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デザイン思考とアート思考(再考)

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これまでnoteで執筆した「デザイン思考とアート思考(再考)」関連の記事を集めています。
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おわりに:「ピカソの30秒」を願いつつ

おわりに:「ピカソの30秒」を願いつつ

 今回の連載では、講演会などで頂いた質問や宿題の答えを自分なりに考えて、お示ししたつもりです。「あーでもない、こーでもない」と一人で反省文を書いているうちに、気が付けばページ数はwordで100頁を超え、文字数も9万字を超えてしまいました(薄めの新書一冊分に相当する文字数!!)。なんとも長大な反省文です(苦笑)。

 ただ、「一人反省会」とは言うものの、講演会などで多くの方々と議論した内容やそこで

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システムズ・モデル

システムズ・モデル

 本編⑯のところで見たように、横地(2020)では、小さな創作行為(mini-creativity)の積み重ねが、徐々にアーティストの見る目を養い、その後の創作活動の屋台骨となるような創作ビジョンの形成へとつながるとされている。このような小さな行為の積み重ねが、やがて大きな成果へとつながるという発想は、漸進的なイノベーションの積み重ねが、急進的なイノベーションにつながるとする経営学の一部の主張とも

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デザイナーと創作ビジョン

デザイナーと創作ビジョン

 本編⑯では、アーティストにとって必須とされる創作ビジョンの構築は、ほとんどのデザイナーにとってはあまり必要のないものである可能性について述べた。しかし、ここで「ほとんどの」と但し書きを付けたのは、例外が存在する可能性があるからである。特に作家性の強い一部のスターデザイナーには、そのような傾向が見て取れる。

 例えば、ルイジ・コラーニ(Colani, L.)氏やシド・ミード(Mead, S.)

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デザイン思考と起業行動 PARTⅣ

デザイン思考と起業行動 PARTⅣ

 前回はデザイン思考の概念拡張に伴い、その理論的な性格も従来の問題解決から学習プロセスへと変質する可能性があることを述べた。ただ、先行研究の中には、狭義のデザイン思考をイノベーションのプロセスに埋め込むことで、それを学習プロセスに変換することができると主張するものもある。Backman and Barry(2007)は、デザインと学習は共に「経験」を鍵概念とし、親和性が高いと述べている。また、デザ

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デザイン思考と起業行動 PARTⅢ

デザイン思考と起業行動 PARTⅢ

 前回述べたように、狭義のデザイン思考とリーン・スタートアップやアジャイル開発はそれぞれ考え方の一部分を共有するものの、基本的には別物として捉えることができる。そのため、Dell’Era, Magistretti, Cautela, Verganti and Zurlo(2016)が行ったように、それらを足し合わせることは形式的には可能なように思われる。彼らは、狭義のデザイン思考にリーン・スタート

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それぞれの思考法の間で重なり合うところ

それぞれの思考法の間で重なり合うところ

 拙著『デザイン、アート、イノベーション』ではどちらかと言えば、デザイン思考、デザイン・ドリブン・イノベーション(以下、DDIとする)、アート思考、それぞれの間にある「違い」にスポットライトを当ててきた。そこでは、デザイン思考は「あなた」に焦点を当てた(イノベーション創出のための)アプローチであるのに対し、DDIは「人々」に焦点を当てたアプローチ、アート思考は「私」に焦点を当てたアプローチであるこ

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インクルーシブデザイン

インクルーシブデザイン

 本編⑫では、デザイン思考の実施に際して、これまでターゲットとされてこなかった少数派の狭いニーズや、極端な行動をとる人々の深いニーズを優先的に探し出そうとすることがよくあると述べた。そうすることで、誰も気づいていないニーズ(指摘されて初めて気づくような潜在的なニーズ)や、今はまだ小さくても将来大化けする可能性のあるニーズを探り出すことができるためである。

 このような“これまで排除されてきた人々

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デザイン思考やアート思考の本当の効果とは?

デザイン思考やアート思考の本当の効果とは?

 番外編②のところでも触れたように、デザイン思考に対してはこれまで「生み出されたソリューションが意外としょぼい」などの批判がなされてきた。その一方で、ソリューションとは違った点に注目して、デザイン思考を評価する声も一部にはある。大坪(2021)は別の視点から、デザイン思考を次のように評価している。

 このように、デザイン思考は「みんなの意見を形にできること」や「現時点での情報と参加メンバーの思考

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ソリューションがしょぼいという問題

ソリューションがしょぼいという問題

 このトピックは、本筋の意味形成の話からは逸れるため番外編扱いとするが、実はこれもデザイン思考の重要な論点である。デザイン思考に対する批判の一つに、「生み出されたソリューションが意外としょぼい」というものがある。例えば、大坪(2021)は、デザイン思考を使って価値のあるソリューションを導き出すことは難しいとして、以下のように述べている(なお、括弧内は筆者が補充した)。

 このような批判が起こる背

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デザイン思考と意味形成 PARTⅣ

デザイン思考と意味形成 PARTⅣ

 ここでは本編⑪のところで触れた、エクストリームユーザー(extreme user)を活用したデザイン思考について考えてみたい。デザイン事務所のIDEOが提唱するデザイン思考には、観察対象としてエクストリームユーザーがしばしば登場するが(増田,2018)、その中でも、特に情報感度の高い「イノベーター」や「アーリーアダプター」などを対象とした場合には、DDIと同じような成果が得られる可能性がある。

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デザイン思考と意味形成 PARTⅢ

デザイン思考と意味形成 PARTⅢ

 デザイン思考でも確かに、意味のイノベーションを起こせる可能性はある。ただ、このように書いてしまうと、「デザイン思考=デザイン・ドリブン・イノベーション」との誤解を招く恐れがある。この等式は部分的には成り立つにしても、完全にはイコールでつなぐことはできない。両者の間には依然として、大きな違いが残っているからである。それらの部分を混同すべきではない。それにもかかわらず、欧州勢の先行研究ではその辺りの

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デザイン思考と意味形成 PARTⅡ

デザイン思考と意味形成 PARTⅡ

 これまでの話をまとめると、デザイン思考とは結局のところ、ソリューションよりも、問題の定義の仕方で差別化を図るためのアプローチと考えることができそうである。また、実務家の中にも、以下に示すように、デザイン思考における問題定義の重要性を指摘する人たちが一定数存在する。

 
 そして、そのような見地に立てば、デザイン思考でも意味のイノベーションを生み出せる可能性はあると言え、デザイン思考に意味形成を

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デザイン思考と意味形成 PARTⅠ

デザイン思考と意味形成 PARTⅠ

 前回述べたように、欧州ではデザイン思考でも意味形成(ないしは、意味のイノベーション)は可能とする論調があるが、そのような理解の仕方は本当に正しいのであろうか。通常、デザイン思考は創造的とはいっても、その本質はあくまで問題解決であり、意味形成とは関連が薄いとされているし、実際、既存研究でもそのように取り扱われてきた。そもそも、Verganti(2009)が提唱した「デザイン・ドリブン・イノベーショ

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海外のデザイン思考研究との答え合わせ

海外のデザイン思考研究との答え合わせ

 拙著『デザイン、アート、イノベーション』が出版されたのが、2020年12月(出版データ上は2021年1月)。さらに、日本経済新聞での「デザイン思考とアート思考」の連載開始が2021年5月。それに対して、米国の『California Management Review』でデザイン思考の特集が組まれたのが2020年の冬号。さらに、欧州の『Journal of Product Innovation

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