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砂師の娘

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月が峰の地底深く、太古より地霊一族の守る宝庫があった。ある悲劇の夜、宝庫の番人である娘の命が失われ、宝物を慰めてきた美しい声が消えた時、宝庫は暗い闇に包まれてしまった。数百年後、…
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女細工師の娘(プロローグ)

 カルラは部屋をざっと見回して扉を閉じようとした。そのとき、おびただしく積まれた装身具の山の奧に、かすかに赤い光りが漂っているのに気が付いた。カルラはもう一度扉を開けて、そのあたりを探ると、今にもボロボロに崩れそうな、古い糸綴じの本を見つけた。
その本は何百年も人の手に触れてないようで、ところどころ、紙がくっつき、カルラの細い指さきでも、よほど注意しなければ、紙もめくれないほどだった。表紙にはかす

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砂師の娘(第三章C面川原の小屋で)

 ややは天井の梁の上から、光る眼でゆうと少年たちを見下ろした。
「いて、ひっかきやがった。何でえ、あいつ。」つぐみが肩をさすりながら、文句を言った。
いっぺえは素早く、戸を閉めたうえに、その前に手あたりしだいに、砂の袋を積み始めた。不審げに、いっぺえのすることを見ていた師匠が、
「おい、みんな、いっぺえを手伝って、入口を固めろ。」
と厳しい声で言った。ほんの囁き声に近い低い声だった。
少年たちは、

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砂師の娘(第四章B面滝の下へ)

 まだ小屋の中が暗いうちから、みんなの眼は覚めていた。小屋の隙間から吹き込む雪まじりの風。その風よりも冷たく、小屋を取り巻く、暗いものの影におびえていたのだ。
とはいっても、少年たちは、自分では気が付かないながらも、興奮してもいた。昨日まで、何の変化もない生活をしていたのだ。それが昨夜から、突然に揺らぎだした。
 ゆうは自分の身替わりに、岩ばばに連れて行かれたしんさまのことを思って、みんなに気付か

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砂師の娘(第五章扉を閉める)

「大扉を閉めるよ」
部屋に入ってきたカケルは、高い椅子の陰にひっそりと座っているカルラに伝えた。
「まわりの他の扉は全部閉めた。」
カルラに聞かれる前にと、カケルは大急ぎで付け加えた。
「しんはもう、出て行ったか?」
「朝めしの時には顔を見たけれど、もう何処にもいないよ。」
「そうか、昨夜、わしたちのしゃべっているのを盗み聞きして、心を決めたのだな」
気のせいかカルラの声が明るくなった。
「よし、

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砂師の娘(第五章B面城の中で)

 二人は薬草室に入っていった。特に話し合ったわけではないが、二人の足は自然にそっちに向いていた。(余分な会話は禁じられている)
会話だけでなく、広い城の中には「生きている者の匂い」がほとんどしなかった
城の中が殺風景というのではなかった
じゅうたんを敷き詰めた広い廊下の左右には、大広間に続く控の間、大小の広間がつながっている。そして、そのそれぞれの広間には趣向を凝らした、重厚な織物が壁を飾っていた

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砂師の娘(第五章C面黒い鏡の間)

「そんなこと無理だよ。とうてい無理だよ」
カケルが禁じられている大声を出した。カルラが止めるひまもなかった。
いつもはカルラの陰に隠れて、ろくに声を出すことのないカケルだった。
「自分でなにを言っているのか判ってないのだな。この城に住んでいると言ったって、この城の地下へなど、行った者はいない。
今まで、この城の地下から、外へ出た者があるのか?言ってみろよ、地下を通って、この城の中に入ってきた者がい

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砂師の娘(第六章黒い大鏡の前で)

カケルは闇の中で、そっと寝返りをした
「まあ、とにかく眠れよ。他にできることはない。」
カルラが、カケルが今まで聞いたことがないほどの、怒鳴り声を出したことを、忘れでもしたように、落ち着いた声でカケルに言った。
闇の中ではかえって側に居る者の心の動きが見えるものだ。
カルラの声は落ち着いていたが、カケルの手を握り締めた手は冷たく震えていた
「カルラ 恐いのだね」
カケルは囁きながら、自分の声も低く

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砂師の娘(第六章B面遠い歌声)

 滝の流れる激しい水音の向こうで、誰かが歌っている。暖かい柔らかい声だ。それに合わせるように笛の音もした。
ゆうはその歌声を聞いていた。それは遠い歌声だった
歌声はゆるやかだが、低くとぎれることなく続いている。ゆうは歌声の聞こえる方向を見ようとした
「しいっ、動くな」
砂師の師匠の手が、素早く動いて、ゆうの頭をおさえた
すぐ、目の前にとんびのよく動く目が、ゆうの顔を見つめている。
「確かに。このあ

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女細工師の娘(悲劇の夜。プロローグ後半)

娘の枕もとに置かれた櫛の光りで、娘の顔が一瞬、美しく見えた気がした。女細工師は、急いで顔をそむけた。
隣の部屋で娘が低く歌を口ずさみながら髪を梳り、男を迎える支度をするのが聞こえた。身体を洗っている水の音もかすかにした。
女細工師にとって、長い時が過ぎた。つい、うたた寝をしたらしかった。
娘の幸せそうな歌声が続いている以上、まだ、男の来る時間ではないのかもしれない。
不意に天井に隣室の灯りが反射し

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砂師の娘 第一章(どうしても消えない)

「おーおい、飯だよ。飯だ。ごっつおだぞ。お客が来たので、特別のごっつおだ。さっさと道具をしまってこいよ。さあ、飯だ。飯だよ」
 飯当番のいっぺえが、空の鍋をガンガン叩きながらやってきた。
砂絵に取り組んでいた少年たちは、待っていたように手を止めた。いつも腹を空かせている、たかととんびの兄弟は、もう待ちきれなかったので、道具をまとめて待っていた。
わざわざ、いっぺえの声を聞かなくとも、誰やら客が来て

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