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北村早樹子のたのしい喫茶店 第24回「小岩 木の実」

文◎北村早樹子

 おかげさまでこの連載をしていることもあり、日々たくさんの素敵な喫茶店を訪れることが出来て、わたしの喫茶店ライフはたいへん充実しているのだけれど、貪欲なわたしはまだまだわたしの知らない素晴らしい喫茶店があるんではないかと、日夜、文明の利器(アイホン)を用いて検索している。ぼんやり食べログを見ていると、「木の実」という名前の喫茶店があることを知った。しかも写真を見るに、店内とても可愛らしくて、これは行っとかなあかん、と思い立ち、わたしははるばる小岩へ赴いた。
 「木の実」という喫茶店には思い出があるので、まずはそちらを綴らせていただきたい。
 2019年の冬、わたしは長野県上田市に泊まり込みで映画の撮影に参加していた。わたしは数年前から一応俳優事務所に所属しているので、日々オーティションの情報がメールで送られてくるのだけれど、滅多に応募することはなくて、やる気あるんかとマネージャーから小言を言われていたりもする。そもそも自分は女優と名乗っていいのかちょっと自信もないし、よっぽど、この人の作品に出たい!と情熱的に思える作品でないと、重い腰が上がらない。事務所に入りたての頃は今よりは積極的にオーディションに行ったりもしていたのだけれど、わたしは年齢だけで「30代 主婦」とかの役柄のオーディションを受けても、主婦には全く見えないらしく落とされるし、だからと言って、若い役柄が合うのかというとたぶんそういうわけでもなくて、女優って難しいな、とどんどん腰が重たくなっていった次第である。
 しかし、帚木蓬生さんの小説『閉鎖病棟』が映画化するオーディションの情報が送られてきたとき、わたしは即効マネージャーに連絡した。何故ならわたしは帚木蓬生さんの小説が元々大好きで、募集の役柄が閉鎖病棟に入院している患者の役だったからだ。わたしはあまり第六感的なものや目に見えないものは信用しないタイプなのだが、なんかこのときは直感的にいける気がした。

 オーディションは成城にある東宝スタジオで行われた。ゴジラの銅像に挨拶しつつ東宝スタジオの敷居を跨ぎ、食堂でしばし待機。どこかのスタジオで撮影しているのであろう、外国人のイケメン集団がランチをしている群れと一緒になり、気まずい思いをしながら呼ばれるまで待った。ちなみにわたしはこのオーディションの1週間前にお風呂で転倒して左肘をかち割り手術したばかりで、この日は三角巾で腕を吊ったままの参加である。(詳しくは大泉学園喫茶アンの回を参照)

 オーディションは結構な人数が参加していて8人ずつ一緒に集団選考という形だった。大きめの会議室で、それぞれ軽く自己紹介をした後、
「では皆さんにはこれから閉鎖病棟に入院中の患者さんになっていただき、フリーで演技していただきます。看護師役の俳優に絡んでもいいですし、他の患者さん役の方に絡んでもいいです。ここが病室だと思って下さい。それではヨーイスタート!」
 というスタッフさんの掛け声がかかると、みんなが一斉に騒ぎ出した。食堂で待っている間から、綺麗な人だな〜と思っていた女優さんは、常軌を逸した声量で雄叫びを上げ、「このクソ売女め!」などと叫んでいて怖ろしかった。呆気に取られてぼーっとしていると、同い年くらいの男性俳優さんがわたしのギブスの腕に突然襲いかかって来て、すんでのところで看護師役の女優さんに守っていただいた。まじで怖すぎる。演技とはいえ。動物園かよ。
 わたしは、閉鎖病棟の日常は意外と静かなんじゃないだろうかと思っていたので、ひとりで窓のブラインドをパカパカして、モジモジする、という誰の目にも止まらないであろう地味な芝居をしていた。ただ、片腕がギブスなので違う意味で目立ってしまっていたかもしれない。5分か10分ほどそんなフリー演技をして、パンっと終了の合図の手を叩かれ、オーディションは終了。全く手応えがなかったので、こら落ちたかな、と思いながらその日は帰宅した。
 帰って、久しぶりにわたしは本棚から引っ張り出した『閉鎖病棟』の原作文庫本を読み返していた。わりと序盤に、軽度の知的障害があり、多飲症で毎朝水を12杯飲むオフデちゃんという女の子が出てきて、なんの思い上がりやねんという感じなのだが、あ、これわたしやろ! この役はわたししかおらん気がする! と思った。
 一ヶ月後「最終選考に残ってるからスケジュールは空けとくように」とマネージャーから言われた。そして2ヶ月後、ようやく結果が出た。まさかの合格だった。希望通り、オフデちゃんの役だった。運命だと思った。
 2019年1月、わたしはロケ先である長野県上田市に滞在していた。ロケは今も現役でたくさんの精神病患者さんが入院されている実際の精神病院をワンフロア貸し切って行われた。今までテレビや映画で見ていた有名人の皆さんと一緒に撮影する日々は、本当に夢の中のようでずっと楽しくて、特に主演の笑福亭鶴瓶さん、それから同じく患者役の平岩紙さんや看護婦長役の小林聡美さんはとてもやさしく温かく接してくださって、もういつ死んでもええかも、と思えるぐらい幸せだった。早めに撮影が終わった日は、みんなで飲みに行ったりもした。みんなわたしみたいな無名の小物俳優にも分け隔てなく接して下さって、スタッフさんもみんなやさしく明るく、真冬の長野県は極寒で吹雪の中、野外で撮影などもあってそれなりに過酷だったのだけど、終始和やかで、総勢100人以上いるであろうキャストスタッフみんなで、ひとつのところを目指して作り上げていく日々は本当にかけがえなく素晴らしく充実していて、映画って最高やん、と思わせてくれた。
 わたしはこと音楽に関してはアングラのドブ水を未だ現役で啜っているような状態だが、映画に関してはかなり恵まれているだろうと思う。映画業界のセクハラ、パワハラなど、ブラックな部分が昨今多々報道されているがそのような場所には全く足を踏み入れずに済んでいる。だからわたしは映画の現場がとても好きだ。(映画のお仕事お待ちしてます♡)

 長野県上田市には2週間滞在していたのだけど、ホワイトな平山組はちゃんと撮休日があり、わたしはホテルの近くにある喫茶店、「木の実」というお店に何度かひとりでコーヒーを飲みに行っていた。いつもカウンターでママと常連さんが仲良く喋っていて、誰かが持ってきた羊羹をサービスでわたしにも出してくれたりする、余所者にもやさしい素敵な喫茶店だった。閉鎖病棟の思い出の中の1ページとしてわたしの中にしっかり刻まれている。
 すっかり長くなってしまったが、今日は小岩の方の「木の実」に足を運んでみる。
 小岩駅の北口を出てロータリーを少し進むとパチンコ屋があって、ちょうど朝10時だったこともあり、パチンカーのみなさんが大行列をなしていた。東京の東側は、空気も風景も人々が醸し出すムードも西側とはまるで違う。
 大行列が途切れたところにちょうど出現した。瓦の三角屋根に『珈琲木の実』と看板がついている。

 店内に入ると、まあ、なんて可愛い空間なのでしょう。天井からは素敵なランプシェードに、操り人形なんかまでぶら下がっている。レースのカーテンから朝陽が差し込み、観葉植物たちが気持ちよさそうに光合成している。椅子の上には薔薇模様の座布団が敷いてあって、なんだかマダムのお宅にお邪魔したような心地。まだ何も飲んでないし食べてないけど、一瞬でこのお店を気に入った。

 モーニングはたくさん種類があって、トーストセットから、種類が豊富な各種サンドイッチ、それからホテルモーニングなるセットまである。ホテルモーニングとは何ぞ?と思うが、何やらビーフシチューのセットらしい。すごい! 朝からビーフシチュー! しかし朝からそんなには食べられないので、わたしは一番人気らしい野菜ロースハムタマゴサンドをお願いした。
しばらくして運ばれてきたサンドイッチは、トーストした薄めのパンに具材がぎっしり詰まっていた。目玉焼きに、ロースハムは4枚ぐらい入っている。野菜もレタスとトマトもたっぷり。ほんのりマスタードが効いたマヨネーズソースが塗ってある。大きくお口を開けて、豪快にガブっと齧る。おお! これは美味しい! サンドイッチって、具が少なくてどうしても何も入っていないパンの部分を食べるときはちょっと悲しい気持ちになるけれど、木の実のサンドイッチははみ出るほど具材がたっぷりだから、ずっと幸せな気持ちで食べられる。朝から大満足の朝食。コーヒーは丁寧に一杯ずつドリップしてくれているそうで、雑味のないすっきりした味わいでとても美味しい。しかも、通常サイズで結構大きめのマグカップぐらいの量が入っている。サンドイッチもコーヒーも惜しみなくたっぷりサイズ、なんと気前のいい喫茶店だこと。

 メニューを見ていると、ランチではアボガドバーガーサンドなるものもあって、ハンバーグも手作りらしい。シチューやハヤシライスも美味しそう。店内はとびきりキュートだし、でもこんなに可愛いのに喫煙フロアもちゃんとある。コーヒーも食事も美味しくて最高。店員のお姉さんもとても感じがよかった。お気に入りの喫茶店がまたひとつ増えて、うれしい気持ちで小岩を後にした。

今回のお店「小岩 木の実」

■住所:東京都江戸川区西小岩1―20―20 
■電話:03―3657―5669
■営業時間:平日8時半〜17時 土日8時半〜20時 
■定休日:正月三が日

撮影◎じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

11月14日(火)北村早樹子ワンマン開催!

11月14日(月)
北村早樹子ワンマン第8回
場所:阿佐ヶ谷よるのひるね
時間:19時半開場19時45分開演
チャージ2000円+1D
ご予約の方はkatumelon@yahoo.co.jpまで、お名前、枚数、連絡先を明記の上、送信してください。
(完全予約制)


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