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「コンテンツが生きている状態」を作ろう:必読の一冊『オタク経済圏創世記』

今まさに、こういうことを求めていたんだ!

そんな本にタイミング良く出会えると、本当に嬉しくなります。


ウェブ記事 「ゲーム・アニメ産業が海外展開で必要なものとは」…ブシロード中山氏と文化人類学者三原氏が語る日系コンテンツの未来 がとても示唆に富む内容だったので、ここに登場する
ブシロード執行役員の中山淳雄さんの著書『オタク経済圏創世記 GAFAの次は2.5次元コミュニティが世界の主役になる件』を読んでみました。

日本コンテンツが、いかにして世界で広がっていったのか、
こうしたテーマの本は、私の仕事・興味関心ゆえに、よく読みます。

しかし、満足する本にはなかなか出会えません。
「それは知ってるよ」的な情報の羅列であったり、「いやー、ちょっと的外れかもなあ」と感じてしまう考察であったり、「まあ、そういう考えもあるけどさ、現実はそうもいかないよ」と言わざるえない提案であったり。

この本は違います。

ポケモンや名探偵コナンなど、私が所属する会社が大きく関わる事例を多数挙げているにもかかわらず、
それらに対する分析、そこから導き出す考察は、目からウロコだったり、激しく首肯する内容だったりの連続なのです。

これだけの情報・考察を、こんなにも面白く読みやすく、この分量に収めきった構成力にも感嘆します。
(だからこそ、本のタイトルと体裁が勿体ないのですが…)


あまりに面白かったので、より自らの血肉にしていくべく、気になったところを挙げつつ、コメントしていこうと書き始めていたのですが、気になるところがあまりに膨大過ぎてキリがありません。

ひとまず、特に今の私の仕事に直結する「ライブコンテンツ化」に関するところを中心に挙げていくことにしました。
(※引用部分のすぐあとについている数字はページ数です)

■「生きている」状態を作るライブコンテンツ化

・「ライブコンテンツ化」は音楽ライブのような同時・同一の会場だけの話ではない。
一つのコンテンツがアニメ→ゲーム→イベントと数か月・数週間単位で数珠つなぎに次々とアップデートされ、ユーザーの需要に応えて物語を提供し続ける
・「コンテンツが生きている」状態
・デジタルの力を借りてコンテンツをライブコンテンツ化

ハム太郎をウェブ・SNSから再活性化する際に私が考えていたことは、
まさに「デジタルを活用して、”かつて流行ったキャラ”が、”今、生きている”という状態を作り出す」ということでした。

そのため、記述には全面的に納得です。ただ、
「ライブコンテンツ」という言葉は、どうしても音楽や演劇などのライブを想起させてしまうのが勿体無いと感じます。願わくば、別のキーワードを作ってほしかったところです。

リビングコンテンツとか…? 「リビングルーム」を想起させてしまいますか…
ここは自分にとっても課題になりそうです。

■「リアルからデジタルへ」の本質

コンテンツをデジタル化すれば安くスピーディーに共有できるという技術的な簡便さが、異文化を超える成功法則ではない
「リアルにあるものがデジタルになる」という、ここ30年以上語られているモデルを過剰に学習しすぎてしまい、本質を見失っている
76
ロケーションビジネスが成長している背景には
「ソーシャルやシェアリングを助長するロケーションの
『コミュニティ機能』が時代をおいて再評価されている」
ということがある。
デジタル時代において最も強調すべきことは、
「ネットで便利になること」ではなく、
「ネットによって今まで価値として見られていたものを、
より便利に高頻度で
味わえるようにすること」
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激しく同感です。

出版社がウェブメディアなんてものに邁進しちゃった2010年代は、「出版界の失われた10年」だと常々思っているのですが、
改めて「せっかくのテクノロジーを使って、そんなしょぼいことしてる暇はなかったんだよ…」と痛感しました。

■「流行を維持する」ことの難易度が上がり続ける

「流行させる」の価値が下がり
「流行を維持する」難易度が高く
という見出しから始まる102〜103ページの見開きは、全文をマークしたいくらい重要な記述に満ちています。

「流行すること」の価値がどんどん下がっている。
ユーザーを集めたあとの「維持をすること」の難易度は格段に上がっている。
取捨の選択肢が多すぎる世界において、「いつも変わらないこの場所」の価値は上がっている。
だから「ワンピース」や「ドラゴンボール」のように、誰もが変わらずに好きなものという旧来のキャラクターに集いがちになる。

そして、
<常時レッドオーシャンのようなキャラクター世界において>
必要なことは
<サービスのようにコンテンツを「提供し続ける」こと>
面ではりつくようにキャラクターをユーザーの記憶にプリントし続ける幅広い360度コンテンツ>
<コンテンツの連鎖的なエンドレス構造
だと語ります。

コンテンツづくりは、総合力をもってしか勝負しえない次元に入ってきつつある。

全くもって同感です。

その次元において、「編集部」単位で小さな村ごとに壁を作り、各号の売上を競わせているような出版社の構造は、時代遅れと言わざるえません。

■「メーカー」から「サービス事業者」へ

そうした情報過多の消費社会で興味を永続させていくヒントが、この前に多く記されています。

人々はアニメを通じて同じ嗜好にある人々と集まること自体に価値を感じている。
そこでしか得られないコレクショングッズを消費し、
アニメの裏側を生み出したクリエイター・声優を応援することに価値を感じている。
78

私がプロデュースした「サイバラ酒場」で
西原理恵子さんだけでなく、私たちのような担当編集者に会えることも、お客さんが価値と感じてくださっていることを実感しました。

「コンテンツの裏側を生み出す人=編集者やデザイナー、ライターなど」自体もコンテンツの一部として、うまく活用していくことは、今こそ必要になってくるのかもしれません。

「ユーザーコミュニティの形成を前提に、
コンテンツを生きたものとしてアップデートし続ける」という双方向モデルへと、
ビジネスモデルをチェンジすることができた産業が、2010年代に入ってからの成長産業
80
「メーカー」から「サービス事業者」への変化
ストリームとしてユーザーの体型空間にはりつくように提供し続ける。
81
音楽ライブコンサートにおいて消費の主体は実のところユーザー自身ではない。
むしろタレント側が自分が行くことで喜んでくれる、応援し続けて自分の顔も認識しているような身近なタレントが、たくさん集まった会場でめいっぱい頑張って演奏し、楽しんでくれている、
その様子を見に行く「楽しませに行く」ということが動機づけになっている。
89
ユーザーは自分自身を対象化されることを望まない。
安っぽくテンプレート化された消費者へのおもねりよりも、
キャラクター同士の世界観を箱庭のように楽しみたい。
89
長い期間に渡ってその作品を「忘れないでいること」のほうがよほど難しい時代
そうした穴を埋めることが3次元の役割
3次元での展開を見ながら、その2次元の世界を再び夢想する
99
とめどなく動き続けるプロモーションとマネタイズを両立させる(視聴装置でなく)体験装置
101

編集者が、出版社が、どのように変わっていくべきか、
その答えの一つがここにあるように思います。

■出版社が失いつつあるものこそ、大切にしないといけない

「ライブコンテンツ化」からは少し離れますが、
日本でマンガがこんなにも大きな産業になった理由を分析する第1章が非常に示唆に富みます。

<amazonが市場牽引役にもかかわらず低価格化を自ら推進してAWSの独占的地位を築いたロジック>が、
<戦後日本の出版社がマンガの展開にとってきた手法>
と同じ
だと分析しています。(27ページ)

ただし、以下のように推測しています。

参入障壁の構築のような戦略的な話ではなく
「生産体制からの積み上げではなく、
顧客の購買力と競合への競争力からプライシングを決めた」
という点からくるものだろう。

そして、下記のように続いています。

この異様なビジネス環境が爆発的な普及を助けるものとなった。
間違ったルールで始めてしまった競争を継続させたのは、
経営者の長期投資志向、
他収益源を確保したポートフォリオ経営、
株式市場からのプレッシャーのない信頼型ガバナンス、
そして何より
現場の職人たちの意思を最大限に尊重する日本的クリエイティブマネジメントの経営の成果である。
28〜29

ここに挙げられているもののほとんどが、
昨今、出版社がどんどんすり減らしているものです。

とりわけ、
クリエイターへの投資を減らしていることは目に余る状態です。

旧態依然とした組織形態は大きく刷新していく必要がある一方で、
「クリエイティブインキュベーション」機能は、より強化していかないとならないと思います。


他にもピックアップしたい箇所は山程あるのですが、
本当にキリがないので、ここらへんで止めておきます。

冒頭で著者が
<本書を「オタク文化の成功要因の抽出」にとどめるつもりはない。(略)日本の製造業にもヒントになるものだと考える。
12>
と明言している通り、コンテンツやエンタメ業界に関わる人以外にも、得るところの多い本だと感じます。

(そうした著者の意図が反映されていないタイトル、本の体裁なのが残念ですが)

とてもおすすめの一冊です。一人でも多くの人が手にとってくれることを願っています。

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