砂師の娘(第十五章祭祀長の話)

『長い間、お前はともに暮らしてきたのだ。私がもはや人間とはいえないものであることは知っておるだろう
そうだな、私はお前たちが言うところの化け物の一人だよ。そのように怯えて、固く目をつむらなくともよい。私のような化け物の作り主は、、」
祭祀長はふと黙り込むと、自分の部屋に潜んでいる黒いあやかしの反応を見るように、首を傾げた。
「さっき、お前は叫んだな。自分は目明きだと、、それはとりもなおさず、この私の部屋から出るものは、生きて、この部屋から出る者は、再びまともに、物を見ることが出来なくなるのを知っておるのだな。自分の目がこの部屋で見たものに耐えられない。目の記憶を消し去るために、自分の手で自分の目をつぶしてしまう者もいるからな。ふふふ、震えておるな。何度も言うが、こんな化け物になったのは、私の所為ではない。」
祭祀長は固く目を閉じている神官を憐れむように見つめた。
「長い話をしたいと言ったが、私は自分のこの運命を恐れはしないが、他の者に起こるであろうことを恐れる心が残っていることに戸惑っているのだ。
今朝、遠い昔に自分が愛していた者の姿を見たような気がした。そう、遠い昔の、、」
祭祀長は、抜けられない檻に入り込んだ獣のような、目つきで、石の壁に映る自分の影を睨みつけた。
「私は遠く遠く、果てしなく続く黒い山脈の奧にある、黒く凍った大地から、この地へと渡ってきた一つ神のしもべといわれおる。この城の後を継ぐべき兄弟をしかるべく教育をする地位の者だと思っておる。
あの一つ神の、唯一絶対の悪こそ、すべてのものの条理の源となるのだと信じておるのだ。
この城の兄弟たちも、又,同じ神により、この城に運び込まれた少年たちだった。遠く母の手から離し、純粋な孤独のなかで、兄弟の悪の心を磨くこと。これが私に課せられた仕事なのだ。
少年たちが、私に抱く不信,悪意もまた、彼らの成長に必要な教育だ。
これまでのところ、すべては順調に進んでいるように見えたのだが、、」
祭祀長は黙り込んだ
「お前に聞かせるのは、近頃、私を悩ます恐ろしい夢を見るようになったからだ。まるで、私に与えられたかもしれぬ、別の人生のような長い夢なのだ。
そこは暖かい光があふれた小さな村里だった。人々の表情は豊かに潤っていて、小さないさかいすら見つけるのが難しいような平和な村だった
一人の若者がその村にやってきた
若者は無口だったが、鳥のように、何かしら歌を歌っていた。若者の瞳には流れる水のような清冽な輝きがあった
若者は天気の良い日には、草原に寝転んで、楽し気に歌を歌っていた。
ある日、工人の長は、そんな若者にのみを持たせて、仕事を覚えさせようとした。
「この村で暮らすのなら、お前もこの村の仕事を覚えなければいけない」
歌を歌うのをやめて、戸惑ったような顔付きをした若者は、まるで、遊びのように,軽々とのみを振るった。
出来上がった作品を見て、工人の長は、驚きでしばらく口もきけなかった。「お前はいったいどうやって、このように美しい櫛を造れたのだ?」
「別に。ただ思いを寄せている美しい娘の髪を思い浮かべたのさ、、この櫛は俺がもらってもいいのだろうか?それとも、そんなに気に入ったのなら、あんたにやるよ。よそ者の俺の面倒を見てくれたお礼だと思ってくれ。」
工人の長は若者の美しい指を見つめた。これまでにのみなどを握ったことがないのは明らかだ。
「出ていけ、たった今、ここから出ていけ
このように美しいものを、汗も流さずに作れる者はまっとうな人間ではない。魔物だ。化け物だ。」
顏を真っ青にした工人の長は、周りの工人たちにも呼び掛けて、若者をののしり、思いつく限りの悪口を投げかけ、驚いて、茫然としている若者に犬までけしかけた
そこまでされても、若者は出て行かなかった
村の外れにある、薪小屋にとどまった
工人の長もそれ以上、追い払うことは出来なかった。
自分の娘、その村で一番の器量よしと言われている娘が若者の側を離れなかったからだ。若者を追い払えば、娘も遠くへと去るだろう。
娘と若者は小鳥のように寄り添って暮らした。
そして、半年後、二人の間に美しい女の子が生まれた、、」
祭祀長の話に引き込まれるように、身を乗り出して聞いていた神官は、満足そうにため息をついた。
「なんとも美しい話でございます。けれども、、何故、それが恐ろしい夢の話となりますので、、?」
祭祀長が低く笑った。
「何故?その娘が若者の側を離れなかったか?若者は手をつぶされ、もう再び、歌を歌うことはなかったのだ、、」
(第十五章A面終わる)





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