あの窓からみえたもの(短編)(4005文字)

 二月の深夜は、新宿のターミナルでバスを待つには十分堪える寒さだった。北風が吹き、思わず肩をすくめてダウンコートのファーに顔を埋める。早く来すぎてしまった自分が悪いが、家でじっとしているのも落ち着かなかった。刺すような寒さであっても、外の空気に触れている方が気持ちは楽に感じる。真冬の平日に、京都へと向かうバスを待つ人は殆どおらず、停留所には、自分を含めて六人しか人はいなかった。十五分ほど経ってターミナルに到着した夜行バスは、運転手の交代などの引き継ぎを行い、それから更に十五分後に京都へ向けて出発した。
 ほとんど貸切に近い車内で、ダウンコートを脱いで隣の空席に置くと、リュックからスマホを取り出した。クラスのグループLINEは、卒業式後の打ち上げと、卒業旅行の話題で溢れかえっている。返信をしていないのは、俺と、拓也と和田さんの三人だけだ。その三人の共通点を、俺も、拓也も、和田さんも、何となくわかっているのだろう。もう自主通学期間に入った学校の職員室に呼ばれ、「まあ、最近は浪人生も減っていますし、三月入試で現役合格を目指す人の方が多いのは事実ですね。杉浦くんは、どうしたいんですか?」という担任の言葉を思い出す。拓也も和田さんも、俺と同じ、志望大学不合格組だと風の噂で聞いていたが、多分二人は三月入試でどこかの大学に滑り込むのを希望しているんだろう。その受験先が、たとえ、自分が本当に行きたい大学ではなかったとしても。担任の問いに対して、なんて答えたら良いのかわからなかった。ちょっと考えます、とだけ言った俺に、そうですか、と担任は簡素に返した。
 帰宅してすぐ、ちょっと京都まで行きたい、と言う俺に、母親は一瞬たじろんでから、行ってらっしゃい、お小遣いで足りる? と聞いた。夜行バスで行くし、京大見て帰るだけだからと答え、最低限の荷造りをして、ネットでバスの予約をし、晩飯を食べてから新宿に向かった。真冬の夜空の下で、俺の姿が見えなくなるまで、母親は家の門の前で見送っていた。
 時刻は二十三時を回っていたが、普段ならこの時間はまだ勉強をしているので、全然眠くならなかった。車内は薄暗く、何人かの微かな寝息も聞こえ始めてきたので、スマホの画面を発光させるのも憚られる。LINEを既読のまま放置して、オフにしたスマホをダウンコートの上に放り投げると、ボスっという鈍い音がした。座席に深く腰掛け直すと、前席後部に備え付けられたマガジンネットに差し込んである京都の観光案内誌が目に入る。ネットから雑誌を一冊取り出すと、窓に寄りかかり、カーテンの隙間から差し込む満月の月明かりを頼りに流し読みをした。清水寺、金閣寺、伏見稲荷、京都タワー、嵐山、京都水族館……。メジャーな観光地の紹介が並ぶ中、ほんの五センチ四方の小さな枠で掲載されていた、寺院の写真に目が止まる。隣同士に並んだ四角と丸の窓を通して見える紅葉に、形容しがたい感情が湧き上がった。突如、後方の座席から鳴り響いたイビキにハッとして我に帰り、雑誌をマガジンネットに戻して窓のカーテンをきつく閉める。隣の座席に置いてあったダウンコートを上半身に掛けて、自分も眠りについた。

 ざわめきによって目を覚ますと、バスはもう京都駅のロータリーに差し掛かろうとしていた。急いで荷物をまとめると、数少ない乗客の流れに乗ってバスから降りる。ドアの外は東京とは比べ物にならない寒さだった。
「雪だ……」
 思わず独り言が漏れる。
 交通機関は無事だろうかと不安に思ったが、特に遅延している様子もない市バスに乗り込んで京都大学の吉田キャンパスに向かった。
 バスに乗っている間も、雪は絶え間なく降り注いでいた。ドカ雪ではない、舞い踊るような降り方をしている。これは積もるかもしれないと、白く曇る窓ガラス越しに外を眺めながら思った。
 京大正門前のバス停でバスを降りると、人気のない歩道を正門に向かって歩く。自分の足跡だけが、薄く降り積もった雪を溶かしていた。キッチリと閉まり切った正門に手を掛けると、冷え切った鉄格子の冷たさが一瞬にして手の感覚を奪っていった。正面に見える時計台をぼんやりと眺める。去年、オープンキャンパスでここに来た時は、あんなに心躍ってあの時計台を見ていたのに、今ではそんな気持ちも白く霞んでいるようだった。
 自分の気持ちに答えが出ないまま、静かにキャンパスから離れる。訪問の目的は果たしたので、これでもう東京に帰ろうと思ったが、せっかくなのでもう少しだけ非日常を味わいたいとも思う。合格祈願をしに、北野天満宮でも行こうかとぼんやり考えているうちに、昨晩、バスの観光案内誌で見たあの寺院のことを唐突に思い出す。スマホを取り出して「源光庵」と検索した。ここから近いわけではないが、遠くもない。最寄りの駅を調べて、乗り換えを検索しながら正門前のバス停へと向かった。

 いわゆる映えスポットとも言われているその寺院は、この雪のせいか、開門直後だったからか、或いはその相乗効果のためか、まだ俺以外の参拝者の姿はなかった。目当ての部屋に辿り着くと、二つの窓を遠くから眺めて見る。二つの窓の向こう側にある、丁寧に整えられた庭園はすっかり雪化粧をされていた。部屋の中程まで進み、「迷いの窓」と名された四角い窓の前に立ってみる。「四角い窓は、人間の生涯を象徴し、生老病死の四苦八苦を表す」と、パンフレットに記された説明文を思い出す。まだ十八歳の俺は老いてもいないし、病気にもかかっていないし、死んでもいない。でも、生きているだけで苦しみはいっぱいだ。何でも自分の思いどおりになれば、それはどんなに楽しいだろうか。生涯四苦八苦なんて真っ平ごめんだと思う。
 半ば冷めた気持ちのまま、今度は隣に設置された丸い窓の前に立つ。「悟りの窓」と名されたその窓の前に立ってみても、自分の心は悟りの境地には及ばない気がした。どうすれば良いのか、まだ答えは出ていなかった。三月にある京大の後期試験は、狭き門だ。前期試験での不合格がほぼ確実となっている自分が受けたところで、合格の見込みなんて殆ど無いに等しいだろう。同じ日に実施される滑り止めの大学の試験なら、受かる可能性は、かなり高い。クラスのみんなと一緒に大学生になれる。晴々とした気持ちで卒業式にも出られる。周りに気遣わせることもなく、卒業旅行にも、打ち上げにも参加できる。「なんでわざわざ京都の大学に行くの? 都内なら、大学生なっても遊べるのに」と言っていた友人たちとも、今後も頻繁に会うこともできるだろう。京大の後期日程を諦め、滑り止めの大学の受験をすることに対して、メリットはいくらでも思い浮かんだ。そうだとしても、この高校生活で、ずっと京大合格を目指して頑張ってきた自分を、自分が裏切ってしまって良いのだろうか? 
 しばらくの間、部屋の真ん中でぼうっと立ち尽くしていたが、かじかんだつま先がバランス感覚を失い、身体が前後不覚に揺れるのと同時に意識を取り戻した。今何時だ? とスマホを確認しようとしてダウンコートのポケットに手を突っ込むも、見当たらない。バスに乗車中、リュックの中へ乱雑にスマホを放り込んだことを思い出し、その場にしゃがみ込んで背負っていたリュックを畳に下ろした。中を漁っていると、リュックの奥底から、カサカサという乾いた紙が擦れる音がする。音の発信源である薄紙の封筒を引っ張り出すと、昨日、職員室で面談をした担任の顔が浮かんだ。
「ああ、これ、合格祈願の鉛筆なんですけど、クラスのみんなに渡してるんです。杉浦君はずっと予備校に篭りっきりで全然登校してなかったから、今更になっちゃって。もう自主通学期間に入っているから、学校に来ないことを咎めているわけじゃないですけど……。受け取ってもらえますか?」
 そう言って笑った担任は、少し悲しそうな顔をしていた。
 封を開けて中身を確認すると、北野天満宮の鉛筆と、三つ折りにされたA4用紙が出てきた。不可解に思いながらその三つ折りを解くと、中から見慣れた字が目に飛び込んでくる。
「京大に合格していても、いなくても、自分の道を突き進め。Going My Way !」
 高二の夏のホームルームの一環で書いた、高三の自分に宛てた手紙だった。それを書いたことも、それを担任が一年以上保管していたことも、すっかり忘れていた。手紙を握り、しゃがみ込んだまま、もう一度、まん丸の悟りの窓を眺める。しんしんと降り続く雪はまだ止む気配がなく、目に見える景色の白い面積はどんどん拡大しているようだった。鉛筆と自分からの手紙を封筒に戻してリュックにしまうと、スマホを手に取った。アドレス帳から担任の携帯番号を呼び出し、通話ボタンを押す。もののニコールで担任は通話に応じた。
「先生、あの、俺やっぱ滑り止めの方は受けません。京大の後期日程受けます。それで、落ちたら落ちたで仕方ないかなって思います。そうなったら一年浪人して、また来年受けます。しんどいだろうけど、やります」
 朝一でかかってきた生徒からの電話を黙って聞いていた担任は、電話の向こうで頷いているようにも感じた。
「そうですか。杉浦くんらしい振る舞いに、実はちょっと安心しています。後期試験も頑張りましょう。予備校に箱詰めも良いけど、たまには顔見せに学校に来てくださいね」
 はい、じゃあ、頑張ります……と言って静かに電話を切り、スマホもリュックにしまった。立ち上がり、急足で出口に向かう。部屋を出る前、一瞬振り返り、四角と丸の窓を見る。窓越しに見える、雪が降り積もった庭園がただ美しかった。
 帰りは新幹線を使うことにした。早く帰って勉強をしようと思った。春に大学生として京都にこれたら、またあの窓を見に行こう。その時はあの庭は新緑で覆われているかもしれない。

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