大嶽洋子

本当は詩人かもしれない。 ななつの顔を持つ女とも呼ばれる。童話作家、歌人、随筆家。(仏…

大嶽洋子

本当は詩人かもしれない。 ななつの顔を持つ女とも呼ばれる。童話作家、歌人、随筆家。(仏教関係のエッセー、古典エッセ、、、)ファンタジー作家。料理研究家(とくに万葉集のなかの植物)このコーナーでの目的はファンタジーの発表とおもっています。

マガジン

  • 私の万葉的食卓

    山中での私の暮らしを気の趣くままに書いたものである。季節の移ろうままに、空を行く雲の照り翳り、日の光りとあるいは風に揺れる樹々との気紛れな会話。太古からの物語を記憶する月光の歌声も聞こえてくる。いつの頃からか、わたしは自分を取りまくもの(森の魂だろうか?)との境界線が、薄く柔らかくなっていくことに気付いた。そして、おそらくは、同じ感覚を共にしただろう万葉の歌人たちの面影なども一首そえて。時空を超えた自由な世界での、眼の、耳の、あるいは心の遊びを並べた食卓である。

  • 砂師の娘

    月が峰の地底深く、太古より地霊一族の守る宝庫があった。ある悲劇の夜、宝庫の番人である娘の命が失われ、宝物を慰めてきた美しい声が消えた時、宝庫は暗い闇に包まれてしまった。数百年後、月が峰の渓谷にある砂師の小屋で、由という名の一人の少女が修業している。謎の城からやってくる「砂絵の試し」を受ける日が近づく。 黒森からあかねが淵、そして、月が峰へと展開してゆくファンタジー.第三弾。

  • あかねが淵|大嶽洋子

    この話は遠い過去のものがたりではない。もしかすると、この話は、あなたが、忘れてしまっていた森や精霊や友人たちにつながっていくかもしれない。この話は、懐かしく記憶にある五つの山、主峰の月が峰、その影にある黒森、この世の風を司る風森、太古の樹を守り樹上の民の住むひすいが池、生命の水壺を抱くあかねが淵。物語は、あかねが淵のふもとの萱が裏から始まってゆく。 記憶を失って、別人のようになった庄屋の美しい娘とよ、その息子の暗い水の記憶に悩まされる少年かい、庄屋の文蔵に封印されている謎の古文書、その封印が解かれたらしい。紐結びの名人、楠の木のおばあが呼び出される。そして、人々は密林の奥深く、あかねが淵との結界に建てられた姉妹の塔の存在を思い出した。

最近の記事

無人島のお茶会

「この飲み物は、昔の中国のお話に出てくるような桃の実と森の中の泉に湧く炭酸水を混ぜて作ったものよ。このお菓子は森の木の実を砕いて粉にして、焼いたものなの。冷たく冷やした葡萄と白薔薇のソースをかけて召しあがれ。難破船から、持ち出したスモークドサーモンの薄切りもあるわ。このポテトは小粒ですけれど、島のはずれの荒れ地で出来た美味しいものなのよ。こんな無人島のお茶会に、あなたをお呼びするなんて、相変わらず無茶な奴だと思うでしょうね。」 無人島で暮すというのは、私の子供の時からの夢だっ

    • 砂師の娘(第十七章B面てのひらの石)

       その男のマントの中はひんやりとしていたが、乾いていた。 ゆうがいつかどこかでかいだ悲しい匂いが混じっていた。胸をかきむしられるような淋しい匂いだった。 お香の匂いだった。 「よいかい。この香の束がなくなるまで、夜も昼も絶やさずに焚き続けるのだよ。亡くなった母さんが迷わずに、楽しい美しい地に行くことが出来るように。また、残ったお前に悪しき神が近づくことのないようにな。」 深く灰に火だねを埋めて、香木をくゆらせながら、村の長は言った。泣きはらした目をしっかりとあげて頷くゆうを、

      • 鶴と名付けたこと

         雨が降っていても散歩をする。 ことに近頃は「熊が出没する」という情報が出回っているので、「必ず鈴を持ってくださいね」などと心構えも支度もひと手間いる。 (雨の日なら、傘を持ってない熊は出て来ないだろう。アザーズも濡れた地面を這うのは楽しくないだろう)  今日も赤い傘をさして、散歩に出かけた。紫陽花はそれぞれの形も蒼の変化も多彩でたっぷりと雨露を含んで美しい。木槿は早く暮れてゆく雨空に反応して、落花で、もう足元を白く染めている。 今年は新顔の山百合が数本、細い優美な蕾をふくら

        • 砂師の娘(第十七章大きな影が)

           しんさまの歌声。その歌声はやがて、その場の者、みんなの耳に届くようになった。当然のことのように、みんなの目はしんさまの顏にそそがれた。しんさまの顏は、暗い水面をかすかに照らし出す明かりでは、よく見えなかった。しんさまはみんなの目から、顔をそむけていた。 すぐ側で、しんさまの手を握っていたゆうだけが、しんさまが顔をそむけているわけを知っていた。 (しんさまが泣いている) しんさまの泪はしんさまの頬を濡らし、固くかみしめた唇から、首筋へと流れてゆく。 歌声は遠い鳩の鳴き声のよう

        無人島のお茶会

        マガジン

        • 私の万葉的食卓
          4本
        • 砂師の娘
          10本
        • あかねが淵|大嶽洋子
          58本

        記事

          闇に描く蛍の言葉

           後ろから、激しい頭突きを食らったような気分だ。振り向けば真っ赤に目を怒らせた夏が鼻息荒く、角を振りたてていた。  今年は、よく蛍も見ないうちに、夏が飛び込んできた。 去年、蛍を観た草原を通り過ぎながら、ふと気が付いた。草に覆われた側溝に流れ落ちる水音の淋しさ。日暮れがわずかに早くなった淋しさ。あかねに染まった雲を、山の端に追いやるたそがれの無情さ。 これから、激しい夏の季節を迎えようというのに、何故か身にそぐわない季節の衰えを感じる淋しさ。 このようにただ激しい水音が、夜の

          闇に描く蛍の言葉

          砂師の娘(第十六章C面 選んだ袋)

          カケルはきらきらと輝く空気に包まれていた。 「ああ あゝ 」 声を出そうとするたびに、喉がナイフに刺されるように痛んだ。声ではなく、乾いた風の音がした。身体が一本の砂の棒のように思えた。わずかでも音を出すと、そこからこわれていく砂の柱。 (砂に、砂になっていくのか?) カケルはもう、目を開けて見ることも忘れていた。 「まだだ。まだだカケル、お前は砂にはならん。」 力強く囁く声がした。カルラの声だ。 「ああ、ああ、、」 妙にざらつく胸から喉元へ、熱いけむりのような息がひとすじ出

          砂師の娘(第十六章C面 選んだ袋)

          ねむの花 舞姫たち

           流れ星が落ちるような、予測不可能な気紛れさで夏椿の花が落花している。廃園の背の高い夏椿が不思議な速度で落花していくのを眺めていたら、すっかり、暮れてしまった。大急ぎで家に向かう。 なんとまあ、ほの青い夏至の空に向かって、ねむの花が七つほど咲いていた。すでに眠りに入って、柔らかく羽根を閉ざした葉の上に舞いおりた鳥のように見えた。妖精の国から飛来した舞姫たちのように思えた。 思わず、「ようこそ」とウキウキとした、いそいそとした声を上げていた。 次の朝、そして次の朝、窓からみおろ

          ねむの花 舞姫たち

          砂師の娘(第十六章B面時の蛇岩の旅)

          さらさらと砂の零れる音がする。聞こえるはずのない時の零れる音だ。しんさまは絶え間なく零れる砂に似た音を聞きながら思った。さらさらと零れていく砂の音には切れ目がない。繋がっているようで、繋がらない幻の糸のような時の流れ。  岩ばばの指し示す古びた白い岩の裂け目に飛び込んだはずだった。先に飛び込んだつぐみの背中を見た記憶がある。後に続いたゆうの小さな手が、私の手を捕まえようとしたのも覚えている。(私はあの手を振り払った。) 心のどこかでチクリと冷たい思いが胸を刺す。  でも今は誰

          砂師の娘(第十六章B面時の蛇岩の旅)

          ある日 森の中クマさんに、

           のんびりと、薔薇の蕾を数えたりして、幸せな夕刻の散歩の途中だった。この季節、空気は、野原の花の甘い香り、木の花の豊かな香り、新樹のスパイシイな香り、が混然と交ざっていて、大きく息を吸うと、心が伸びやかになる。 空の鳥たちも、たそがれの空の魔術に酔っ払っているのか、艶を帯びた息長い旋律を聞かせる。 「ああ、今年はつぐみが来て、ジューン・ベリ―の実をあっという間に、食べてしまいました。いつものジャムをお届けできないわ。」 「なんだか、今年は本当に森の住人たちがお腹を空かせている

          ある日 森の中クマさんに、

          砂師の娘(第十六章時の蛇岩へ)

           しんさまは首すじに差すような痛みを感じた。殺気というようなものでもない。突然に身の危険を感じた動物が漂わす恐怖といったほうがよいかもしれない。不思議と憎しみとかの持つ冷たさは感じられなかった。しんさまはその痛みを誘う視線の送ってくるあたりをさぐってみようとした。 「見てはいけない。出来るだけうつむいているのだ。」 岩ばばが、平べったい低い声でつぶやいた。岩こぞうたちを激しくどなりつけては、その声が矢を放つ音に紛れることはない。つぶやき声との二つを使い分けているのだ。 昨夜の

          砂師の娘(第十六章時の蛇岩へ)

          野ばらのアーチの事情

           ほんの思いつきだった。右側のガーレージの横にたれさがった野ばらと、左側の松の根本を埋める野ばらを結んだら、野バラのアーチが出来るだろうと。  かくて、五月のある朝、野ばらの白い花が一せいに咲く。待ちかねたように、熊蜂のクマゴロウ親分が鼻歌まじりで、手下の蜂一家を引き連れて、やってくる。 アーチの下の石段の両側には赤いツツジの花がせり出し、人ひとり分通れる空間を残して、炎のように咲き誇る。ついに、一か所、右と左の花が繋がり、赤い炎の半円の輪が出来上がった。私はサーカスの虎みた

          野ばらのアーチの事情

          砂師の娘(第十五章C面 守る者たち)

          ぼろん ぼろん ぼろん カケルは耳の近くで、古びた楽器を奏でる音を聞いた。その音は遠くからやっと届いたようなかすかな響きだった。 ぼろん ぼろん。 カケルの重いまぶたをこじ開けるような、強い音を再び聞いた。その音は、もう止まりかけたカケルの心臓の最後の呼びかけのようでもあった。 命が最後に強く打ち鳴らした音のように、いつまでもカケルの耳に残った。 カケルの身体は透明な光の糸で切られていき、今にもひび割れが全身に走る寸前のようであった。柔らかい音がひび割れる音にかぶさってゆく

          砂師の娘(第十五章C面 守る者たち)

          歌人たちとの三日間

           私の所属する結社の歌人たちの集まりがあった。 琵琶湖をはさんで対岸にあるホテルだった。 三日ほど、私の住んでいる比良山系の山並みを、遠く眺めることになった。 普段、見慣れている山容が、湖を一つ間に挟んだだけで、 夢の中の景色を、まざまざと眺めているような、不思議な異界感を感じる。 鈍色に光って見える湖は、遠く細く、神々の結んだ水の標のようだ。 古ぼけた琵琶を抱えて葦の原でまどろむ神の姿。あるいは、固い柘榴の実を齧りながら、風の袋を担いで行き交う風の神たち。 雲の舟を、長い杖

          歌人たちとの三日間

          砂師の娘(第十五章B面 影を食われる)

           カケルの顏が陽に照らされた銅像のように、薄気味悪く輝き始めた。カルラはきらきらと光をこぼす空を見上げた。光が刃のように皮膚に痛い。 自分の身体でカケルを覆うように、抱き上げた。 「たのむ、教えてくれ。どこかカケルを休ませる日陰がないか?」 あたりを見回すまでもなく、答えは判っていた。日陰はどこにもない。 銀の森の奥深く差し交した枝の一本たりとて、どんなささいな光りでも、余さず跳ね返している。 カルラは、微笑を頬に張り付けたようなしらとりに近づいた。しらとりは近づくカルラの勢

          砂師の娘(第十五章B面 影を食われる)

          水を活ける六月

           今年はドクダミが俄然元気が良くて、庭のあっちにも、こっちにもスペード型の葉を所せましとばかり広げている。 十薬と呼ばれるほどに薬用効果もあるらしく、そのかたまりの一角に立つと、薬種問屋みたいな気分で、あの独特の匂いを嗅いでみる。 鉢から零れたのか、新来の八重のドクダミも、伸び伸びと領地を広げて、冴え冴えとした微笑を浮かべている。  備前焼の花瓶二つを並べて、茶花風に活けてみる。一重のドクダミと八重のドクダミ  一重は生硬な女学生(流行りの形容で行けば、昭和風の、、)のすまし

          水を活ける六月

          砂師の娘(第十五章祭祀長の話)

          『長い間、お前はともに暮らしてきたのだ。私がもはや人間とはいえないものであることは知っておるだろう そうだな、私はお前たちが言うところの化け物の一人だよ。そのように怯えて、固く目をつむらなくともよい。私のような化け物の作り主は、、」 祭祀長はふと黙り込むと、自分の部屋に潜んでいる黒いあやかしの反応を見るように、首を傾げた。 「さっき、お前は叫んだな。自分は目明きだと、、それはとりもなおさず、この私の部屋から出るものは、生きて、この部屋から出る者は、再びまともに、物を見ることが

          砂師の娘(第十五章祭祀長の話)