砂師の娘(第十五章C面 守る者たち)

ぼろん ぼろん ぼろん
カケルは耳の近くで、古びた楽器を奏でる音を聞いた。その音は遠くからやっと届いたようなかすかな響きだった。
ぼろん ぼろん。
カケルの重いまぶたをこじ開けるような、強い音を再び聞いた。その音は、もう止まりかけたカケルの心臓の最後の呼びかけのようでもあった。
命が最後に強く打ち鳴らした音のように、いつまでもカケルの耳に残った。
カケルの身体は透明な光の糸で切られていき、今にもひび割れが全身に走る寸前のようであった。柔らかい音がひび割れる音にかぶさってゆく
「水を、早く、水を飲ませてやれ。」
カケルは日向の匂いのする海藻のかたまりを、口元に押し付けられた。わずかな潮水のしたたりが感じられた。
ぼろん ぼろん ぼろろん
「やれ、悲しや。いたわしや。」
鳥の叫びのような甲高い声がした。
「どりゃ、どりゃ。やあ、乙まろよ、人まろよ。弾けや、弾けや、雨ごいのひと調べ。最後のひと調べ」
ぼろん ぼろんぼろろん。
いや、最後ではなかった。やはり、古い命を持った楽器の音らしく、弱弱しくなっても、途切れることはない暖かい常夏の海のように、凪いでいながらも、時に強く、波がしらを上げる波音のように高く響いても来るのであった。
ぼろん ぼろろん
突然、カケルの頬に重い雨の粒がポトリと落ちた。水の味。カケルは深くため息をついた。
目を開けてみたのではなかった
泥と雨でこねて作られた 石像たちの真ん中に寝かされていた。石像たちはその短い腕に塗りがはげてはいるが、鮮やかな藍色の琵琶を抱えていた。
ぼろろん。ぼろろん 
「われらは押しのけられ、片隅に押し込まれ、積み上げられてはいるが、岩族の仲間。ぼろろん ぼろろん 岩族の固いかたい絆を忘れてはいない。ゆったりと同じところに座り続けるのはわれら岩族。」

ひゅるん ひゅーるん ひゅるーん
「おい、相棒よ、そっちの風袋のひもをしめなよ。あっちの袋の口元をゆるめるぞ。ひゅーるん ひゅーるん。」
カルラは痛む腕を動かそうとした。銀の森の蔦のつたに打たれた腕はしびれて重く、腕はびくとも動かない。
カルラの胸の奥で、静かに囁く声がする。
「記憶にとどめることのなければ、見るがよい」
良い香りの水を含んだ風の音がする。
カルラは目をうすく開けた。今、この時に、自分たちの側で何かが起ころうとしている。
低く翳った空の下に、高く噴きあがろうとしている水柱が見えた。その周りには木の葉や細い枝で、全身を飾った男たちが居た。
びくびくとのどぼとけを動かしながら、笛を吹いている男。歌を歌っている男。大きな袋を膨らませたり、しぼませたりしている二人の男も居る。
固い柘榴の実を、齧っては吐きだしていた男が男とも女ともつかぬ声を出した。
「どうだ?この兄弟の頭の中にうまく入り込んでみたか?」
「兄弟の頭の中に、入り込んでみたけれど、二人とも
この銀の森に強く取り込まれているようだな。動かない」
「わしらは、光に追い出されて、この細い結界のはざまを絶えることなく吹き通っている風者たちだ。別の世界の雲を呼び寄せよう。、たっぷりと雨壺を抱いた雲を呼びよせよう。」
男とも女ともつかない厳しい声がして、薄く目をあけているカルラの身体に柘榴の固いからが酸っぱい汁と共に、投げつけられた。
「見てはならぬものがあるのだ。見なくていいものがあるのだ。」
カルラの痛みに痺れていた腕に投げつけられた柘榴の実の重さは、不思議とカルラの腕の痛みを和らげた。
激しく、目をさしていた光りは、天空を厚く覆う白鳥の姿が遮り、絶え間ない羽搏きで送られてくる風で息がしやすくなってきた。
カケルとカルラのまわりを白いもすそをひるがえしながら、行ったり来たりしているのは、しらとりだろうか?
ぶつぶつと呪文のように呟く声がする
「こんなことが、こんなことがあっていいいのだろうか?」
 銀色の厳しい光線が一筋差し込んだ。厚く覆いかぶさるように、翼を広げていた白鳥の群れの一角が崩れた。
ぽたりぽたりと重い音をたてて、六、七羽の白鳥が地に落ちた。
「ああ、私の姉妹たち、、」
しらとりが倒れた白鳥たちの側に駆け寄った。
「しらとりさま。しらとりさま。この隙間を埋めて下され。あなた様には、数千の鳥の魂をお持ちのはず、、」
弱弱しいけれども、凛とした声で、倒れた白鳥の一羽が呟いた。
(第十五章C面終わる )

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