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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』4章

この展開は予想していなかった。
僕らが待ち合わせを予定した場所は、二人が住んでいるところを線にしたときに中心点になるような位置にある、古びた遊園地だ。

噴水広場の時計が僕がここで待ち始めてから2時間経過していることを示す。

まさか、僕がドタキャンされる側だったとは。
あれやこれやと思案を重ねた結果選び抜いた行動や心配は、僕の徒労だったわけだ。

僕の後ろに広がる遊園地のゲートの奥から、ごーんと鐘の音が鳴る。
予め録音された鐘の音にはノイズのような音が入っていて、いかにこの遊園地が終焉に向かって言っているのかがわかった。

世界はいつも終わる直前のもので溢れている。

そしてその音が、痛めた僕のちっぽけな心にも振動を与えているのだった。

先に会おうと言ってきたのはアジサイの方だったから、まさか彼女の方が来ドタキャンして、ドタキャンしようかと散々悩んだ末に来た僕が、ドタキャンされるなんて誰が思うだろう?

独身OL女性にからかわれたといえば、ちょっと変態っぽいけど、響きはまだいいか。

つまりはアジサイのドタキャンは確定。
もうどれだけ時間を費やしても意味がない。
壊れたガチャポンにいくらお金をつぎ込んで、ハンドルをは回しても、何一つとして出てこないのと同じだ。

僕は座っていた噴水の縁石から立ち上がった。
よくよく覗き込むと噴水の水場にはいくらかのコインが落ちていた。

来場した人間が投げ入れていったのだろう。どこの遊園地にもあるスポットだ。
僕も財布から5円を取り出して、そっと落とした。

『何か良いことありますように』

同じく噴水の縁石に座っている人々も誰かを待っているようで、遠くを眺め、僕の行動に気を向けている人は一人もいなかった。

遊園地の入り口の近くはいつも誰かを待っているのかもしれない。

雲行きが怪しい。天気予報通り、約束だけが予想から逸れていく。

僕の周りには、何しにここへ来たのか全く読めない中年男性と、家族連れの親子と、友達を待っていそうな女子高生が一人。

雨が降るまえに帰らないと。

『待ち人来ず』

新年に一人で行った初詣で引いたくじには、確かそう書いてあった。

100円で引けるおみくじをとりたてて信じているわけではないけれど、小さなころからの習慣で初詣に引いたおみくじは1年間、財布の中にいれておくようにしている。

今回ドタキャンされるまえにおみくじを思い出せば、僕はここまで来なくて済んだかもしれない。

感情は冷静。
人を信じなければ、約束を反故にされたって愚かな自分を鼻で笑って、その程度で忘れられる。

ーーほらな、僕はいつもこうだ

それでも結果としては僕がドタキャンした方でなくてよかったかもしれない。
もしも僕がドタキャンしていたら、今頃家で、アジサイの気持ちを考えて沈んでいただろう。
でもその場合は、アジサイもドタキャンしているのだから、僕らは一歩も遊園地に踏み込まずに、ただの約束の場所になっていたのだから、まるでカレンダーから一日がすっぱり消えてしまったみたいでちょっとおもしろい。


明日からはまたいつも通り、アルバイトと家の往復の日々。

今日はいい日じゃないか。
良かったじゃないか。一時のまどろみも悪くない。

今後僕の人生のなかで、誰かと遊園地に来る約束なんてできないかもしれないんだ。
それに、実際にここまで来て、人を待って、これから遊ぶみたいな雰囲気も味わえて、『普通』みたいで悪くない。

あぁ、『普通』って難しいな。
ちょっとだけ心が痛いのは内緒だ。
さっきの5円玉の願いは
『心に空いた隙間を埋めてください』にすればよかった。

5円玉で心の穴を埋めてくれる神様なんてこの世に一人だっていないだろうに。

アジサイに会ったところで謝罪して、怒られて今日はそれで解散かもしれなかったことを考えれば、ほんのりと抱いた期待のまま終わった今日のほうが僕にはずっと素敵に思える。


結局おみくじには何て書いてあったのか気になって、財布から取り出そうとした際、財布の口に引っかかり、風に攫われ、同じく噴水広場に座っている中年男性の足元の落ちた。

きっとおみくじの運勢が小吉よりも悪ければ、どこか遠くへ飛び去ってしまったに違いない。

おみくじを見つけた中年男性は重たそうな腰を上げながら、僕の小吉を拾ってくれた。

「これ、貴方のですか?」

「はい、そうです、ありがとうございます」

「拾った際に、少しおみくじの結果を見てしまいました」

中年男性は申し訳なさそうにこめかみを掻いた。

「あぁ、小吉の部分ですかね?」

「いえ、『待ち人来ず』の部分です」

「そうですか」

「失礼は承知で伺いますが、貴方も誰かを待っているのですか?」

「そうです、貴方もということは……」

「はい、私も人を待っております、恥ずかしながら彼是2時間はここで待っているのですが、どうにも相手はこないようですね」

「僕も似たような状況です」

僕ら待ちぼうけくらった男同士、参りましたねと笑った。
相手の無駄骨を労うような微笑みだった。
相手の身なりからこの人は社会的にそれなりの地位があるのだ、という印象を持った。

同じ待ちぼうけでも人間としてここまで違うと思うと、次の瞬間には僕の笑みは乾いていた。

「失礼ですが貴方はどんな方を待っているのですか?恋人ですか?」

恋人という耳慣れない言葉に、脳の処理が遅れたが、僕はやんわりと否定した。
「残念ながら、友人?といっていいのか、そういった人を待っています」

「おや、複雑なんですね」

「いえ、複雑ってほどでも、ただ恥ずかしながらゲームで知り合った人を待っているんですよ」

「え、貴方もですか?」

「え、もしかして」

「はい、そうです、私もゲームで知り合った人を待っているんですよ、この年齢で数年前からあるゲームにはまってしまいましてね、ここだけの話なんですが、ネカマをしていたんです、ボイスチェンジャーみたいなのを使ってまで」

「そうですか」

正直、僕は相手の話にどう反応するべきなのかわからなかった。
ゲームで知り合った人の待ち合わせが、この錆びつき始めた時代の置き忘れみたいな遊園地の噴水広場で2組も待っている。

そしてボイスチェンジャーをしながらネカマをしている。
僕は遅れて自分が嫌な汗をかいていることに気づいた。
普段は愚鈍な僕の脳が、僕の意識の外にある回路を必死に使って、計算しているのだ。
もしかして、この人は……いやいやいやと僕の意識が演算に割り込む。

演算というよりはもはやウイルスみたいな粘着性と強制力をもって、僕に現実を突きつけてこようとする。

僕はおそるおそる中年男性に尋ねてみた。

「待っている人は、男子高校生とかですか」

すると中年男性の瞳孔が開いた。

「なぜ、ご存じなのですか?いやはや、貴方の洞察というか分析力というか御見それいたしました」

中年男性はズボンのポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭って、僕を真っすぐに見た。
どうしても話したいことがある子供みたいな表情だった。

「いやはや、いやはや、いやね、私、人生で一度も、ええ誓って一度もそんな感情になったことがないのですが、つまりは恋愛感情ですね、同性に対しての、ですが、今回はどうしてなのでしょう、見る見るうちに惹かれて行ってしまって、とうとうネカマのまま、相手をデートに誘ってしまったんです、やってしまったと思ったのですが、どうせもう後の祭り、それなら、今日私の正体を明かして、告白しようとしたのですが、残念ながら相手はもう……」

もう僕は自分を騙せない。この人は間違いなくそうだ。

「……アジサイ?」

「え」

中年男性が呆気にとられた顔で、目の前に立っている僕を見上げた。

その瞳の開き具合が『イエス』と言っているように見えてならない。

なんてこった。
こんな騙し方ってありなのか。
ネカマだと思っていたら女性だと言い出して、約束して会ってみたら実はボイスチェンジャーを使ってネカマになり切ったおっさん。

僕の脳みそにそんな負荷をかけないでくれ。
このままだと爆発した僕の脳が鳩のおやつになってしまいそうだ。

別に同性愛について、何らネガティブな印象はない。
けれど僕の恋愛対象は、間違っても男性に傾倒することはないというだけ。

僕はこのあとこの人に告白されるのだろうか?
それとも、実際に会ってみたらタイプではないが、男同士遊園地で遊びましょう展開になるのだろうか?

おっさんと二人でジェットコースター乗って叫んで、おっさんと二人で売店で買ったポテトを食べて。

少し笑えて来た。
相手が僕に告白せずに、暇だし遊んでいきますかと行ってくれるなら、それもいいかもしれない。

僕は、自分の感情が滅茶苦茶なままに、アジサイに向き直ってもう一度名前を呼んだ。

少し禿げあがってきている社会にもまれ疲弊した社畜の顔だ。
この人にも少しはいいことがありますように、と思った。
ただ、この人は僕とは違って、立派なステータスを持っているはずだ。
身に着けている腕時計や、着ているブランドの服装からそれが読み取れる。

「アジサイ」

「え」

中年男性は今もなお、驚き戸惑っているようだ。
それはそうだ、僕はどう見ても男子高校生には見えない。

「君のゲームキャラクタの名前だよ」

そこまで言えば、僕がツリバリであることなど容易に理解できるだろう思った。

「いえ、違います、私のキャラクター名は侍天使丸マジ卍3号です」

「え」

「貴方は何のゲームをしているんですか?」

「アジサイじゃない?」

「いえ、だから人違いですよ」

何かに膝の力が吸い取られていくのを感じた。
その正体は安堵だ。

この人がアジサイでなくてよかった。
安堵した次の瞬間にはアジサイは本当にドタキャンしたのだな、と痛感。
僕の心のなかには様々なバイパスが突貫工事で整備され、急に車が150キロの速度で走り出し、もう何が何だかわからなくなっていた。

まだ追い越し車線や、合流車線、反対車線を別けるストッパーもないから、あらゆる所で事故が起きているみたい。

帰ろう。
僕は目の前の中年男性に一礼して、踵を返した。

ーーツリバリ

その時、か細い声が、痛いくらいに僕の耳を掴んで離さなかった
ついには幻聴の世話になるまで追い詰められたか。

ーーツリバリ?

今度は疑問形だ。
僕は試しに声の主を探してみた。
すると、噴水の縁石に座っている女子高生が間違いなく僕を見ている。

まさか。
まさか。

「アジサイ?」

女子高生が頷いた。笑みが夏の果実みたいに静かに破裂している。

中年男性はよかったですね、と僕のおみくじをくしゃくしゃにして自分のポケットにしまうと、そのままどこかへ行ってしまった。




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