砂師の娘(第十六章時の蛇岩へ)

 しんさまは首すじに差すような痛みを感じた。殺気というようなものでもない。突然に身の危険を感じた動物が漂わす恐怖といったほうがよいかもしれない。不思議と憎しみとかの持つ冷たさは感じられなかった。しんさまはその痛みを誘う視線の送ってくるあたりをさぐってみようとした。
「見てはいけない。出来るだけうつむいているのだ。」
岩ばばが、平べったい低い声でつぶやいた。岩こぞうたちを激しくどなりつけては、その声が矢を放つ音に紛れることはない。つぶやき声との二つを使い分けているのだ。
昨夜のうちに手はずはついていた。城の兵士たちが毒鴉にやられた悲惨な姿で現れても、自分に注がれる視線は首筋に張り付いたままだった。
背の高い男が現れ、いっぺえが大きな鍋で背の高い男を叩いたときに、しんさまはふと視線が放れたのに気付いた。
「まだ、首が痛むの?」
つぐみとひばりの四人で、黒いとびらの後ろに隠れとき、ゆうが聞いた。
しんさまは返事の代わりに、首筋をなでると首を振った。
「別に、、」
「わても感じていた。あの感じはいつまでも残るんだ。まるで、身体に黒い蝙蝠でも張り付いたように。思い出すたびに、また痛みだすよ」
しんさまは不思議なものを見るようにゆうを見た。ゆうは暗闇の中でじっとしんさまを見上げている。
「しんさま わての砂絵のことだけど、わての絵はどうもこれから起こることを描いてしまうんだ
何故だか、これから起こることを描いてしまうみたいだ。だから、、」
しんさまはゆうの目を強く見返した。
「だから、それだから、急ぐのだ。」
しんさまはゆうの描いた絵のなかの、砂の荒い輪郭だけに見えたカケルの姿が、ゆうの絵の下手さだけでなく、むしろカケルの恐ろしい有様を見せていること、すでにたましいを抜かれ、抜け殻のようになった姿、見ている者がため息でもつけば、あっというまに崩れて、ただの砂になってしまいそうな恐れを感じさせたのだ。
「そうだとも、だから、俺たちはこっちの道を選んだんだぜ。少しでも早くつくようにな。」
つぐみとひばりがうなずいた。
「やれ、待たせましたかいの?さっき、部屋の鍵をかけるのを忘れて戻ってきましての。はて、その鍵をちゃんと持ってきたかいの、、」
岩ばばがのどをゼイゼイと鳴らしながら、姿を現した。肩から下げた大きな袋の中をかきまわしている。
「はて、さて、わてらはしんさまの希望通り、ちょっと古うて、神話や伝説の中にしか、出てこない道を行くことにしたのじゃが、、古っぽい道で一番危険な道じゃが、、一番、早くて行ける道じゃが、、上手くいくか?どうかじゃが。」
岩ばばは頭に巻き付けた紫の布を揺らしながら、低く呪文を唱えはじめた。
「おほほほよう おほほよう おははおよう、、、」
岩ばばの今まで聞いたことのないような、いげんに満ちた声だった・
四人のまぶたが閉じられた。
 遠い地の底の 大地の岩の骨というべき、岩の神が司どる地の底。
出でよ 出でよ、地の底に眠る時の蛇,出でよ
時の蛇の銀色の炎もえよ。すでに定められている時の輪を訪ねん
。。
暗いくらい闇の底へ、我ら時の蛇に会うべく、、夢の花よ 月光よ」
夢の花が揺れ、濁り、身体が震えた。
岩ばばの息遣いがゆるくなっていく
(第十六章A面終わる)

お四人

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?