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デザイン思考と意味形成 PARTⅣ

 ここでは本編⑪のところで触れた、エクストリームユーザー(extreme user)を活用したデザイン思考について考えてみたい。デザイン事務所のIDEOが提唱するデザイン思考には、観察対象としてエクストリームユーザーがしばしば登場するが(増田,2018)、その中でも、特に情報感度の高い「イノベーター」や「アーリーアダプター」などを対象とした場合には、DDIと同じような成果が得られる可能性がある。

 なお、エクストリームユーザーとは前回も述べたように、正規分布の両端にいるような「とても極端な人」のことである(下図参照)。また、イノベーターとはそのうち、最初期に製品やサービスを購入するような、情報感度が高く好奇心の強い少数の消費者(消費者全体の2.5%程度といわれている)のことであり、アーリーアダプターとは常にアンテナを高く張って、これから流行りそうなものを購入する少数派の消費者(消費者全体の13.5%程度といわれている)のことである(Rogers,1982)。

                                                                                                                           Bobra(2016)より引用。


 一般的なマーケティングでは、多くのシェアを取ることに主眼を置くため、なるべく正規分布の真ん中にいるような平凡なユーザーに注目し、多くの人々が求めるニーズを探り出そうとする。それに対して、IDEO流のデザイン思考では、これまでターゲットとされてこなかった少数派の狭いニーズや、極端な行動をとる人々の深いニーズを優先的に探し出そうとすることがよくある。そうすることで、誰も気づいていないニーズ(=指摘されて初めて気づくような潜在的なニーズ)や、今はまだ小さくても将来大化けする可能性のあるニーズを探り出すことができるためである。

 前者の狭いニーズの一例をキッチンツールを使って考えてみたい[注1]。通常、キッチンツールといえば、主たるターゲット層は主婦や主夫となる。しかし、あえて年齢的にも、キッチンの利用頻度的にも極端に外れる「子供」に注目してみる[注2]。そうすると、子供はキッチンツールを使うにはあまりにも握力が足りないということがわかり、「握力がなくても使えるものが欲しい」というニーズが見えてくる。そして、この「握力がなくても使えるものが欲しい」というニーズは、大多数の主婦や主夫も抱えている問題であるという結論に導くことができる。一般的なユーザーに「何が欲しいか?」を尋ねても、握力が必要になるという不満点には慣れすぎていて、ニーズとして認識していない場合が多いのである(そのような慣れ過ぎた不満のことを、hidden-painと呼ぶことがある)。

 このように、これまでターゲットにされてこなかった人々が持つ狭いニーズに注目することで、逆に多くの人々に共通する潜在的なニーズが見えてくることがある。そのため、IDEO流のデザイン思考では、ニーズの狭さを重視する場合があるのである。このことは、先に見たキッチンツールの例だけに留まらない。多くの人々は、仮に「つまずいたこと」や「扱いづらいこと」があったとしても、それを忘れたり、それに慣れてしまったりするからである。卑近な例をあげれば、Skypeが該当するのではないだろうか。我々はZoomが登場するまで、Skypeの扱いづらさを忘れていた(大坪,2021)。要するに、扱いづらさに慣れてしまっていたのである。その意味では、「つまずきやすく、挫折しやすいユーザー」の存在は大事になる。コピーライターの糸井重里氏も、「(イノベーションに大事なのは)つまらないことに異常に敏感なこと」と述べている[注3]

 一方、極端な行動をとるエクストリームユーザーの観察からは、深いニーズを探り出すことができる。そのうち特に、高い情報感度を持ち、極端な消費行動をする人々を観察対象に選んだ場合は、DDIと同じような成果が得られる可能性がある。普及学で有名なエベレット・ロジャーズ(Rogers, E.M.)氏は、新しい製品やサービスが市場に普及する過程を、イノベーター(新しいものを積極的に導入する革新的消費者)、アーリーアダプター(初期採用者)、アーリーマジョリティ(前期追随者)、レイトマジョリティ(後期追随者)、ラガード(保守的でなかなか採用しない遅滞者)の5層に分類した。下図の横軸は時間の経過を、縦軸はその製品やサービスを採用するユーザーの数をそれぞれ表している。

             出所:Rogers(1982), 邦訳229頁の図5-3を一部加筆・修正して引用。


 このうち、1番目のイノベーターと2番目のアーリーアダプターの層の中には、何かにつけて時代の先端を走っている人々が一定数含まれており、彼らを観察することで、新しい社会の構造や文化の到来(あるいは、その兆し)を窺い知ることができるかもしれない。特にアーリーアダプターは、世間や業界のオピニオンリーダーやインフルエンサーになりやすい層であるため、重要な観察対象になり得る。その意味では、デザイン思考であっても、イノベーターやアーリーアダプターを観察対象にした場合には、DDIと同様にマクロな意味の革新が起こせる可能性があるといえる。

 実際に、日本の電機企業でも一時期、将来のライフスタイル予測を専門に担う部署や別動隊を立ち上げ、情報感度の高い大学生や、高感度と呼ばれる人々の観察などを通じて、新製品の開発を行っていた[注4]。具体的には、東芝の生活文化研究所や松下電器産業(現・パナソニック)のワークス、日立製作所のプロジェクト21などがそうである。それらの活動からは、家電の「offシリーズ」(東芝より1988年発売)をはじめ、多機能電話の「ムジカ」(松下電器より1988年発売)、パーソナルファックスの「おたっくす」(松下電器より1991年発売)、「ハーフサイズビデオ」(日立製作所より1991年発売)など、様々な先進的なコンセプトの製品が生み出されてきた。


[注1] 以下のキッチンツールの事例は、Nishikawa(2019)から引用した。

[注2] 井坂(2021)は、これまでターゲットとされてこなかった人々を巻き込む手法を「インクルーシブデザイン思考」と呼んでいる。このインクルーシブデザインの詳細については、番外編④を参照のこと。

[注3]『CNET JAPAN』「イノベーションとは「つまらないことに異常に敏感なこと」:糸井重里氏インタビュー」。なお、括弧内は筆者が補充した。

[注4] 東芝の生活文化研究所については、『日経デザイン』 (1988年8月号、18‐23頁)、松下電器のワークスについては『日経産業新聞』(1988年10月27日、1991年11月14日)、日立製作所のプロジェクト21については、『日経産業新聞』 (1991年10月23日)をそれぞれ参考にした。



●参考文献
増田明子(2018)「消費者の徹底的な観察から潜在的な課題を発見する」『宣
 伝会議』2018年12月号、27-29頁。
『日経デザイン』「インサイドストーリー 東芝 マイルームエアコン 
 off」1988年8月号、18-23頁。
『日経産業新聞』「松下、感性商品にロゴマーク ワークス、東京の若者の 
 証明」(1988年10月27日)
『日経産業新聞』「先駆け市場テスト術 日立製作所ハーフサイズビデオ」
 (1991年10月23日)
『日経産業新聞』「松下、開発体制見直し 別会社で設計強化、企画専門組
 織も軌道に」(1991年11月14日)
大坪五郎(2021)『みんなで仲良く「デザイン思考」結果を出すなら「A💛ア 
 ート思考」』kindle。
Rogers, E. (1982), Diffusion of Innovations. Free Press. (青池 慎一・ 宇野 善康
 訳『イノベーション普及学』産能大学出版部、1990)

●参考ウェブサイト
Bobra, D.(2016),「Design Thinking: A Manual for Innovation」『Medium』 
 (https://demianborba.medium.com/design-thinking-a-manual-for-  
 innovation-e0576b34eff6)  2022年1月8日閲覧。
『CNET JAPAN』「イノベーションとは「つまらないことに異常に敏感なこ 
 と」:糸井重里氏インタビュー(https://japan.cnet.com/article/35172983/)  
 2022年1月7日閲覧。
井坂智博(2021)「実践!インクルーシブデザイン 第一回 インクルーシブデ 
 ザインとは ソニーも行うデザイン思考の新手法」『日経クロストレン 
 ド』(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00522/00001/?n_cid=
 nbpnxr_mled_mainlink)  2022年1月8日閲覧。
Nishikawa, K.(2019),『ここがちぇうねんデザイン思考。5つの勘違いを理解 
 してモヤモヤを解消』
 (difference/)2022年1月8日閲覧。

 

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