砂師の娘(第十五章B面 影を食われる)

 カケルの顏が陽に照らされた銅像のように、薄気味悪く輝き始めた。カルラはきらきらと光をこぼす空を見上げた。光が刃のように皮膚に痛い。
自分の身体でカケルを覆うように、抱き上げた。
「たのむ、教えてくれ。どこかカケルを休ませる日陰がないか?」
あたりを見回すまでもなく、答えは判っていた。日陰はどこにもない。
銀の森の奥深く差し交した枝の一本たりとて、どんなささいな光りでも、余さず跳ね返している。
カルラは、微笑を頬に張り付けたようなしらとりに近づいた。しらとりは近づくカルラの勢いから、逃げようとした。
「カルラ、カルラ、、」
カケルは口を動かす度に、焼けつくような喉の痛みを感じながら、囁いた
「カルラ、俺はいいから、早くここを離れろ。ここに居たら大変なことになる。」
カルラは苦し気に口を動かすカケルの声を、ほとんど聞き取ることができなかった
しらとりは細長い首を心外そうにすくめると、出口近くにいた女に小さく耳打ちをした。
しばらくして、低い羽搏きが聞こえると、横たわっているカケルの顏に薄い影がさした。
見上げると白鳥が一羽、続いて二羽、飛んでくると緩く旋回して、カケルの身体にさす光りを遮ろうとしている。さすような光りの痛みに顏をゆがめていたカケルの顏にほっとしたような表情が浮かんだ。
白鳥たちは注意深く光を遮りながら、重い翼から風を立ててカケルの身体を冷やそうとした。身体に失いかけた影がそっと張り付いたような。
 静かな銀の森に幽かな波動のような光りが走った。その光りは蔦のように揺れると、白鳥の首に激しく巻き付いた
「キーン・コーーン」苦し気な白鳥の悲鳴とともに、カケルを覆っていた白鳥の翼が揺れた。
「危ない、離れろ」
カルラが叫ぶと、手に持っていた杖を銀いろの光に向かって、投げつけた。銀色の光りがさく裂して、白鳥の首に巻き付いていた銀色の蔦の先が蛇の首のようにくねると、カルラの腕にからみついた。カルラの手に激しい電流が流れた。その痛みがカルラの全身に走った。
三羽の白鳥はその痛みの波動を受けて、みるみる生気を失うと、カケルとカルラの倒れている、わずか上をよろけながら、辛うじて飛ぶ平衡を保とうとした。
「おろかもの、おろかもの、なにゆえ、銀の森に入り込んだ?なにゆえ我らが掟を守らぬ?」
しらとりのきびしい叱責の声が響いた。
「きょーん。きょーん」
突然に、激しい羽搏きとともに、空を覆って白鳥の大群が続いてやってきた。
「なんという愚かなことをしでかすのだ。銀の森の掟を忘れたのですか?」
空を覆い尽くすような白鳥の大群のたてる翼の音に、銀の森の輝く光りがぐるぐると落ち着かなくゆれた。その激しい光りの動きの中に、細身の身体をのけぞらせて、今までの落ち着きを失っていったのはしらとりだった。
「掟、掟とはなにか?掟とは仲間と土地を守るためにあるもの。しらとりさまの掟とは、あなたさまとあなたさまの意志を守るもののよう、、、」
白鳥の群れの中から、少しくぐもった年老いた声が、鋭く言い返した。
「カク、カク、カク そうだ、そうだ」といわんばかりに、白鳥たちが嘴と翼を鳴らした。
カケルは遠のく意識の中で、その声を懐かしく思った。
「此の者たちは、自分たちの意志でこの門に入ってきたのだ。そのことは動かしようがない
私たちの掟には一寸の狂いもない
無垢で美しい少年の骨こそ、この銀の森の宝となるもの。その邪魔だてはさせぬぞ」。
「お待ちくだされ
今少しのご猶予を下され
あと、二夜もすれば、必ず、この者たちを救いに来るものが現れましょう
。それまでは、我々大鳥一族が、影と風をこの者たちに与えましょうぞ。」
「何ゆえ、何ゆえにこの地にある、千年の掟を破ってまで、この者たちを救おうとするのだ
もはや、この者たちの、この世界へ戻るための道は絶たれたも同然。ましてや、兄弟の一人は銀森の戦士の怒りに触れてしまった。」
「気紛れな神に支配されていようが、絶対に変わらぬと言われておる、我らの世界にもやがて変化がおこりましょう。たった今、私たちも気付いた
掟にも不変のものなどはないことに。
悲劇で始まった物語が悲劇で終わることはないはずです。来るか?来られないか?
ともあれ、救いの者を待つことにいたしましょう。」
(第十五章B面終わる)」





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