事だらけの日本最大の広告会社で行われていたに国家さえ揺るがす程の最大級の不祥事。取締役の中には取締れないほど取り乱すものたちがいる。皆がエリーを凝視する、昨日の自分に悪事の全てを暴露されたエリー、完全に我を忘れて叫ぶ!

「みんなバカじゃないの!なにこんなものを間に受けているのよ!やっぱりジャップはテクノロジーに関しては百年遅れているんだわ!こんなちゃちな代物に騙されるなんて!あのね、これはさっきも言ったようにただのAIなのよ!このゴミクズジョニーが私の声を使ってAIで仕上げた嘘八百の代物なのよ!」

 エリーの幼稚な弁明。それを訴える表情の必死さは哀れを感じさせる。そのエリーの前に進み出るはキャロライン。ああ!かつてのいぢめっこであり、殺すべき敵。その敵がマスク越しに憐れみの表情を浮かべてエリーに問う。

「エリカ。AIなんてバカのジョニーが使いこなせるわけないじゃない。彼にできるのはせいぜい好きな女性タレントのそっくりさんの裸を作ることだけ。それにあなたが言っていたマスクアノンなんて組織、今の今までジョニーどころか私たちの大半が名前すら知らなかったはずよ。そんな名前を昨日今日でどうやってAIに取り込むことが出来たのかしら……。エリカ、諦めなさい。もうあなたの負けよ」

 小学生ぶりに自分を見下すキャロラインを見て憤慨するエリー。完全マスクで素顔も晒せぬ整形失敗のブス。ダイエットで人並みになったからといってこのヨーロッパの豪奢を組み尽くした女王を見下すことなど許せぬとキャロラインを下からキャロラインを睨みつける。だが突然エリーは笑い出す。一同とうとう気のふれたかと後ろに退く。エリー、笑いながら立ち上がり一同に向かって言い放つ。

「ハッハッハッハ!全くおかしいわ!あなたたちは二時間ドラマの毎回崖でやる犯人の自白シーンでも観ているつもりなのかしら!確かにこのゴミクズジョニーが盗み撮りしたのは私のボイスそのものよ!そして言ったこともすべて本当よ!だけどあなたたちに私を裁く権利があるかしら?私は今名実共に一ノ瀬財閥の後継者で次期社長となる人間なのよ!今から決議第二を付け加えましょうか?この一ノ瀬エリカの社長就任と、それに反対する取締役全員の解任決議を今ここで行いましょうか?取締役の中のマスクアノンたち。今こそあなたたちの出番よ!さぁ、この決議でマスク信奉者の異端分子を洗い出してギロチン送りにするのよ!」

 ナポレオン、アドルフ・ヒトラー、スターリン、そしてエカテリーナ二世。ヨーロッパの独裁と虐殺の歴史を一身に体現するエリー。テレビゲームのラスボスの最終形態と成り果てた彼女の周りに燃え盛るのはさんざめく虐殺の業火。皆この業火に圧倒され言葉も出ない。

 だがたった一人だけ圧に屈しない男がいた。ドラクエやFFには必ずジョニーとつけていた男。その勇者ジョニーがテーブルの上から華麗にエリーの目の前に飛び降りてそしてこう言い放つ。

「エリー、申し訳ないけど黙っててくれないか?俺のプレゼンはまだ終わってないんだ」

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