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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』7章

ーーアジサイはどこへ行きたい?

ーーうーん、急に言われてもわからないなぁ、ツリバリが決めてよ、発案者なんだから

ーーそうだなぁ

ーーどこ?

ーー福島県

ーー意外、いいね、でもどうして

ーーそれはね……


高速バスがサービスエリアに止まる。
運転手が設けた休憩時間は20分。
数名しか乗っていない乗客とともに僕とアジサイも降りた。


「ここでも空気が違うのわかるねぇ」

と伸びたアジサイ。

「大分、近づいたからね、いや、まさかだったなぁ」

「まさか、何?」

「制服で来るとはなぁ」

「しょうがないじゃん、服ないんだから」

「どうりで荷物が少ないと思った、とりあえず、向こうについたら何かしら着替えを買おうか」

アジサイは、サービスエリアに入ってきたもう一台のバスを見ている。

「そんなお金ないよ」

「僕が出すから」

「いいよ、いいよ、さすがに申し訳ない」

「違うよ、制服だと怪しまれやすいから、できるだけ避けたいんだ、それに僕は薄給で借金もちだけど、それでもちゃんと貯金してきたから大丈夫」

貯金というよりは使う相手もなければ、物欲もなかったから自然に貯まっていたお金だ。
借金の半分は返せるかもしれない。でも返してしまったら僕の生活がままならなくなる。だから毎月定額だけ返済することにしているんだ。

「本当にいいのかなぁ」

「いいのいいの安くて目立たない服ならね」

ここしばらく浴びたことのない新鮮な風。

『逃げよう』

2日後には僕らは逃げだした。
お互いが想像していなかった展開。
でも早ければ早いほどいいようなそんな気がした。

「お手洗いいってくるね」

「うん、ここで待ってるよ」

サービスエリアには軽自動車やスポーツカー、長距離トラックが敷き詰められている。
それぞれが目的を持って日々を遂行していて、その日常から僕達だけが急速に乖離していっているような感覚。

何者かであった昨日から、何者でもなくなった今日。
僕はレジ打ちのアルバイトでもなければ、ぼろいアパート、4畳半の部屋の住人でも、免許証に記載された名前でもない。
僕は、ツリバリだ。

ズボンのポケットに入れておいたスマホが振動する。
取り出してみるとディスプレイには『ビーチサンダル』の名前。

アジサイのあの一件からちょっと気まずい名前だ。
それにしてもゲーム内で何かあったのだろうか?
迷ったけれど、僕は通話ボタンを押した。

「はい」

「はい、じゃねぇーよ」

「え」

「え、じゃねぇーよ、一昨日くらいから連絡しても既読もつかないし、何かあったと思ってたわ」

「色々とね」

「最近お前、全然ログインしてもこないからよ、一応の生存確認の電話」

ビーチサンダルはそれに、と続けた。

「それに、なんかお前と気まずくなっちまったからよ、それも謝りたくて、悪かったな、アジサイのこと」

「アジサイのことってどういうこと?」

「相変わらずお前はとろいなぁ、だからよ、お前は全然関係ないし悪くないのに、俺嫌な事言って抜けただろう?そっこからお前とゲームしてないからこのままの状態は嫌だなって思っての謝罪だよ」

「全然そんなこと気にしてなかったよ」

ビーチサンダルとの間に気まずさはあったけれど、別に僕はあのときのことをどうとも捉えていない。
人間関係というのはそういうものだと認識しているつもり。
つまり、どんな関係であれ、人間の関係は冷戦状態に過ぎない。
だから別に、僕らがどうなろうと、それは自然なことなのだと思っている。

「お前が気にしなくても俺が気にすんの、だから謝っているんだよ、それで次いつログインできんの?来月から新レベル解禁だってよ、それまでに装備整えないとな」

「あーごめん」

「あ?」

「暫くゲームできそうにないんだよ」

「は?なんで」

「色々忙しくて」

「忙しい?お前が?学校関係で?」

あーそうか、と思った、僕は高校生の設定だった。
そのとき後ろから声がした。

「お待たせ、ツリバリ、あ電話してたんだ、ごめん」

「え、女?、おいツリバリ、お前女といんの?」

「あ、えーとうん、ちょっと」

唐突に電話が切れた。
電波が悪かったのだろうか?

「ごめん私時計とか持ってなくて、バスの時間大丈夫?」

時間を見る。時間よりも劣化したスマホのバッテリーの減りが早いことに焦った。
ここでもどこでもモバイルバッテリーを買った方がいいかもしれない。

「まだ大丈夫、ちょっとお店とか見てみようか、飲み物とか食べ物とか」

「うん、いいね、サービスエリアってあんまり来たことないから新鮮」

時間があったら掛けなおそうと思ったが、今はちょっと余裕がない。
ビーチサンダルは彼なりに僕のことを気にかけてくれていたみたいだから、この逃避行で落ち着くような状況になったら、返信しよう。

店内の蛍光灯は思ったよりも明るかった。
僕は蛍光灯とか明るすぎるものは苦手で、目を細めてしまう癖がある。

「眩しいの?」

「うん、なんか昔から明るいの苦手で」

「繊細なんだね」

「そうなの?」

「ツリバリはHSPとか知らない?」

「知らない、何それ」

「簡単にいうとさっきもいったけど、繊細な人のことだよ」

僕は繊細なのだろうか?
繊細だとこんなにも生きづらいのだろうか?
それもとも生きづらいから繊細になったのか。

「サングラスでも買う?」

「いや、一応二つ持ってきたんだ、安物だけど変装用にね、すぐに取り出せるようにカバンに入ってるよ」

「かけなよ」

「え―似合わないんだよ僕」

「えー似合わないんだよ僕」

なぜか、アジサイが僕の真似をした。

「なんで?」

「いや、なんか面白くて、いいから掛けて見せてよ」

僕はいかにも渋々といった表情をつくって、カバンから取り出したサングラスをかけてみた。
すると、アジサイは声を出して笑いだし、笑い終わったあとで、ごめんごめんと言った。

「本当に似合ってない、童顔だもんね、男子高校生でもいけるよ」

「ちなみに、はい、これ、アジサイの分」

「え、私にも?」

「二つあるって言ったじゃん、僕とアジサイの変装用だよ」

「わかったかけてみるね、意外とサングラス掛けるの人生で初めてかも」

そんな馬鹿なとは思ったが、確かに女子高生がサングラスをかける機会はそう多くもないか。
サングラスをかけている女子高生なんて、僕も見たことないかもしれない。
変装するにも早急に服を買ってからサングラスをかけさせないと、アンバランスな感じが一層怪しさを引き立たせるかも。

「どう?」

「やっぱ制服にサングラスは咲かないねぇ」

「なんかいいワードだね『制服にサングラスは咲かない』って、前から思っていたけどさ、ツリバリってなんわワードセンスいいよね、小説家になったら?」

「小説家なんて僕がなれるわけないよ、第一に何も書ける話がないし」

「あるじゃん」

「どこに?」

「目の前」

制服を着ながらサングラスを掛けたアジサイが僕に敬礼をしてみせた。

「私とのことを書けばいいじゃん、私が捕まるまでにきっと色々なことが……」

「捕まらないよアジサイは」

気がついたら、アジサイの言葉を遮っていた。確証はない。捕まらない確率の方が低い。僕の願望だけが、脳を経由しないでダイレクトに口をついて出た。

「来て」

「え」

アジサイに手を掴まれる。
すぐに立ち止った。
お土産の帽子コーナーだ。
僕らの後ろを海産物のパックを持った老人たちが何人か通っていった。

「ツリバリももう一回サングラス掛けて」

「どうして?」

「は、や、く」

「はい」

「いいね、ほらここの鏡見て、私達ヘンテコだね、不審者だ」

鏡にはサングラスを掛けた僕とアジサイが映っていた。

「それで、ツリバリ携帯出して」

「はい」

「カメラだよ、カメラ、それで鏡に映った二人を撮るの」

「恥ずかしくない?」

「思い出は恥ずかしいものなの、恥ずかしくないとそれは思い出にはならないの!」

なんだか妙に納得いくようなことを言われた。
僕はスマホをカメラモードにして、鏡に向けた。

「撮るよ」

「いいよー」

アジサイはピースをして、僕はカメラを構えたままで。
2人の写真が撮れた。

「ほら、これで小説のワンシーンだね」

「僕は小説家確定?」

「そうだよ、今度書いてみてよ、私のこと覚えていてね、きっと誰も私のことなんて覚えてないから、私がこの時代のこの時に生きていた証をツリバリには書いてほしいなぁって」

アジサイは柔和な笑みを浮かべてはいるけれど、目の端には一抹の不安を宿していた。
アジサイにとって人から忘れられるということは怖いことなんだ。
じぶんが死んでも誰かの記憶のなかで生きて行きたいという人が一定数存在することは知っている。

アニメや漫画でも『人が本当に死ぬときは、誰かに忘れられた時だ』なんて言ったりもする。

僕が忘れなければ、アジサイは生き続けることができるのだろうか?
否、きっとアジサイが言っている覚えていてね、というのはただ存在をというわけではないだろう。

言葉通りだ。
この瞬間だけのアジサイを忘れないでほしいということ。
きっとアジサイはどうしようもなく、人は移ろっていくものだということを知っている。
同じであり続けることができない生物であることを知っている。

好きだと言ったものが嫌いになっていたり、楽しかったことがつまらなくなっていたり、それってとても小さな変化なのだろう。
けれども変化を死と言い換えるなら、都度、僕らは違う僕らとして生まれ変わっている。

一秒たりとも同じ人物ではあれない儚さを、いつも僕たちは忘れてしまっているのだ。
この瞬間の君はもう再現されない、砂に描いた絵のようなのだろう。
それが君の望みなら僕は

「わかったよ」

お互いサングラスを外して、帽子コーナーをあとにしたから僕はそういった。

「うん?」

てきぱきと僕の前を歩くアジサイが振り返る。

「僕は小説家になって君の事を書く」

「本当に?困らせちゃったかな、あれは冗……」

僕はまたアジサイの言葉を遮った。

「題名は『トロールおじさんと冬の鼻』なんだ」

アジサイは首を振った。

「そんな題名じゃ誰も読んでくれないよー」

「きっとそうだね、ヘンテコな題名だね、でもいいじゃないか、誰も読んでくれない小説がこの世に1つくらいあっても、大層な僕らの内緒話みたいで」

アジサイの目が大きく開かれる。

「うん、そうだね」

「まぁでも、いくらなんでもさっき言った題名は、それこそ冗談だよ」

「え、そうなの?ツリバリだからやりかねないと思って違和感なかった、じゃあ本当に考えてる題名は?」

「うん、それはね」

ーー『制服にサングラスは咲かない』




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