《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第二十六回:後悔
病院から出で家へと帰ろうとしていた露都は突然自分が外出許可のサインをしてしまった事を悔やみ始めた。今から病院に電話をかけてすぐにでも外出許可を取り消したくなった。だが取り消しが無理だという事は彼自身が一番よくわかっていた。だから猶更後悔の念は激しかった。垂蔵のガンは想像よりずっと早く進行している。このまま行ったら半年も持たないかもしれない。それどころか下手したら垂蔵も医者が話した患者みたいにライブ中に死んでしまうかもしれない。
垂蔵の外出については殆ど垂蔵本人とサーチ&デストロイのメンバーと家時が看護師と相談して決めた。露都もその場にいたが、彼はサーチ&デストロイのバンド活動について全く知らないので何も発言できなかった。相談の結果これから一週間の垂蔵の外出のスケジュールは大体固まった。それによると垂蔵は明日からバンドのリハーサルのために木曜まで毎日二時間外出し、ライブ前日の金曜日と当日の土曜日は家時の家に泊まる事になった。露都はとりあえず垂蔵が家時の家に泊まる事になってホッとした。メンバーの家に泊まったら垂蔵は絶対にたかが外れて無茶をし始めてたらただでさえ悪い病状を急激に悪化させてしまうだろう。家時は看護師からの注意をメモに書きつけながら熱心に聞いていた。
垂蔵に別れの挨拶をして病室から出た時、家時が追ってきて連絡先を教えて欲しいと頼んできた。外出中の垂蔵について報告を入れたいという事だった。露都はそれだったらと自分の携帯番号とメールを教えた。すると家時はチケットの事を自宅に送っていいかと聞いてきた。
「三人分でいいんですよね。一応説明しておきますけど、お送りするチケットは関係者用だから開場まで並ばなくても外のスタッフに見せればすぐに中の関係者席に入れてくれますよ」
露都はライブが出来る事に喜んで目を潤ませている家時に向かってありがとうと礼を言ってそのまま立ち去ろうとした。だがその時家時が彼を呼び止めて不安げな顔でこう尋ねた。
「あの露都さん、大丈夫ですか?なんか顔青いですよ」
全く大丈夫じゃなかった。こうして電車にも乗らず無駄に歩いて頭を空っぽにしようとしても病院での医者との会話が頭をよぎった。露都は自分が今垂蔵という存在をこんなにも近しいものに感じていることが不思議でならなかった。ついこの間まで本気で死んでしまえと思っていた垂蔵。いつもクズ!ゴミ!と罵り続けた垂蔵。垂蔵は今でも立派に現役のクズでゴミなはずなのにどうしてこんな気持ちになるんだ。今日、初めて垂蔵という人間の一端に触れたような気がした。あんなクズでもクズなりに母の事を想っていたんだという事が初めて分かった。そういえば垂蔵とまともに会話したのは小学生ぶりなんじゃなかったか。会話をして少しだけ驚いた。こいつも普通のじいちゃんなんだって。露都は垂蔵との会話を思い浮かべた。サトル、絵里、母、垂蔵。だけどその垂蔵はもう時期死ぬ。そう思った瞬間露都は我に返って空を見上げた。日はもう完全に暮れていた。全く時間ってのはどうしてこんなに経つのが早いんだ。朝病院に来たのにいつの間にか日が暮れてやんの。こんなに時間が経ったのは多分看護師と垂蔵たちの話し合いが長引いたせいだ。もう絵里とサトルはとっくに家に帰っているはずだ。もしかしたら心配して電話かメールを送ってきてるかもしれない。露都はジャケットのポケットからスマホを取り出して通知を確認した。絵里からの電話はなかったが、メールが一通届いていた。そこには短くこう書かれていた。
「露都、お父さん大丈夫?帰りが遅いからちょっと心配になってメールしました。なんでもいいからなんか返信して。サトルもパパ遅いって心配しているよ」
露都は「大丈夫だ」と短く書いて返信しポケットにスマホを戻した。その途端急に家に帰りたくなってきた。帰ろう。外はもう寒いしこのままいたら風邪引いちまう。露都は周りを見て駅を探した。少し先に地下鉄の出入り口があるのが見えた。彼は小走りで出入り口へと向かいそして駅へと続く階段を降りた。
ドアベルが鳴ったので、一人リビングでテレビを見ていた絵里はやっと帰って来たのかと呟やきながら立ち上がって玄関へと向かった。そしてドアを開けて夫を出迎えようとしたのだが、開けたらそこに真っ青な顔の露都が立っていたのでびっくりして固まってしまった。
「ど、どうしたの?さっきメールで大丈夫だって言ってたよね?もしかしてその後なんかあったの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもないってそんな青い顔してたら誰だって心配するよ?」
「いや本当になんでもないんだ」
そう言うと露都は玄関から内に上がりそのまま書斎に向かって歩いた。
「ねぇ、作り置きのご飯あるから温めようか?」
「後で食べる」
絵里は書斎へと入る露都の背中を見て一人呟いた。
「まったく何がなんでもないよ」
書斎に入った露都は机の椅子に座って力なく項垂れていた。しばらくして絵里がドアをノックして彼を呼んだ。
「あの、ご飯持ってきたから中に入っていい?」
露都はうつ向いたままいいよと答えた。すると絵里がドアからご飯を乗せたトレーを手に入ってきて机にご飯を置いて話しかけてきた。
「で、本当にお父さん大丈夫なの?私にはホントのこと言ってよ」
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