LSD《リリーサイド・ディメンション》第14話「心器を用いたゴブリンとの戦闘について」

  *

 遠方に壁が見える。

 とても大きな壁だ。

 あの壁を壊さなければ、世界を変えられない。

 そのための準備をしてきた。

 ゆえに、そのための行動をする。

 すべては、すべてを取り戻すために。

 ――……とある彼には、過去がある。

 彼は小説が好きだ。

 彼はライトノベルが好きだ。

 彼は漫画が好きだ。

 彼はアニメが好きだ。

 彼はゲームが好きだ。

 彼が、それらを好む理由は物語が好きだからだ。

 あまたの物語が彼を形作っている。

 だから、彼は自分が主人公であると信じている。

 自分がマイナスの存在だからこそ、プラスな出来事が始まるのだと。

 それが物語を形作る。

 なぜ彼が物語を好むのかは、その一点につきるのだ。

 そんな物語を彼は書いていた。

 異世界転生というジャンルの物語を。

 その物語の主人公のように彼はなりきっている。

 VRMMORPGアプリの仮想現実空間の中で。

 彼は主人公になるために、そこで魔物を倒し、レベルアップする。

 自らの夢を叶えるために……――彼女を手に入れるために。

 オレは彼の中の一部になるために、壁を壊さなければならないのだ。

 オレがオレになるためには。

 それが世界を変える唯一の方法なのだから――。

  *

 ――ここはセントラルシティの東の方角にある森……イーストウッドと呼ばれる地域である。

 オレ、マリアン、メロディ、ユーカリの四人はセントラルシティの周囲に配置された「断罪《だんざい》の壁《かべ》」を越えた。

「断罪《だんざい》の壁《かべ》」は魔物が侵入できないように配置された壁である――以前アスターと戦ったエーテル・アリーナのシステムである空想障壁《エーテルバリア》の元となっている。

「断罪《だんざい》の壁《かべ》」の門をくぐり、森へ行くこと……それは危険が伴うということだ。

 オレたち四人は、その事実を理解している。

 だから今、オレたちは「断罪《だんざい》の壁《かべ》」の門をくぐり、森に入った瞬間に心器《しんき》を開錠《かいじょう》する。

「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣リリーソード!!」

「――咲《さ》きなさい! 聖母《せいぼ》の黄金《おうごん》の花《はな》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》! 来《き》なさい! 心器《しんき》――聖母黄金花の剣マリーゴールドソード!!」

「――咲《さ》いてよね! 花蘇芳《はなずおう》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》! 来《き》てよね! 心器《しんき》――花蘇芳の剣レッドバッドソード!!」

「――咲《さ》くのです! 有加利《ゆうかり》の花《はな》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》! 来《く》るのです! 心器《しんき》――有加利の剣ユーカリプタスソード!!」

 ――突然だが……マリアン、メロディ、ユーカリが持つ心器《しんき》について簡単に説明する。

 マリアン・グレース・エンプレシアの心器《しんき》は「聖《せい》母《ぼ》黄《おう》金《ごん》花《はな》の剣《けん》」――ケイリクシア名……マリーゴールドソード。

 所持者が持つ地属性の影響で、心器《しんき》も地属性を有する。

 メロディ・セイント・ライトテンプルの心器《しんき》は「花蘇芳《はなずおう》の剣《けん》」――ケイリクシア名……レッドバッドソード。

 所有者が持つ火属性の影響で、心器《しんき》も火属性を有する。

 ユーカリ・ピース・オーバーヒルの心器《しんき》は「有加利《ゆうかり》の剣《けん》」――ケイリクシア名……ユーカリプタスソード。

 所有者が持つ水属性の影響で、心器《しんき》も水属性を有する。

 ……説明は以上だ。

 彼女たちが持つ、それぞれの心器《しんき》の能力については……能力が発動《はつどう》したときにする。

「――チハヤ、わたくしたちは心器《しんき》を開錠《かいじょう》しました。この先、戦闘が多くなるはずですわ。わたくしたちの先祖が開発した想形空間《イマジナリースペース》による架空の魔物との戦闘で、わたくしたちのレベルは八十になっていますが……実戦は初めてですの。フォローお願いしますわ」

「わかった。メロディ、ユーカリ……キミたちはマリアンを護衛する騎士だ。アスターのようにはいかないかもしれないけど……最低限、最高の守護を頼むよ」

『はい!』

「それじゃあ、森へ行こうか! 気を引き締めて……いくぜ! みんな!!」

  *

 森の中へ進んでいくと、オレは魔物を見つけて声を上げる。

「あれは……ゴブリンだ! 群れで活動している」

 ゴブリン――小物の魔物で簡単に倒せそうではあるが、とある創作物で姦淫する邪悪な魔物として冒険者に襲いかかる表現がなされている。油断大敵だ。

 小物の魔物のせいでマリアンたちの純潔を散らすわけにはいかない。

「ついに来ましたわね……薔薇世界《ローズワールド》の魔物が、ここに」

 マリアンの発言で気づいた……やはり、そういうことか。

 百合世界《リリーワールド》だから魔物が存在するわけではない。

 薔薇世界《ローズワールド》が百合世界《リリーワールド》を侵略しようとするから魔物が存在するのだ。

 つまり、あいつらは姦淫する魔物だ。

「オレがリードする! マリアンたちはオレの後ろに続け!!」

 さて、オレの心器《しんき》――百合《ゆり》の剣《けん》で試してみたいことがある。

 いや、正確には百合《ゆり》の剣《けん》を起動する際のプログラムを再構成する。

 つまり、「別の武器」への変換だ。

 フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》では、特に(無銘の剣に関しては)形成に制限はなかったのだが、百合《ゆり》の剣《けん》は最大百本しか(……いや、もか?)同時に形成できない。

 剣を形成する空想《イメージ》を十分の一に分割できれば……。

「……――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》!!」

 百合《ゆり》の剣《けん》を形成するのではなく、「百合《ゆり》の短剣《たんけん》」を形成する。

「来《こ》い! 心器《しんき》――百合の短剣リリーダガー!!」

 それは短い刀身の……そう、百合をモチーフにした灰色の短剣だ。

「おい、そこのゴブリンども! くらいやがれ! 百本の剣を千本の短剣に分割した、この攻撃を!!」

 百本の剣を同時形成できるなら、千本の短剣を同時形成すればいいじゃない……どこかの貴族の台詞っぽいけど。

 ……オレは技名を叫ぶ。

「百合千雨《ゆりちさめ》!!」

 百体以上存在しているゴブリンたちに千の短剣の雨を降らしたってわけだ。

 ダメージは少量だが、数が重なれば、それなりになる。

「マリアン、メロディ、ユーカリ! 短剣の雨で身動きがとれていない今がチャンスだ!!」

 四人で百体以上のゴブリンを倒すのには、そんなに時間はかからなかった。

 オレたちは神託者《オラクルネーマー》だ。

 神さまに選ばれた存在であるオレたちは総じてスペックが高い。

 それは「物語」において当たり前なのかもしれない。

 そして必ず、風《かぜ》のエルフを見つける。

 それができれば、風帝《ふうてい》を攻略できるかもしれない。

 休憩しながら、オレたちは森の奥へ進んだ――。

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