渡英したのでその記録である
Day3の初回、トータルとしては第5回目になる
以前の記事みたいひといたら以下参照
というわけで倫敦3日目だが
なんか異様にいい天気
われ霧の街じゃないんかいと言いたくなるピーカン(死語)続きだ
一番曇ってたのは初日で、それでも↓この程度
3日目の計画
2日目と同じく、まず美術館いって残った時間で画廊いこう式である
具体的には以下に行くつもりだった
ちゅう感じである
改めてみると行き過ぎやろ・・・
Argosで変圧器を買う
コンセントの電圧変えるやつ
イギリスはBFタイプってやつらしいのだが、なんかしらんけどCタイプを持ってきてしまったので現地調達(Cは他のヨーロッパ諸国らしい
ちゅうわけで近くのアルゴス(Argos)へ
ここは末期的な店で、無人端末で欲しい商品を購入すると、近くのカウンター内にに人間がそれを持ってきてくれる、っていう極限まで人間性を排除したシステムになってる
立ち位置的にはビックカメラみたいなとこっぽい
最初の移動
まずはサーチギャラリーへ向かう
宿泊先最寄りのアールズ・コートから地下鉄でSloane Square駅に移動し、あとは歩く
尚、文中敬称略
サーチ・ギャラリー
Sloane Square駅から徒歩5分くらいだった記憶(もっと遠いかも
ちなスペルはSaatchi Galleryである
なお、入口はクリスマスらしき飾り付けになってた
というわけで到着! なかなかいい建物やんけ
「現代アートと文化の革新的なプラットフォーム」を目指してるギャラリーである
基本入館無料で、一部有料展示あり
こじんまりとしたところだった
※なお、gpt君はアメリカ英語的には「サッチ」、イギリス英語的には「サーチィ」と書くべきという主張だったので要約は「サッチ」表記になってるが、日本語では「サーチ」が一般的な模様
SEASON OF SCULPTURE
というか展示テーマの期間中で、有料展示2つ同時にやってた
ちなみにこの他に無料の展示も2、3こやってた
単純にスタッフの実力というかマンパワーすげえとか思ったんだけど、無料の方はキュレーションをギャラリーに任せて省力化してるのがうめえなと思いました
自分は無料展示と「IF NOT」の方の有料を見たで
思想的なところ
自分がみた「If Not Now, When?」展は、女性作家に焦点を当ててる
もう一方の有料展示も「クリストとジャンヌクロード」って(夫妻)2人の活動を包括したものになってる
美術史が男性中心史観になりがちなのを矯正していく強い意志を感じる
Day2のどっかで書いた「反記憶」的な掘り起こしがまさに行われている感じだが、他の分野はしらんが、これについては「徹底的にやったれ」と思う
なんでかっていうと、あきらかにそういう業界だし、批評家も作家もいま振り返るとやべえことばんばん言ってやってたからだ
(批評家はよく話題になるが、作家もやべえから。「僕は変態っぽいのじゃなくふつうの強姦が好き!」とか80年代は平気でいうてはる
腹立ってきたので展示の模様に行きたい
カナダの作家マクノートンと、セルビアの彫刻家ミロヴァノビッチの2人展
立体作品の制作動画も流れてたが、素材は(たしか)発砲スチロールだったと思う
それをコテコテに磨いて曲面だして塗装しているため、見た目に反してめっちゃ軽そうではあった
ちなみにビアーズロンドンとは
っていう場所で、今回のこの展示はここがキュレーションしている模様
こうやって外注するのはいい考えだと思った
おなじくビアーズロンドンがキュレーションしたっぽいやつ
カナダ、アンドリュー・サルガドの個展とのことだった
ゲイカルチャーを感じる平面作品だったが、ふつうに古典絵画の裸婦の出番を男性に変換したものともいえそうな作品でもある
カラフルだが、しかしなんかあんまり押しつけがましさがなく、「明るい退廃」という空気を感じた
「Tomorrow I’ll be Perfect」というタイトルは、画家の個人的な活動もそうであると同時に、なんか今の社会運動とかの先に対する虚無感とか無力感もあるんではないじゃろうか
マルアニ・メルシエっていうところが主催してる展示だった模様
これけっこうおもろいと思った
こういうレオタードで踊るのって確かに人種的なイメージある
すげえ黒光りしてて会場で目を引いた
カメラがあれで白とびしてしまってるが、本当はもっと黒々してる
こういう文脈でこういうスタイルってあんまり見ないので新鮮だった作品
ちゅう感じでいろいろと見た
ちなみに一番よかったのは↓の絵だったんだけど、キャプションみつけられんかったので誰の作品かわからず
めっちゃ暗くていいね!
グリゼルダ・ポロックとは2度目の遭遇だがそれはともかく、この展示をオーガナイズしたのはヘップワース・ウェイクフィールドって美術館で、館名は彫刻家のバーバラ・ヘップワースに由来してるらしい
戦後日本の彫刻に大きな影響を与えた人として、アンソニー・カロ、ヘンリー・ムーア、バーバラ・ヘップワース、アレクサンダー・カルダーなどが挙げられる(ジャコメッティとかはもっと後だし、正直そんな影響なかったんじゃないかと思う
で、全然しらんかったんだけど、このうち2人ムーア、ヘップワースはどっちもヨークシャーの出身だった
この展示もリーズ大学の修士でこのテーマやったグリーンの論文が元になってるらしいが「だからリーズで彫刻の歴史やったんか」(リーズはヨークシャーにある)っちゅう納得感がすごい
なお、さっきスルーしたポロック姉さんだが、なんとこのプロジェクトに資金も出してる!!
偉い人にはこういうこと期待したい
ごたくはこれくらいにして展示風景に行くぞ!!
日本での女性作家の活動と比較して考えたりできてなかなか面白かった
Women’s Time セクション
77年の作品で、いまでもこういうことしてそう!な感じあった
日本でも70年代後半は展評にのってる展示の半分は女性、くらい女性が進出してた印象だが、こういうジェンダー・ロール、女性的な主題を強力に押し出した作品はあまり記憶にない
まだ意図的に「男性と同じ土俵で勝負する」のが大事だった時代なのかもしれない
日本の場合、作家の思惑はともかくアウトプットがそう捉えられるのは、80年代の前本彰子(しょうこ)、吉澤美香の登場を待つ感じだ
いやな見出し語だがいわゆる「超少女」世代である
※ちょうど都合よくみそにさんのnote記事があるのでリンクはっておく
ちなみに前本本人は、別にそういう(思想的な)ものではなく、ただ自分の好きなというか表現したいものを表現しただけ、と当時からコメントしている
これは制作風景なんかな、なんかわからんけど、すげえ楽しそう
パフォーマンスアートっぽさもあってエネルギーを感じる!!
ちなみにこの写真は
って書いてあって、初日にいったソルトゥーン・ギャラリーが関係してることがわかった
さすが倫敦、いろんなところでつながってる!(狭いからな・・・
銀製のポットを250トンのプレスで破壊したもの
コメントでは鉛に言及してるが銀製と展示説明には書いてあった
プロセス・アート的な作品で、これは60~70年代には見られた様式だが、この作品はごく最近のものだった
ただ、まあ気持ちはストレートに伝わってくるのでいい作品だと思う
つるしてあることで、単純に見栄え的に影との立体感が出ててそこもいい
ドレスという点でさっき出した前本作品との類似性がある
(もちろん時代、素材、表現の起点は(たぶん)ぜんぜん違うが
※前本作品については以下がわかりやすい
このランスの作品は「彼女自身の結婚式のために作られ」たもので、あと「鋼鉄製」で非常に重たいことの特徴
あんまり華やかに見えないとこもある
一方前本のドレスをモチーフにした80~90年代の作品は、ディズニープリンセスが着てそうなデザインが誇張され、なんかどろどろしたマグマ的な情念があるが、日本人がそれを着る、みたいなリアリティはまったくないドリーミングなものだと思う
ここまででだいぶ違うが、共通点としては、(特に前本作品で強烈だが)ドレスの中身(人間)部分の空虚って点
まあ、それいったら脱いだ服はすべて空虚なんかもしれないが
ランスの場合、本人が着る前提があるため、空虚さより重荷ってことを伝えたいのかもしれないが、両者の比較はとてもおもろいと思った
前本は吉祥寺に実店舗「ストロベリー・スーパーソニック」を構えてるので興味ある方は行ってみて(休み多い)
あと、だいたい個展は銀座のコバヤシ画廊でやると思うので、そこもチェックしてるとみれると思う
実際着てるのよい
えらいストレートな作品だな・・・
んで次の部屋が目玉といってもいい作家の展示だった
どれがどれだかは推測してもらうとして、以下の作品があった
Amazon with a Dog, 2000
Pregnant Amazon, 2000
Amazon Vanitas, 2001
Amazon Menstruating, 2001
Amazon with a Cockerel, 2015
Amazon Encouraged by a Rat, 2016
Amazon with a Fox, 2016
Amazon with a Lizard, 2022
すげえ切ない気持ちになる作品だ・・・
同時にすげえいいと思ったわけだが、その理由は、冷静にその状況を提示してるだけで、それがいいとか悪いとかの価値判断抜きで、当事者の「戸惑い」が作品から伝わってくるとこがいいとこだと自分は思ったっすね
がんがん間あるいて見れる配置だったため、でかい注意あり
Tumbling Through Time セクション
こっから(たぶん)次のセクション
SDGs的な視点が入ってくるってことじゃろうか
The Time Is Now セクション
ちょっと区切り怪しいがこの辺で次のセクションになった模様
これめっちゃよかった
というコメントと併せてみると、なんともいえない気持ちになる
これは作家の経験してきた挫折の数というか、敗北の歴史なんかもしんない
なんやこのデルタ翼の飛行機、とか思ってたらユーロファイターだったという
で、同じコンセプトのが次の
やっぱB-52はわかりやすい!
これならボクにもわかるぞ!って感じだった
という感じで見終わった
ぜんたいてきかんそうなど
なんか特にこの美術館は現在の思想的状況をすごく感じた
まあでもその中でも、ちゃんと美術の手法でいいたいこと言おう感はあったのでそこはよい
展示自体がリサーチベース、というのは初めて見たと思うが、資料の羅列じゃなく、ちゃんと見て楽しめる内容になってた
(単に自分が構成に違和感あるほどイギリス現代美術の知識ないだけな可能性はけっこうあるが
そんなとこっす!
いろいろ本が投げ売りされててめっちゃほしかったんだが、荷物になるので買わず・・・
んで、外でたらやばいくらい晴れてた
ハイド・パークへ
次の目的地のサーペンタインはハイド・パークにあるため、そっちに行く
どうやっていくかいろいろ考えたんだが、ここも結局歩いた
まあくっそ晴れてるからヨシ!
サーペンタイン・ギャラリー(南)
ちゅうわけで(実はけっこう公園の中を歩くが)着いた
こちらがサーペンタイン・ギャラリーである
ちなみにサーペンタインは南北があり、こっちは南
自分は北にはいってないのでそこんとこよろしく
なんか外にも彫刻立ってて、「あれ?堀内正和?」とか思ったのは内緒だ
(ネタバレするとこれもバゼリッツ
Georg Baselitz: Sculptures 2011-2015
タデウス・ロパックでまったく同じようなのみたばっかりだったが、バゼリッツの彫刻作品の展示をやっていた
自分はパゼリッツの立体作品を初めて見たバゼリッツにわか勢なので超新鮮だった
ほーん、そーゆーことね、完全に理解したわ
69年だと、ラウシェンバーグらのポップアート勢力がひと段落して、そっからどうすっかみたいな状態に陥ってた時代で、日本ではもの派がぶいぶい言ってた頃だ
70年代はいわゆるニューペインティングにつながる流れが始まり、バゼリッツもその端緒のひとりと考えていいんだと思う(ポップでもニューペインティングでもない)、同時期日本でも「なんとなく平面への回帰」が起きてて、世界的にそうだったんだろう
で、80年代にはまた平面の時代になってて、その頃バゼリッツは逆に彫刻はじめてるわけだ
なお、入場は無料
パンフは2£くらいの寄付でもらう式だった
ちゅう感じでした
感想は・・・・特にない
かなりこじんまりしてるので、ハイドパーク来た時ついでにみるといい美術館な気がした
またメイフェアへってとこで終わり
というわけでこっからまたメイフェアに戻るわけだが、まあ例によってすでに長くなっちまったので今回はここまで
いろいろ用事もあって公園の北側から地下鉄に乗ったんだが、おかげでハイドパークを存分に楽しめた
ちゅうわけで次回へ続く!!!