五香水貴

【連絡先】 reception-gokomizuki@yahoo.co.jp

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記事一覧

アイスクリームは腐らない 7 終

―聖奈―  ギャラ、振り込みはできないんですかね? 一々取りに来るのも面倒臭いんですが、とエキストラ事務所の社長に聞くと、振り込み手数料が勿体ないからねと社長は…

五香水貴
2週間前
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アイスクリームは腐らない 6

―百合乃―  誤ファックスの送信先の家は都内ではあったものの、北の外れに位置する町で、現地まで回収しに行くにはなかなか時間のかかる場所だった。破産者の通帳の写し…

五香水貴
3週間前
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アイスクリームは腐らない 5

―夏樹―  運転手が開けた自動ドアから先にタクシーを降りると、隣に座っていた彼女は領収書をくださいと言っていた。新宿通りから一本入った、新宿と三丁目駅の間、限り…

五香水貴
4週間前
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アイスクリームは腐らない 4

―聖奈―  集合場所に集まった八人の内、三人はスタンドインで、三人はサブキャストだとわかったのは、そこの二人はあっちで待っててと私たちに指示された待機場所が、機…

五香水貴
1か月前
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アイスクリームは腐らない 3

―百合乃(ゆりの)―  何が忙しいのかもわからないくらいに忙しいと思った。事務所の電話は鳴り続くし、来客も途絶えることがないし、依頼者に送らなければいけない書類も…

五香水貴
1か月前
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アイスクリームは腐らない 2

―夏樹(なつき)―  週に一回の演技の稽古は、筋トレとストレッチから始まる。通い始めた最初の数回こそ新鮮で楽しかったけれど、三カ月を過ぎる頃にはもうマンネリと化し…

五香水貴
1か月前
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アイスクリームは腐らない 1

―聖奈(せいな)―  八月の強烈な日差しはトレンチコートを貫通してじりじりと肌を焦がしているように感じた。中に着たニットはできるだけ薄手のものを選んできたつもりだ…

五香水貴
1か月前
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あの窓からみえたもの(短編)(4005文字)

 二月の深夜は、新宿のターミナルでバスを待つには十分堪える寒さだった。北風が吹き、思わず肩をすくめてダウンコートのファーに顔を埋める。早く来すぎてしまった自分が…

五香水貴
3か月前
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幸せの靴屋(短編)(2379文字)

 アリーチェのお店はフィレンツェの東部に位置する細い路地裏に建っていた。「幸せの靴屋」と書かれた木製の看板が控えめに掲げられたそのお店は、来店の一ヶ月前までに予…

五香水貴
4か月前
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いつか見たはずの海(5654文字)

 出産予定日を翌月に控えた私の一人旅に、出発のその時まで尚輝(なおき)は良い顔をしなかった。空港内の蕎麦屋で二人で蕎麦を食べている時も、「有給取れるし、俺も一緒に…

五香水貴
8か月前
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天の羽衣(二次創作)【BOOK SHORTS優秀賞】

https://bookshorts.jp/20221258t

五香水貴
1年前

その季節(短編)(1643文字)

 八月の終わりから早々に店頭に並んでいたボルドーやブラウンの秋服が、二ヶ月の時を経てやっと季節と整合してきたなと、涼しいというより肌寒い夜風を感じて思う。先月ま…

五香水貴
1年前

森の墓地(短編)(2382文字)

 ストックホルム中央駅から南へ下る地下鉄に乗ると、その乗車人数の少なさに不安を覚える。前の車両から移動して来た物乞らしき男性は、乗客一人一人に寄付を求めて声を掛…

五香水貴
1年前

悲しんでいるあなたを愛する 9 終

 まともに寝る事も食事を摂る事もほとんど出来ないまま迎えた翌日に、通勤途中にあるレディースクリニックに寄ってアフターピルを処方してもらった。通常のピルと違い、ア…

五香水貴
1年前

悲しんでいるあなたを愛する 8

 披露宴を途中退席し、アクアス目黒へ謝罪に行った帰りのタクシー中で、私も松岡さんも憔悴しきっていた。それなのに行き先を新宿のホテル街だと運転手に告げる松岡さんを…

五香水貴
1年前

悲しんでいるあなたを愛する 7

 お飲み物はいかがしましょう、と問うボーイに対して、テーブルの下に隠したスマホでメールの確認をしながら、あ、シャンパンで、と返した。パソコンの方が絶対に見やすい…

五香水貴
1年前

アイスクリームは腐らない 7 終

―聖奈―

 ギャラ、振り込みはできないんですかね? 一々取りに来るのも面倒臭いんですが、とエキストラ事務所の社長に聞くと、振り込み手数料が勿体ないからねと社長は言い、手に持っていた二つの紙コップの内一つを私に手渡す。礼を言って受け取り、口をつけると、緑茶のほのかな渋みが口の中に広がった。ごめんね、待たせて。今ちょうど経理が銀行に出かけちゃっててと続け、社長はテーブルを挟んで私の向かいに座った。

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アイスクリームは腐らない 6

―百合乃―

 誤ファックスの送信先の家は都内ではあったものの、北の外れに位置する町で、現地まで回収しに行くにはなかなか時間のかかる場所だった。破産者の通帳の写しってハイセンシティブな個人情報だから、取りに行かないわけにもいかないと言って現地に赴いたボス弁も、本心では面倒臭いと思っていたに違いない。事務所に戻ってきたボス弁が、案件ファイルが山積みになっているデスクに着く様子を、同じように案件ファイ

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アイスクリームは腐らない 5

―夏樹―

 運転手が開けた自動ドアから先にタクシーを降りると、隣に座っていた彼女は領収書をくださいと言っていた。新宿通りから一本入った、新宿と三丁目駅の間、限りなく三丁目寄りに建つそのマンションは、少し寒々しい雰囲気があった。精算を終えてタクシーを降りてきた彼女に、コンビニとか近くにありますか? 僕何か夕飯買ってきますよと言うと、コンビニならちょっと行ったところにあるけど、適当なもので良いならう

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アイスクリームは腐らない 4

―聖奈―

 集合場所に集まった八人の内、三人はスタンドインで、三人はサブキャストだとわかったのは、そこの二人はあっちで待っててと私たちに指示された待機場所が、機材や小道具がパンパンに詰め込まれ、背もたれのない高足のスツールしか座る場所のない居酒屋だったからだ。スタンドインとサブキャストたちは別の店に案内されたので、そっちの店は多分、もっと店内が綺麗に整備されていて、ちゃんとしたソファや椅子もあり

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アイスクリームは腐らない 3

―百合乃(ゆりの)―

 何が忙しいのかもわからないくらいに忙しいと思った。事務所の電話は鳴り続くし、来客も途絶えることがないし、依頼者に送らなければいけない書類も溜まっているし、今日中に申し立てをしなければいけない訴訟用の収入印紙が足りていないので、あとで郵便局まで買いに行かなければならない。印紙くらい、弁護士が裁判所に行くついでに郵便局に寄って買ってきてくれればよいものを、うちの弁護士たちは、

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アイスクリームは腐らない 2

―夏樹(なつき)―

 週に一回の演技の稽古は、筋トレとストレッチから始まる。通い始めた最初の数回こそ新鮮で楽しかったけれど、三カ月を過ぎる頃にはもうマンネリと化し、腹筋の時も、腕立て伏せの時も、身体が辛くならない微妙なラインまで手を抜くようになった。筋トレに続いて行う全員での発声練習では、もう完全に気を抜いて口パクになっていたのを、演技指導を行う事務所の社長にバレていたのかもしれないけれど、社長

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アイスクリームは腐らない 1

―聖奈(せいな)―

 八月の強烈な日差しはトレンチコートを貫通してじりじりと肌を焦がしているように感じた。中に着たニットはできるだけ薄手のものを選んできたつもりだったけれど、通気性のないウールの生地は、噴き出る汗によって一人用のサウナを模しているようだった。熱気を分散させようと右手でVネックの胸元をパタパタと扇ぎ、左手を目元にかざして日陰を作ってみたが、猛暑日の直射日光の前ではすべてが無力だった

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あの窓からみえたもの(短編)(4005文字)

 二月の深夜は、新宿のターミナルでバスを待つには十分堪える寒さだった。北風が吹き、思わず肩をすくめてダウンコートのファーに顔を埋める。早く来すぎてしまった自分が悪いが、家でじっとしているのも落ち着かなかった。刺すような寒さであっても、外の空気に触れている方が気持ちは楽に感じる。真冬の平日に、京都へと向かうバスを待つ人は殆どおらず、停留所には、自分を含めて六人しか人はいなかった。十五分ほど経ってター

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幸せの靴屋(短編)(2379文字)

 アリーチェのお店はフィレンツェの東部に位置する細い路地裏に建っていた。「幸せの靴屋」と書かれた木製の看板が控えめに掲げられたそのお店は、来店の一ヶ月前までに予約の必要があり、飛び込みの客は受け付けていなかった。それゆえ、人通りの多いメインストリートに店を構える必要はなかったのだ。その日、お昼の少し前に出勤をしたアリーチェは、コーヒーを淹れながら作業台に置かれた予約帳を確認していた。今日の予約客は

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いつか見たはずの海(5654文字)

 出産予定日を翌月に控えた私の一人旅に、出発のその時まで尚輝(なおき)は良い顔をしなかった。空港内の蕎麦屋で二人で蕎麦を食べている時も、「有給取れるし、俺も一緒に行く」と言う尚輝に、「いい、一人で行きたいの」と返す押し問答を続けた。
「なんでわざわざこのタイミングで行くかな」
「先週まで産休前の仕事の引き続きがあったんだから仕方ないじゃん。それに、これ以上あとになると飛行機に乗るにも医者の診断書が

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その季節(短編)(1643文字)

 八月の終わりから早々に店頭に並んでいたボルドーやブラウンの秋服が、二ヶ月の時を経てやっと季節と整合してきたなと、涼しいというより肌寒い夜風を感じて思う。先月までは定時ダッシュで退社をすると辺りはまだ明るかったのに、今ではビル前の並木道の街灯が全て点灯するまでに日の入りが早くなっていた。木枯らしが吹き、なんとも言えない晩秋の香りが鼻をかすめる。
 もう長いこと、秋は嫌いだ。残暑が落ち着き、日が短く

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森の墓地(短編)(2382文字)

 ストックホルム中央駅から南へ下る地下鉄に乗ると、その乗車人数の少なさに不安を覚える。前の車両から移動して来た物乞らしき男性は、乗客一人一人に寄付を求めて声を掛けていたが、私が一人で座るボックス席まで来ると、「Oh! Hello!」とだけ言って通り過ぎた。平日の日中に、アジア人の小娘が北欧の地下鉄に乗車しているのは相当珍しかったのだろう。向こうも私に吃驚した様子だった。目的地までは十五分程であった

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悲しんでいるあなたを愛する 9 終

 まともに寝る事も食事を摂る事もほとんど出来ないまま迎えた翌日に、通勤途中にあるレディースクリニックに寄ってアフターピルを処方してもらった。通常のピルと違い、アフターピルは病院で飲まされる事を、その時初めて知った。まあ、性行為後なるべく早く飲まなきゃいけないものだし、ネットで転売とかされても困るもんなとぼんやり考えながら、妊娠の心配があるなら三週間後に妊娠検査薬を使って検査をしてくださいという医師

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悲しんでいるあなたを愛する 8

 披露宴を途中退席し、アクアス目黒へ謝罪に行った帰りのタクシー中で、私も松岡さんも憔悴しきっていた。それなのに行き先を新宿のホテル街だと運転手に告げる松岡さんを見て、「疲れているからできない」と言って配偶者の誘いを拒否するレス側の発言は殆ど言い訳でしかないんじゃないかと思う。適当なラブホテルの部屋にチェックインをすると、ソファにバックを放り投げ、無言のまま一人で浴室に直行した。汗でベトベトになった

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悲しんでいるあなたを愛する 7

 お飲み物はいかがしましょう、と問うボーイに対して、テーブルの下に隠したスマホでメールの確認をしながら、あ、シャンパンで、と返した。パソコンの方が絶対に見やすいであろう長文のメールと添付資料を一つの画面で交互に表示させていると、急に辺りが暗転し、パーティ会場の左袖に設置された階段の上部へとスポットライトが当たった。映画館の中で悪目立ちするようなブルーライトが光るスマホの画面を急いでオフにすると、ス

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