ソリューションがしょぼいという問題
このトピックは、本筋の意味形成の話からは逸れるため番外編扱いとするが、実はこれもデザイン思考の重要な論点である。デザイン思考に対する批判の一つに、「生み出されたソリューションが意外としょぼい」というものがある。例えば、大坪(2021)は、デザイン思考を使って価値のあるソリューションを導き出すことは難しいとして、以下のように述べている(なお、括弧内は筆者が補充した)。
このような批判が起こる背後にはおそらく、本編⑨のところで述べたような“問題定義の欠落”があると考えられる。日本企業の多くは下図に示すように、デザイン思考に取り組む場合であっても、これまで通り共感からアイデアへと直行してしまい、問題定義の過程をすっ飛ばしてしまう(井坂,2021)。その結果、不便を単純にアイデアで解消するだけの「アイデア勝負」に陥ってしまうのである。
実際に、デザイン思考を用いてJR東日本のアプリ開発を行った松本貴之氏も、「(気をつけるべきは)Discovery Phase(問題定義)をスキップしないということです。わかっていながらも課題設定と解決策を急いでしまうのは我々の習性のような気がします」と、同様の指摘を行っている。さらに、Produx LabsのCEOであるメリッサ・ペリ(Perri, M.)氏は、解決策を急ぐことに対して次のような警鐘を鳴らしている[注1]。
このように、デザイン思考では価値あるソリューションを生み出せないとされている背景には、問題定義の欠如があると考えられる。つまり、批判の中には、多くの冤罪が含まれているのである。ただし、全てが無罪というわけではない。問題定義のステップを踏んでいるにもかかわらず、「ソリューションがしょぼい」と感じることは確かにある。著名なデザイン事務所「ペンタグラム」所属のナターシャ・ジェン(Jen, N.)氏は、「デザインシンキングなんて糞食らえ(Design Thinking is Bullshit)」という刺激的なタイトルがつけられた講演の中で、デザイン思考とその成果物(ソリューション)が結びついていないことを問題視している。
正直、私自身も20年以上前にはじめてIDEOの書籍『発想する会社』(Kelly and Littman,2000)を読んだ時に、掲載されている一部の事例に対して似たような感想を持ったことがある。「偉そうなことをいうてる割には、ソリューションが普通やな。この程度のものなら自分でもやれるかもしれんし、優秀な人材を多く抱える大企業ならなおさらやれるやろ。なんで、こんなことをわざわざお金を払って外部に委託してるんや?」と。
このような感想は、デザイン思考を活用した新規事業開発の中でもよく耳にする。しかし、その中には一部(20年前の私と同じような)誤解も含まれている。本編⑨のところでも述べたように、デザイン思考では、ソリューションよりも問題の定義の仕方で差別化を図ることの方が重要だからである。この点につき、Nishikawa(2019)は以下のように述べている。
アート思考についても、これと同様のことが言えるのかもしれない。十数年前、現代アートの展示会にはじめて行った際にも、前出の『発想する会社』をはじめて読んだ時と同じような感想を抱いたことがある。「自分の絵を描く技量では、古典的な絵画の傑作をマネすることはできへんけど、これくらいなら、わざわざ芸大に通わんでも作れそうやん」、「子供の工作と大して変わらんやん」と。しかし、現代アートの場合も、本当に価値があるのはアウトプットそのものではなく、その基となるコンセプトの革新性の方である。当時は、そのような視点を見落としていた。
ただし、アートの場合はそもそも問題提起に主眼を置いているため、シンボリックなものを生み出すだけでよいし、抽象的なままでもよい。つまり、コンセプトモデルのままでもよく、具体的なプロダクトやソリューションにまで落とし込む必要がない。それに対して、デザインの場合は、もっと具体的で現実的なものが要求される。また、アートでは作品自体の有用性は問われないが、デザインの場合だとそうはいかない。問題の定義に加え問題解決(ソリューション)も求められるのである。アート思考に比べてデザイン思考の方が成果物について叩かれやすいのは、そのような出自が関係しているのかもしれない。
●参考文献
Kelley, T. and J. Littman. (2000), The art of innovation: Lessons in creativity
from IDEO, America’s leading design firm. Doubleday. (鈴木主税・秀岡尚子
訳『発想する会社! 世界最高のイノベーション・ファームIDEO に学ぶイノ
ベーションの技法』早川書房、2002)
大坪五郎(2021)『みんなで仲良く「デザイン思考」結果を出すなら「A💛ア
ート思考」』kindle。
●参考ウェブサイト
『AXIS』「デザインシンキングなんて糞食らえ。ペンタグラムのナターシ
ャ・ジェンが投げかける疑問
(https://www.axismag.jp/posts/2018/10/99156.html)2022年1月12日閲覧。
『EnterpriseZine』「JR東日本 松本氏に聞く:デザイン思考とリーンスター
トアップによるJR東日本アプリの作り方」
(https://enterprisezine.jp/article/detail/15603) 2022年2月25日閲覧。
井坂智博(2021)「実践!インクルーシブデザイン 第一回 インクルーシブデ
ザインとは ソニーも行うデザイン思考の新手法」『日経クロストレン
ド』(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00522/00001/?n_cid=
nbpnxr_mled_mainlink) 2022年1月8日閲覧。
Nishikawa, K.(2019),『デザイン会社 ビートラックス:ブログfreshtrax』
「ここがちぇうねんデザイン思考。5つの勘違いを理解してモヤモヤを解
消」(https://blog.btrax.com/jp/design-thinking-difference/)
2022年1月8日閲覧。
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