野ばらのアーチの事情

 ほんの思いつきだった。右側のガーレージの横にたれさがった野ばらと、左側の松の根本を埋める野ばらを結んだら、野バラのアーチが出来るだろうと。
 かくて、五月のある朝、野ばらの白い花が一せいに咲く。待ちかねたように、熊蜂のクマゴロウ親分が鼻歌まじりで、手下の蜂一家を引き連れて、やってくる。
アーチの下の石段の両側には赤いツツジの花がせり出し、人ひとり分通れる空間を残して、炎のように咲き誇る。ついに、一か所、右と左の花が繋がり、赤い炎の半円の輪が出来上がった。私はサーカスの虎みたいに元気よくその花の炎を飛び越える。
 誰もがうっとりとするような?、とにかく、野バラのアーチだと納得してもらえるようになったのは、ここ数年のことである。それまでは、私が横にたって、これは野バラのアーチですと説明をしなければいけなかった。
重なり合った薔薇の枝が重くなって、垂れ下がるので、背の高い人などは、うっかり、額にひっかき傷をつくることになる。
あまり、評判の方は芳しくはなかった。ちょっと白い目で見られているようであった。考え込んだ私は熊手で、垂れ下がった部分を持ち上げた。
「なんで、箒を?」「あれは熊手です。福ささみたいなものです。」
ああ言われると、こう言い返す。
ある大雪の続いた年、雪の重みでアーチがすっぽりと石段をふさいでしまった。
 雪の積もった石段に座り込んで、目の前を遮るがっしりと逞しく差し交した野バラの枝を涙目で見た。一事が万事。何か自分のするすべての事が、愚かで、ファンシイで、現実的でないような気がしてきた。
(よし、雪が止んだら、すっきりと切り払おう。)
 今になっても、不思議で仕方がない。だれかが、横に差しかけた松の枝に丈夫な紐を結びなおして、アーチをしっかりと安定させてくれたのだ。
今日の雨で、咲き誇っていた野バラは散ってしまった。
けれども、香り高い緑のアーチは風流な弧線を描いて、ここに立っている。

あるかぎりのつつじの赤を覗きみる黒揚羽ひとつ闇を抜けきて
植物の耳を集めて食みし宵 のみど鎮まりがたく乾くなる
限りなく人の声に似て春の鳥白き胸を震はせ瑠璃瑠璃と鳴く

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