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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第二十五回:大騒ぎの後の不安

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 しかし垂蔵は露都の言う事などもう聞いていなかった。彼の心はすでに来週の土曜日に行われる復活ライブに向かっていたのだ。彼は客席から自分を見上げる孫のサトルを想像した。そして孫の母とその夫である自分の息子……。

「おい垂蔵」

 と声をかけてきたのはイギーであった。垂蔵は声をかけられて物思いから目が覚めた。

「親子水入らずのとこ悪いけど、もうライブやるって事でいいんだな。今医者呼んでくるけどいいのか?コイツがサインしたらもう逃げらんねえぞ」

「何言ってんだお前。ずっとやるって言ってたじゃねえか?お前とうとうボケが入ったのか?ガンにアルツハイマーじゃサーチ&デストロイも終わりじゃねえか」

「バカ!笑えねえ冗談言うんじゃねえよ。ったくテメエって奴はよ!……でもよ」

 イギーはそう言いかけて垂蔵のそばにいる彼の息子を見た。そして続けた。

「へっ、まさかサーチ&デストロイん中で一番の悪たれだったお前に孫までいるなんてよ。おい、俺たちん中でガキがいるのお前だけだぜ」

 垂蔵はイギーの話を聞いて驚いような顔をした。

「あれっ?お前らにも女はいただろうが。イギーお前も結婚してただろ?」

「お前、何年前のこと言ってんだよ。あれとはとっくに離婚したよ。今は若い姉ちゃんと暮らしてる」

「ああ、この間スタジオに連れてきた四十ぐらいのババアか」

「てめえ!ってまあそうなんだが……とにかく俺はそいつと暮らしていて、コイツラに至っては昔も今も独身よ」

「ヘッ、そうかい。確かに若え頃はこんなジジイになるなんて思ってなかったぜ。三十前で死ぬって信じていたからな」

 垂蔵はこう言って笑ってからサーチ&デストロイのメンバーを見渡した。イギー、ジョージ、トミー。コイツラとはホントに長い付き合いだ。何度も洒落にならないほどの喧嘩をしてもずっと一緒にいる。全く今じゃ生きているのかどうかさえわからねえあのクソ兄貴たちよりずっと兄弟らしく思える。まぁ、当たり前だ。コイツらとは兄貴たちよりずっと長い時間を一緒に過ごしてきたんだから。垂蔵はサーチ&デストロイのメンバーに向かって言った。

「来週のライブ、俺お前らのためにも命懸けで演るよ。それが今まで一緒にやってきたお前らへのせめてもの礼だ」

「バカヤロウ!そんなしみったれた事言うんじゃねえよ!来週はお前の復活ライブだぜ!ガツンとかまして大口垂蔵ここにありってのを見せなきゃダメだろ!復活するんだから次のライブだってやるし、そのまた次のライブだってやる。そうやってライブを延々やってきゃガンなんてガンジーみてえに餓死するわ!」

 このイギーの言葉に続いてジョージもトミーも大声で垂蔵を励ました。垂蔵はバンドメンバーの励ましに上機嫌になり、復活ライブにきた客をみんなぶち殺してやるとか喚きだした。露都はジジイたちの大騒ぎぶりを場所をわきまえない騒ぎぶりに恥ずかしくなったが、同時に彼らの絆の深さを見てこのクズどもにもそれなりの人生があったのだなと感慨を持った。だが、彼はふと眺めた病室のドアに先程の看護師が目を剥いて直立しているのを見て感慨など一気に吹き飛んでしまった。彼はサーチ&デストロイのメンバーを黙れと叱り、看護師に何度も頭を下げた。


 その後露都は垂蔵の外出許可をもらうために医者と会った。イギーにパシられた家時が看護師に頼んで病室に来てもらったのだ。部屋に入ってきた医者は垂蔵と露都たちを訝しげに見回してフンと鼻を鳴らし、垂蔵のベッドの脇に立っている露都に向かって面談室にくるよう声をかけた。

 面談室に入ると医者はレントゲン写真や診断書をテーブルに出して垂蔵の現在の状態を報告した。医者によると垂蔵の体調は取り合えず安定はしているらしい。食事もちゃんと取っているようだし、血圧も体温も目立った異常はないそうだ。

「まぁ、今のところは安定しています。歩くことも出来るようになったようだし、ひとまずは安心です」

「そうなんですか」

「それでですね。外出の件であなたに一つ聞きたいんですけどね……」

 医者の訝しげな顔を見て露都はなんだか嫌な予感がした。

「患者さんの外出の目的はなんでしょうか?」

 露都はさんざん垂蔵から聞かされているだろうに何故か今更聞くのかと考えた。しかし考えてもしょうがないと思い、正直に垂蔵が来週をやるからだと答えた。すると医者は表情を変えずに口を開いた。

「まぁ、多分あなたは今こんな事を今更聞くのは何故かって思ったんだろうけど、まぁ規則なんでね。保護者には念のために一応聞いてるわけです。ウチが他の病院に比べてなんで外出許可をこんなに厳しくしているのか話しますが、一年前に外出許可を出した末期がんの患者さんがそのまま居酒屋に飲みに行ってそこで急死してしまったという事故がありましてね。それで外出に対して厳しくなったんです。まぁぶっちゃけて言えばこれは患者さんを守るというより、あくまでウチを守るためです。なんでもかんでもウチのせいにされてはたまりませんからね。いいでしょう外出は許可します。ただ」

 と医者は一瞬話を止めて、そして再び口を開いた。

「許可書にも書いてますけど、何が起こっても絶対にウチは責任取りませんよ」

 医者は本当にうざそうな感じで言い終えた。露都はその医者の口調から垂蔵がこの病院からどれほど嫌われているかを改めて感じた。すると医者が何かを思い出したように顔を上げて露都に尋ねた。

「失礼な事聞くかもしれないけどあなたのご職業は?」

 露都はなんの意図があってこんな事を聞くのかと思ったが、しばらくしてから公務員だと答えた。すると医者は軽く相槌を打ってこう言った。

「なる程、いろいろ大変だね」

 医者のどこか見下した口調に露都は自分が誤解されているように感じてハッキリと自分の身分を明かしてやろうと一瞬思った。医者はそばにいた看護師に許可書を持ってくるように言い、そして露都に向かって話しかけた。

「最後に患者さんの病状について話しておくけど、火曜日に命は持って一年、最悪の場合はそれよりも早いかもしれないって話しましたよね。だけどこの一週間何度もレントゲンを撮ったんだけど、どうやら思ったより腫瘍が大きくて、下手したら予想よりもずっと早いかもしれないんだよ。だけど手術をしてその腫瘍を取れば宣告通りあと一年は生きられるかもしれない。まぁ、あくまで可能性の話だよ。手術をしたからって別に寿命が大きく延びるわけじゃない。ハッキリ言えばただの延命措置だよ。その手術だって大きなリスクがかかるんだ。もしかしたら手術中に命を落とすことだってあり得るかもしれない」

「父と相談してみます」

「そうだね、本人にも伝えておくからよろしく頼みます。じゃあ私はこれで退出するから。外出許可書についてはそこの看護師から説明を受けて下さい」


 看護師から外出許可について一通りの説明を受けた露都は許可書にサインと印を押し、それから許可書の控えを持って病室に戻って垂蔵とサーチ&デストロイのメンバーたちに見せた。垂蔵たちはやっと出た外出許可書を見て喜び、興奮のあまり許可書を破りかねないほどだったが、露都ははしゃいでいる彼らから目を逸らし、一人さっきの医者が話したことについて考えていた。

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