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海外のデザイン思考研究との答え合わせ

 拙著『デザイン、アート、イノベーション』が出版されたのが、2020年12月(出版データ上は2021年1月)。さらに、日本経済新聞での「デザイン思考とアート思考」の連載開始が2021年5月。それに対して、米国の『California  Management Review』でデザイン思考の特集が組まれたのが2020年の冬号。さらに、欧州の『Journal of Product Innovation Management』でデザイン思考に関する論文が多く掲載されはじめるのが、2021年の4月以降(なお、同誌では前述したように、2022年の1月号にて「Design  Thinking  and Innovation Management: Matches, Mismatches and Future Avenues」の特集が組まれている)。


 このように、2020年から2021年にかけては、自分の中でデザイン思考に対する考えがある程度固まると同時に、欧米の学術誌にも多くの知見が集まり始めた。そこで、自身の考えとそれらの知見を突き合せて答え合わせをしてみたところ、困惑する結果となった。何が困惑の原因なのかというと、欧米(特に欧州)でのデザイン思考の定義があまりにも広かったからである。

 欧米でデザイン思考の定義が拡張されるきっかけとなったのは、おそらく欧州の学術誌『Creativity and Innovation Management』の2020年6月号に、Dell’Era等による「Four Kinds of Design Thinking:  From Ideating to  Making, Engaging and Criticizing」という論文が掲載されたことと推察される[注1]。それ以降、特に欧州では、デザイン思考は「何でもあり」の状態になってしまっている。なお、同論文のメインタイトルにある「4種類のデザイン思考(Four Kinds of Design Thinking)」とは、①創造的な問題解決、②意味のイノベーション、③スプリントの実行、④クリエイティブ・コンフィデンスのことである(なお、①~④の順番は、拙著『デザイン、アート、イノベーション』で紹介した順番に合わせて入れ替えてある)。さらに、それぞれの概要は以下のようになる。

1)デザイン思考とは、創造的な問題解決のことである

2)デザイン思考とは、意味形成あるいは意味のイノベーションのことである。意味のイノベーションとは、これまでにない意味を創造・再発見し、新たなビジョンや解釈を提案することである

3)デザイン思考とは、スプリントを実行することである。スプリントとは、高速でアイデアの実証や実験を繰り返すことで、市場の不確実性を軽減させるアプローチのことである。

4)デザイン思考とは、クリエイティブ・コンフィデンスのことである。クリエイティブ・コンフィデンスとは、個人が持つ創造的なマインドセットや思考パターン、あるいはそれらを共有した組織文化のことである


  これらのうち、デザイン思考を創造的な問題解決と捉える1つ目の主張には異論がない。なぜなら、これが元々のデザイン思考の定義だからである。しかし、それ以外の3つについては再考の余地がある。そもそも、それらにはこれまで、デザイン思考とは異なる呼称が与えられてきた。

 具体的に、2つ目の意味に注目するアプローチは、「デザイン・ドリブン・イノベーション」「意味のイノベーション」などと呼ばれ、デザイン思考とは別物として扱われてきた(Verganti,2009)。一方、3つ目のスプリントの実行は、デザイン思考の元々の定義の中にも類似の記載が見られるため、一見すると包含可能なようにも思われる。ただ、スプリントを巡る解釈は多様で、解釈の仕方如何によっては「アート思考」(Whitaker,2016)に振り分けた方が妥当と思われる場合がある。さらに、4つ目のクリエイティブ・コンフィデンスについてはこれまで、一部にデザイン思考と同義で扱うケースも見られたが、それに特化した「デザイン態度」(Michlewski,2008)と呼ばれる概念が登場して以降、デザイン思考とは別物として扱われることが多くなっている。

 以上のように、従来は2)~4)のそれぞれにデザイン思考とは異なる呼称が与えられてきたが、そのような対応がなされてきたのには相応の理由がある。それらは互いに、アプローチの仕方や理論的な性格、分析単位などの点で異なるからである(森永,2021a)。

 例えば、デザイン思考とデザイン・ドリブン・イノベーション(ないし、意味のイノベーション)では、イノベーションの火種を求める対象が異なっている。前者が目の前にいる個人に注目するミクロなアプローチであるのに対して、後者は人々が埋め込まれている社会や文化の構造に注目するマクロなアプローチである。また、デザイン思考とアート思考では、これまで見てきたように一部に共通する部分はあるにしても、理論的な性格が大きく異なっている。前者が自身を問題解決活動と捉えているのに対して、後者は(多様な解釈はあるものの)少なくとも自身を問題解決活動とは捉えていない。さらに、デザイン思考とデザイン態度では、取り扱う分析単位が異なっている。前者が主に個人に宿るマインドセットを対象にしているのに対して、後者は組織や集団で共有されたマインドセットも対象にしている。

 これらを単なる定義の問題と言ってしまえばそれまでだが、デザイン思考の概念を拡張し、異質なものを同居させることは、使用者に誤解を与えたり、混乱を招いたりする実害の大きいやり方であるといえる。もちろん、理屈の上では、「優れたデザイナーの考え方や振る舞いをモデル化したものはすべてデザイン思考である」と主張して、あらゆるものをデザイン思考に包含することは可能であるし、そうすることで多くの事象を一つの概念で説明できるようにはなる。しかし、本当にそれでよいのであろうか。あるいは、そのような処理の仕方は理論的に見て妥当なのであろうか。次回からは複数回にわたり、これらのことについて精査していきたい。


[注1] なお、同論文の筆者らが所属するミラノ工科大学の研究プラットフォーム「Design Thinking for Business(dt4b)」では、2019年末の段階ですでにデザイン思考を4種類に分類している。


●参考文献
Dell’Era, C., C. Magistretti., C. Cautela., R. Verganti and F. Zurlo.(2020),“Four
 Kinds of Design Thinking: From Ideating to Making, Engaging and
 Criticizing.” Creativity and Innovation Management, Vol.29, No.2, pp.324-
   344.
Michlewski, K. (2008), “Uncovering Design Attitude: Inside the Culture of
 Designers.” Organizational Studies, Vol.29, No.3, pp. 373-392.
森永泰史(2021a)『デザイン、アート、イノベーション』同文舘出版。
森永泰史(2021b)「デザイン思考とアート思考①~⑩」『日本経済新聞』。
Tyrone, S., P. Sara, L. Beckman, M. Steinert, L. Oviedo, and B. Maisch. (2020),  
 “Special Issue of California Management Review on Design Thinking.”
 California Management Review, Vol.62,No.2.
Verganti, R. (2009), Design-Driven Innovation: Changing the Rules of
 Competition by Radically Innovation What Things Mean. Harvard Business
 School Press. (佐藤典司・岩谷昌樹・八重樫文・立命館大学経営学部 DML 
 訳『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館、2012)
Verganti, R., C. Dell’Era. and S. K. Swan. (2022), “Design Thinking and
 Innovation Management: Matches, Mismatches and Future Avenues.”
 Journal of Product Innovation Management, Vol. 39, No.1.
Whitaker, A. (2016), Art Thinking: How to Carve Out Creative Space in a World
 of Schedules, Budgets and Bosses. Harper Collins. (不二淑子訳・ 
 電通京都ビジネスアクセラレーションセンター編『アートシンキング:未知 
 の領域が生まれるビジネス思考術』ハーパーコリンズジャパン、2020)

 ●参考ウェブサイト
『ミラノ工科大学HP』「Design Thinking for Business 」 
 (https://www.dt4b.polimi.it/) 2019年12月18日閲覧。

 

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