デザイン思考と意味形成 PARTⅡ
これまでの話をまとめると、デザイン思考とは結局のところ、ソリューションよりも、問題の定義の仕方で差別化を図るためのアプローチと考えることができそうである。また、実務家の中にも、以下に示すように、デザイン思考における問題定義の重要性を指摘する人たちが一定数存在する。
そして、そのような見地に立てば、デザイン思考でも意味のイノベーションを生み出せる可能性はあると言え、デザイン思考に意味形成を含める欧州勢の主張にも頷ける部分はある。また、そのように解釈することで、デザイナーの仕事の本質を「意味形成」と捉えるKrippendorff(2006)や、「デザイン思考を(問題解決ではなく)意味形成の方法と捉えた方が、現場で活用しやすくなる」というEklund, Aguiar and Amacker(2021)の主張ともある程度折り合いをつけることができる。
ただし、ユーザーを注意深く観察して問題を定義したとしても、常に意味のイノベーションが生み出せるわけではない[注1]。そもそも、それを生み出すにはデザイナーのような感性(sensibility)が必要になる(Eklund, Aguiar and Amacker,2021)。しかし、これまでの標準的なデザイン思考の議論では、その手の話はほとんど取り上げられてこなかった(森永,2021)。そのため、先行研究ではしばしば、デザイン思考はデザイナーが持つ審美性の高さなどの感性の部分を無視していると批判されてきた。
なお、先行研究では、そのような審美性の高さには狭義のものと広義のものがあるとされている。狭義のものとは、アウトプットの美を追求しようとする個人の美意識の高さや、美しさに対する高い感性などのことである(Crilly, Moultrie and Clarkson,2004)。一方、広義のものとは、人々の美意識や嗜好の背後にある社会的な文脈や文化に対する感度の高さのことである(Tonkinwise,2011)。そのうち、狭義の審美性については、デザイン思考の提唱者であるティム・ブラウン(Brown, T.)氏自身も、デザイン思考の実行には、従来の審美主義(aestheticism)に代えてユーザー中心主義が必要になる旨を述べており(Brown,2019)、完全に切り捨てたとまでは言えないものの、軽視されていることが窺える。その一方で、広義の審美性に対する言及は見られないが、デザイン思考の性格を鑑みれば、そちらも抜け落ちる可能性は十分に考えられる(森永,2021)。
このように、デザイン思考を活用して意味のイノベーションを起こすには、既存の議論ではあまり触れてこなかった(あるいは、意図的に無視されてきた)「デザイナーの感性」が重要になる。しかし、感性のような暗黙知的で、つかみどころのないものを訓練したり、学習したりすることは容易ではない。少なくとも、ワークショップやマニュアルの整備などで対処できる類のものではないのである。この点につき、Eklund, Aguiar and Amacker(2021)は、デザイン思考に感性を注入するには、次の3つの取り組みが必要になると述べている。
しかし、①の取り組み自体、難易度が高い上に[注2]、②と③についても、短期間で成果を上げること難しい。「デザインは職業ではなく、態度である」(Moholy-Nagy,1947)などと言われるように、その修得には、常日頃からの心構えや情報のインプット、それらの積み上げが必要になるからである。また、仮にメンバーの中に、デザイナーのような感性を持つ人がいたとしても、常にそれが発揮できるとは限らない(不発に終わる場合もある)。それゆえ、意味のイノベーションを志向したとしても、それを恒常的に生み出すことは難しいのである。
●参考文献
Brown, T. (2019), Change by Design, Revised and Updated: How design
thinking transforms organizations and inspires innovation. Harper Collins
Publishers (千葉敏生訳『デザイン思考が世界を変える アップデート版』早
川書房、 2019)
Crilly, N., Moultrie, J and Clarkson, P.J. (2004), “Seeing things: consumer
response to the visual domain in product design.” Design Studies, Vol.25,
No.6, pp.547-577.
Eklund, A.R., U.N. Aguiar. and A. Amacker. (2021), “Design thinking as
sensemaking—Developing a pragmatist theory of practice to (re)introduce
sensibility.” Journal of Product Innovation Management, Vol. 39, No.1. pp.
1-20.
犬塚篤(2014)「書評 Roberto Verganti, Design-driven Innovation(Harvard
Business Press) 」『岡山大学経済学会雑誌』第46巻、第2号、263-271頁。
Krippendorff, K. (2006), The Semantic Turn: A new Foundation of Design.
Taylor & Francis Group, LLC. (小林昭世・川間哲夫・國澤好衛・小口裕史・
蓮池公威・西澤弘行・氏家良樹訳『意味論的回転』エスアイピー・アクセ
ス、2009)
Moholy-Nagy, L. (1947), Vision in motion. P. Theobald.(井口壽乃訳『ヴィジョ
ン・イン・モーション』国書刊行会、2019)
森永泰史(2021)『デザイン、アート、イノベーション』同文舘出版。
Tonkinwise, C. (2011), “A Taste for Practices: Unrepressing Style in Design
Thinking.” Design Studies, Vol.32, No.6, pp.533-45.
Verganti, R. (2009), Design-Driven Innovation: Changing the Rules of
Competition by Radically Innovation What Things Mean. Harvard Business
School Press. (佐藤典司・岩谷昌樹・八重樫文・立命館大学経営学部 DML
訳『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館、2012)
●参考ウェブサイト
井坂智博(2021)「実践!インクルーシブデザイン 第一回 インクルーシブデ
ザインとは ソニーも行うデザイン思考の新手法」『日経クロストレン
ド』(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00522/00001/?n_cid
=nbpnxr_mled_mainlink) 2022年1月8日閲覧。
Nishikawa, K. (2019),「ここがちぇうねんデザイン思考。5つの勘違いを理解
してモヤモヤを解消」『デザイン会社 ビートラックス:ブログ
freshtrax』(https://blog.btrax.com/jp/design-thinking-difference/)
2022年1月8日閲覧。
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