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透明な恋には折り合いを~ピエロの夜はもういらない 2

 ここ数カ月、“失恋モード”な私である。

 少女漫画の金字塔『BANANA FISH』を読んでしまったためだ。素晴らしかった。今まで、実生活に支障が出る自信しかないため手をつけないでいたのだけれど、その判断がいかに賢明だったのか。その事実に、横っ面を張られた感じ。

 一気に読んで、一気に魂が抜けた。今、アニメが放送されているが、視聴するたびにどれだけの覚悟が必要か。あの展開に色がついて、そしてキャラクターが話すわけで……考えただけでぎゅっと心臓を掴まれる。

 なぜ、これまで『BANANA FISH』を手に取らなかったか。それは、主人公のアッシュに理由がある。

 アッシュのモデルとなった人物を知っているだろうか。

 そう、リヴァー・フェニックスである。10歳の私が初めて好きになった映画スター、まさに初恋の人だ。
 リヴァーを思い出させてくれる出来事が、私の人生には数年おきに必ず訪れる。

 10歳のときに初めて『スタンド・バイ・ミー』を観て、彼を忘れられなくなった。大学時代、課題のためにロードムービーを調べていて、ふと彼の存在を思い出した。少しの財力にものをいわせて、『マイ・プライベート・アイダホ』を購入。今度こそ、本物の忘れられない人になった。

 そして、今年。24歳になった私は『BANANA FISH』と出会う。鮮明なリヴァーの姿が目の前に浮かんできた。漫画を読んで、アッシュの姿が彼と重なった。どんなシーンも泣けてきて、ふと気が付いた。私、リヴァーの年齢を越えている、と。
 リヴァーは25年前から立ち止まったままで、私は彼の現在を渇望していて。この、ままならない感じが私の頭にモヤをまとわせて、それはいつの間にか頬を濡らす。
 アッシュとリヴァー、2人の姿が重なって、私はこの上ないほどに悲しくて寂しい。

 そんなふうに、重めの失恋モード真っただ中の私。

 古文の演習のためにテキストを開くと『大鏡』が出題されていた。『大鏡』は、言わずもがな藤原氏、主に道長の繁栄が描かれている歴史書的なやつである。
 高校時代、敬語表現やらを学ぶために1度は読んだことがある人も多いのではないだろうか。私が読んだのは「影をば踏まで、面をば踏まん」という、なんとも傲慢なエピソードだった。……道長、嫌いだったなぁ。

 そんな『大鏡』、取り上げられていたエピソードは藤原義孝さまが亡くなったときのものだった。

 藤原義孝さまは、信心深く、美しく、歌がうまく、一途……そして、薄命。まさに、物語の主人公のような方なのだ。
 一番有名なのは、百人一首50番のあの歌だろう。

50 君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
【意訳】あなたに会うために捨ててもいいと思っていたこの命だけれど、あなたと出会った今となっては、ずっと続いてほしいと願ってしまう。

 歌人というものは、本当にロマンチストだ。現代ではちょっと重いのかもしれないけれど、ここまで命をかけられたら女としては喜びしかないと思う。

 ある意味、一番の娯楽が“恋”だった当時ならばなおさらだ。この歌を、後朝の文として贈られた姫が、私は心底うらやましい。

 私の憧れのひとりである、藤原義孝さま。

 23歳で亡くなったことはもちろん知っていたけれど、ここでこのエピソードに出会うとは。失恋モードでボロボロだった私の情緒を、『大鏡』は容赦なく揺すった。

 判明した瞬間に私のテンションは急降下し、そのテンションのままに、テキストを開いている高校生に向けて知識の確認を交えて現代語訳を話していった。

「……という、話。分かった?」

「わからん」

 キー!どういうこと!となったら、あのさーとため息交じりに切り出される。

「聞いてたけど、お経みたいに話していくから全く頭に入らなかった」

 ……なるほど。

 テンションと共に、具合が悪くなった私は声が出なくなっていた。それに、とても悲しかったのだ。好きな人が弱っていく様子を話すことが、これほどまでに苦しいことだとは思わなかった。

「私、最近失恋モードなのよ」

「失恋のモードってあるの?」

 呆れた眼差しを向けられたので、正面から目を見据えて失恋モードについて話す。

「初恋の人の年齢、超えちゃったの。私の重ねてきた24年が、リヴァーにはないんだと思ったら、さ……」

 わかんねー!と高校生は首を掻いて、私の失恋モードの理解は放棄することにしたらしい。

 小学生のときの初恋がリヴァーで、高校時代の恋はきっと義孝さまだったんです。
 シンプルな言葉で、美しい世界を紡いだ義孝さまが大好きだった。私を和歌の世界に引き込んだ、1つのきっかけでもある。自分でも想定外の傷みに、私自身が戸惑っていた。      意志の強い目でカメラを真っ直ぐに見据えるリヴァーが大好きだ。細かく震える瞳に、美しい肢体……考え抜かれた演技は多くの人を魅了する。彼の繊細すぎる心と、彼のまとった環境は、きっとこの世界を生き抜くことを耐えられなかったのだろう。その証拠に、彼の存在は今でも色褪せることなく、儚く輝いている。

 これからもずっと、リヴァーのことはきっと忘れられない。忘れるつもりもない。義孝さまのことも同じ。絶対に忘れないし、どれだけ苦しく悲しくなっても忘れたくないとも思う。

 こうして、大人になっていくのかなぁ。

 一度も顔を合わせたことのない人を好きになるなんて、という人もいるけれど、この傷みはやっぱり本物だと思うし、そう思わせてほしい。

 傷みと向き合いながら、彼らが残してくれた作品や言葉を深く長く愛していきたい。

 私には、彼らの残した美しい軌跡を想うことしかできないのだから。

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