【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』1章
剣を振り下ろす。モンスターにダメージが入る。
モンスターが弱る兆しが見えた。
僕らは追撃を開始する。
どのモーションも全て無意識にコントロールできる領域だ。
人間の脳はすごい。
ゲームコントローラーを使用して、コマンドを入力。
あくせくと労働のようだ。
このままのペースでモンスターの体力を削ることができれば、あと5分と持たずに討伐できるだろう。
「そういや、ツリバリ」
マイクヘッドホンを通してビーチサンダルから音声チャット。
ゲームへの指示というよりは世間話の入り口みたいな声色だった。
「なに?」
「アジサイを村八分にする方法って聞いたか?」
「え、村八分?」
「先週のチームミーティングで幕の内弁当さんが言ってたろうが、アジサイが先週のミーティングもバックレて超怒ってたじゃん」
「あ」
「あ」
「ごめん、死んだ」
「おいおい、素材集め用の低級モンスターだぞ?勘弁してくれよ、俺が魔法で引き付けとくから、早く前線復帰しろよな」
「あい」
「んで、どうやってアジサイを村八分にしてやろうか?幕の内弁当さんが言うにはさ、もうこのオンラインゲームにログインできない程に痛めつけたいんだとよ」
僕はモンスターがいる地点へ向かうため、古大樹が眠る森林を駆け抜ける。
時に深い森の中に、ヨーグルトみたいな木漏れ日が差し込んできて、どこかの新しいデザートメニューみたいなマップだなとぼんやり。
「チームミーティングに参加しないってそんなに悪いことだっけ?」
「は?そりゃそうだろう、チームの血の掟だよ、俺達が徒党を組んで肩を並べて誇り高きメンバーでいられるのはチームルールの前には平等だという秩序あってのことだろ?社会の営みの一端を担ってるんだよ」
そんなに大袈裟なことだろうか、と僕は首をひねった。
その拍子に耳からずれたバイト代で買ったばかりの琥珀色のスピーカーを元の位置に調整。
たかだかゲーム。
喉元まで出かかった言葉を僕は飲んだ。
おそらく熱心にプレイしているビーチサンダル対して不適切な言葉選びだろう。
でもたまに思う。僕がどれだけ慎重にその場に適した言葉を選定しても、おおよそ僕がそこにかけている労力の1000分の1の配慮も見せずに他者の内臓を深々とさしていく言葉の核弾頭を発射する人間がそれこそ5万といて、僕は何のために言葉を探しているのだろうと。
ただ思考の空費に過ぎないのではないか、もっと根本的に混沌とした会話でお互い刺しあえばいいのだろうか。
ビーチサンダルは、そのことについてどう思うだろうか。
わざわざ確認する必要はない。
当たり障りのない会話で十分。ゲームのフレンドだし、そもそも人という生物への期待はちり紙みたいに破いて捨てた。
ビーチサンダルとは4年の歳月をこのゲームで過ごしているけれどそのくらいの距離感でいい。
でもたまには踏み込んだような会話だってする。
プライベートな会話は大抵、ビーチサンダルから仕掛けてくる。
そういうとき、僕はゲームに現実世界が持ち込まれることへの拒否感でわりとドキッとしてしまうのだ。
恋人の有無とかセックス経験とか、ビーチサンダルはそういう会話はよくししたがるけれど、僕はそういう生々しい会話をしながらゲームをする気持ちにはなれないから極力避けている。
「んで、どうするよ、いやどうしてやるよ、俺も結構アジサイには腹立ってるんだよね」
「僕は、別にそこまでどうのって印象はないかな、それよりさ、アジサイのことよりさ昨日のアプデで解禁されたイベントダンジョンいって、いいお宝を発掘しようよ」
僕は言いたいことをうまく言語化できないけれど、まぁうまく付き合っているとは思っていた。
でもビーチサンダルはそう考えているかはわからない。
人は人に対して思っているかなんて、それこそ、サイコロの目みたいに何がでるのかわからないのだ。
4年の歳月だって一言二言の失言であっけなく瓦解する可能性だってある。
基本的には小さな穴の空いた船なんだ、人間関係って。
「は?お前まじで自分が何言ってるかわかってる?今回のアジサイの愚行はさ俺たちのチームが舐められてるってことじゃねえの?だから幕の内弁当さんだってあんだけ怒っているんだぜ?俺はお前もこのチームを大切にしていると思ってたんだけど、違うのか?ルール違反には明確な罰が必要だろうって話じゃん」
ビーチサンダルが言いたいことも理解できなくはない、けれども同意はできない。
チームを大切にする方法って一つなのだろうかと反射的に思った。
それも集団で特定の個人をもう二度とログインできないようにすることでしか、チームを大切にできないのだろうか?
大義名分をこじつけに戦争を繰り返す人類にぴったりな皮肉だ。
そんな人間が戦争を悲惨なものだと思っている驕りこそが、戦争の原因の一端なのではなんて考えてしまう。
例えば、年季の入った腕時計だって、数万円かけてオーバーホールして新品同様に機能している状態を維持していないとそれは大切にしていないということなのだろうか?
誰かの形見で、故人が着用していたままに留めておきたいがために、そのままの状態で保管していることだって、大切にしていると思う。
いつも結論を一つにしてしまうと、必ず誰かの呼吸が浅くなってしまうと、僕は思うんだ。
「だんまりか、というよりただお前って割とレスポンス遅ぇよな、たまにマジで腹立つわ、もういいやなんか気分じゃないから、俺抜けるわ」
ビーチサンダルはそこまで言い終わるとゲームからログアウトしてしまった。
僕はようやく生い茂る大木の森と毒沼のフィールドを抜けて、モンスターと対峙したところだった。
大気にはビーチサンダルが得意な魔法の残滓も見当たらず、降りやんだ雪の後のような静けさと寂しさが、立ち込めていて、心なしかモンスターも
「え、どうする?まだ戦う?とりあえず、なんか白けちゃったね」
みたいな表情をして僕を眺めていた。
きっと、感情のないモンスターが覚えた初めての感情は同情だったに違いない。
それから数日後にはアジサイはつるし上げられて、次第にログイン日数にも間隔があき、やがてはログインすることがなくなった。
チームと言えばせっかく目的を達成したというのに、燃え終わりかけている薪のように妙な気怠さと無力感に陥っており、今まで確かに存在したはずの健全な空気がどこにもなかった。
チームの落ち込みに呼応するようにあれから、僕とビーチサンダルの間にも距離が空いてしまい、一緒にゲームをしていない。
というよりもチームの熱量についていけなかった僕は、どこか浮いた存在みたいになってしまい、なんだかもうチームに在籍しているメリットはないな、と感じ、とうとう4年間在籍したチームを抜けた。
チームを脱退する旨をリーダーの幕の内弁当さんに伝えると
「なんとなくそんな気がした、また何かイベントとかクエストとか手伝えることあったら気軽に声かけてくれよな」とアジサイを村八分にすると号令をあげた人とは思えない優しく当たり障りのない声をかけてくれた。
僕はそれから一人でプレイしている。
チームを脱退してみると、毎日のように宣伝されるチーム内の情報やパーティへの誘いがなくなって、もっと早く脱退すればよかったと思うくらいに気楽だった。
仕事でもどこでも、人間関係のなかに僕の居場所を見いだせない。
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