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これまでのお話

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noteで投稿した小説をまとめています。
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記事一覧

ドーナツホール

ドーナツホール

「ドーナツに穴が空いているのはなぜなの?」
 わたしのした何気ない問いに、彼はしばらく沈黙したあと、「なぜだと思う?」と返した。わたしは小さく首をひねる。すぐには思いつかなかったので「知らない」と答えると、彼は「そっか」とつまらなそうに呟いた。わたしの注文したフレンチ・クルーラーを無愛想に手渡しながら、「じゃあまた今度だね」と言い残して彼はカウンターの裏へと消えてしまった。もどかしく靡く暖簾を見つ

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カメラを止めないで

 映画を撮りたいと思ったのは19歳のころ。でも何から手をつければ良いのか分からず、大学の掲示板にあった貼り紙を頼りに映像研究同好会に入会した。
「好きな映画は?」
「ゴーストワールド」
「知らないなあ」
「……」
「映画を志したのはどうして?」
「映画の世界に憧れたから」
 ぼくの答えに彼女は沈黙で返す。突き返されるかと思ったけれど、「いいね、素敵」と笑われて終わった。やたら匂いのきつい煙草が印象

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終わり、あるいは始まり

終わり、あるいは始まり

 目が醒めて雨の音が聞こえると、かえってわたしの心は晴れやかな気持ちになった。寿命が一年延びるような、感謝の思いでいっぱいになる。
 ピアノを弾くのが許されたのは、雨が降った日か、親がいない日のどちらかだった。前者は親が決めたこと、後者はわたしが決めたことだ。
 雨が降った日は気分がいい。親がいなければ尚良かった。わたしは今にも踊り出してしまいそうな気持ちを抑えつつ、ピアノカバーを払い退け、椅子の

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夜明けのわたしへ

夜明けのわたしへ

「大人になると、ぼくらは幼い頃の記憶を失くすらしい。まるで記憶喪失のように、みんなぜんぶ、大事なことさえも忘れるんだ」
 彼があまりに真剣な眼差しで話すので、わたしは同情するような気持ちで答える。
「いずれ忘れちゃうなら、今こうして話していることも忘れるんだろうね」
「そう。だからぼくらは、こうして卒業アルバムに言葉を残すんだよ。今の自分たちを忘れないために」
「そんなの、アルバムを開けば分かるこ

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じもとランデヴー

じもとランデヴー

 九月の終わりごろだった。ぼくは地元の土手沿いを歩いていた。小中と通学路で何度も通った道だけれど、こうして歩くのはだいたい十年ぶりくらいになる。
 東京と違い、高い建物がないだけ視界が広い。街を囲うようにして連なるあの山は、なんという名前だっただろう。遠くで学校の予鈴が鳴る。もうすぐ昼休みも終わるころかもしれない。こんな風に、気ままに時間を送るのは久々だ。煙草の代わりに、胸いっぱいに空気を吸い込ん

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掌編小説「ほくろ」

掌編小説「ほくろ」

 夢を見た。
 そこは高校時代、登校の際に使っていた高崎線の車内で、いつもと違うのは、乗客はわたしともう一人だけということ。それから、そのもう一人が制服を着たわたし自身だということだった。互いにボックス席の斜め前に座り、わたしは、うたた寝する自分の姿を眺めている。相変わらず口元には大きなほくろがあるけれど、化粧気のない頬や長い睫毛に少しどきりとしたし、幼気な無防備さを見て思わず下唇を噛む。なにより

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掌編小説「シューゲイザー」

掌編小説「シューゲイザー」

「じゃあ君はシューゲイザーが好きなんだね」
 バイト先の飲み会でフリーター二年目の先輩はわたしにそう言った。居酒屋の喧騒と薄っすらと回り始めた酔いの中に取り残されないよう、わたしはテーブル一つ挟んだ彼にほんの少し身を乗り出して、声を張り上げた。
「なんですかそれ」
「シューゲイザー。ロックのひとつだよ」
 手に持っていた煙草を灰皿に押し潰しながら、先輩もまた声を大にする。ちょうどわたしたちは音楽の

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海

海を見たくなったのは、
自分の小ささを確かめたかったから。

空っぽのゴミ箱を大事に抱え続けるのは、
そこに大事な落し物があったから。

いらなくなった写真を燃やしたのは、
思い出の匂いを知りたかったから。

涙がかわいてしまったのは、
きっと潮風のせい。

ここは少し、ほんの少し、寂しい空白の最深部。

ここにあなたがいないのは、
あなたが水平線よりほど遠いから。

掌編小説「エンド・ロール」

掌編小説「エンド・ロール」

 最近、わたしはネットフリックスに加入した。定額で映画やドラマが見放題になったこのご時世、わざわざレンタルビデオ店に行って作品を借りることは少ない。昔は、テレビで放映されたドラマや映画をディスクに録画していた。新聞のテレビ欄を切り抜いてケースに入れるのが好きだった。音楽もそうで、ストリーミングで聴き放題の今と違い、レンタルしてウォークマンなどに落として聴いていた。
 ツイッターやラインみたいに手軽

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掌編小説「春のおとずれ」

掌編小説「春のおとずれ」

 靴紐を固く結んで部屋を出た。ゆっくりと扉を閉めて鍵穴に鍵を差し込む。ドアノブを捻ってちゃんと閉まっていることを確認すると、階段を降りて鍵をポストの中に入れた。そのままキャリーケースを引いて歩き出す。途中、一度だけ振り返って、遠ざかるアパートの姿を写真に収めた。

 電車に揺られながらぼんやりと外の景色を見つめる。春先の青空が、遠くに建ち並ぶ鉄塔を飲み込むようにして広がっていた。この街に越してきて

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短編小説「ゴーストアローン」

短編小説「ゴーストアローン」

 栄養ドリンクとチョコボールと履歴書が入ったレジ袋を持って、わたしはコンビニを後にした。ゆっくりと歩き出し、街灯も疎らな夜の道を歩く。袋を持つ手とは反対の手をパーカーのポケットに突っ込み、スマートフォンを取り出す。時刻は午後十一時二十二分だった。
 大学四年生になって三ヶ月近くが経ち、周囲の学生たちは段々と内定を決める、もしくはインターンを始めるなどして、着々と自分たちの今後を見据えていた。そんな

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掌編小説「あめのにおい」

掌編小説「あめのにおい」

 アオイさんは雨の匂いに敏感な人だった。
 まだ女子高生だった頃、隣の席同士だったわたしたちは放課後によく雑談をした。他愛のない会話の合間に、彼女が突然、「雨の匂いがする」と呟く。その時は降っていなくても、昇降口を出る頃には雨粒の跡が地面に点々とした模様を落としていた。
 靴を履き終え、立ち込める雨雲を見つめるアオイさんの横顔は、嘘みたいに無表情だった。

 日曜日の朝、そんなとりとめのない記憶が

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掌編小説「としをとる」

掌編小説「としをとる」

 普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。
 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。
 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を

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短編創作「11/25」

 旅先で映画を観た。
 その内容が思いのほか今の自分と重なって、鈍く感傷的な気持ちを引きずったまま映画館を後にした。
 まっすぐホテルに帰る気にもなれず、そのまま知らない街の初めての夜を迎えた。あてもなく商店街を歩く。思えばこの旅も、そんなふらついた気持ちのまま始まったように思える。映画なんて見るんじゃなかったと少し後悔した。知らない街で知らない映画を観る。そのとりとめのない行為に、どこか自傷的な

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