ことばにするのは、夜と朝との間隙に落ちぬため。

ことばにするのは、夜と朝との間隙に落ちぬため。

マガジン

  • 同じ深さで狂ってくれるひとのこと

    彼の隣で見る海を、死ぬまで一生愛しつづけていけると思った。

  • キス魔の恋人のこと

    そのキスの孕む熱が、わたしを繋ぎとめる。

  • 多情多恨なあなたのこと

    寂しさはパズルのように。

  • 龍を背負った男のこと

    やさしい男と、水遊び。

  • 動物好きなあのひとのこと

    動物に触れることに慣れている人は、女に触れることにも慣れている。

最近の記事

これまでもこのさきも

4年前からこのひとだと思っていたわたしの目は、やっぱり確かすぎるなと思う。 *** すこし苦しい出来事があったので、一杯付き合ってくれませんかと彼にLINEをしたら、「いいよ、ちょうど冷蔵庫からビールを出そうとしたところだった」と返事が来た。秋の初め、どうせ叶わないだろうと高を括った「今度ふたりで飲みましょう」を案外あっさり承諾されてしまったので、食い気味に「いつ!?」と言ったら「10月中には」と約束するようにテーブル越しに右手を差し出されたことを覚えている。それがもしか

    • 発作のごとく

      もう何度目かの夜道で、初めて彼のほうからわたしの手を掬い取ったとき、これはわたしが築いてわたしが選んでわたしが手にした、わたしの関係性だ、と思った。 出会って5年弱の間に、漠然とした共感がいつしか好意に変わり、触れたいと願うようになった。時間をかけて伝えてきたし、時間をかけて受け取ってきた。いつも先に踏み込むのはわたしだったけれど、彼と話すのが楽しくてもうすこしこのままいたいというただそれだけで指先を絡めてしまってきたし、彼のほうも同じ感情を共有してくれていたからこそ、それ

      • これこそはと信じれるものが

        彼は冬が好きで、彼が嬉しそうなところをずっと見ていられるからわたしも冬が好きだ。 *** わたしたちは、身体的な距離の取り方が下手になってしまった。あの夜以来、何食わぬ顔をしてこれまでと同じ関係性を装ってはみたけれど、その手のひらがあたたかいことも、お互いの肌がどれほどしっくりと馴染むかもわたしたちは知ってしまっているので、素肌が触れ合っていないほうがもう不自然だと身体の細胞ひとつひとつがざわめくのを、意識的に殺しながら笑っている。お互いわりあい明確にパーソナルスペースを

        • 流れないのが海なら

          東京で暮らしていたころ、「死にたい」という感情はいつも心のわりあい浅いところにあって、ごく自然なものとして毎秒その存在を認識していたのだけれど、この町で海を眺めていると、あまりそう思わない。それは「死にたくない」だとか「生きたい」だとかいうことではなく、単に「死にたいと思う瞬間が少ない」というだけのことなのだけれど。 ふた回りほど年上の先達に数年前から、「わたしが先に死ぬから、骨はこの海の、わたしのお気に入りの場所に撒いてほしいの」と、ことあるごとに頼みつづけている。すべて

        これまでもこのさきも

        マガジン

        • 同じ深さで狂ってくれるひとのこと
          4本
        • キス魔の恋人のこと
          13本
        • 多情多恨なあなたのこと
          12本
        • 龍を背負った男のこと
          2本
        • 動物好きなあのひとのこと
          16本
        • その場限りの情の濃い男のこと
          4本

        記事

          足のつく海

          わたしのほうが好きだけれど、あのひとのほうが愛が深いなと思う。 あのひとにふれるたび、己の底の浅さを思い知る。知識も思考も経験も足りなくて、出会って6年経つのに差が1年も縮まってくれず、いつまで経ってもその背中に追いつけない。もうすぐあのひとが生まれた冬が来て、2か月だけ歳の差がひとつ広がってしまう。 *** 2月に再会してから1週間ほどずるずると甘やかなメッセージのやりとりを重ねながらも、触れられながら落とされた「好きだよ」をまだ信じきれていなかったころ、遠くのあのひ

          足のつく海

          September

          約束というのはいいものだなと思う。守られることを疑わなくていい相手なら。 *** 睡眠不足の日々が続いていたから、移動中すこしでも眠っておきたかったのだけれど、浮かれてしまって眠れないわたしは安易だなと思う。会うたびに長く距離が開くので、この感情はたぶん会えない間に手前勝手に増幅されているだけなのだろうと毎回たかを括って会うのに、会えば会えない時間の寂しさなどたいしたことではないと思えるくらいにすべてを持っていかれてしまって、毎回わたしは瀕死になる。今回だとて、正直に言う

          September

          身を尽くしても

          冬までいい子にして待っていると言ったはずだった。会えないのは、寂しかった。 *** いつもわたしから連絡してはあのひとが返事をくれて、あのひとは決して自分がボールを持ったままにしないからわたしがなんとなく引いてラリーを止めてしまうのが常だったのに、冬にまた仕事でミオちゃんの住む町に行くよと、珍しくあのひとのほうから連絡が来た。 わたしが願を掛けずとも、あのひとが己の思いの強さだけを縁にしてわたしとは無関係にまたこの町にやってくる日が来るだろうということは分かっていたもの

          身を尽くしても

          哀しくなると海をみつめに

          年に一度通う北の港町に、わたしに甘い男がいる。 わたしは、「津々浦々の港に女がおりそれらすべてにそれなりの情愛を注いでいるが、本妻のことをちゃんと愛していて帰る家は1軒だけ」を気取った船乗りタイプの多情な男が結構好きで、わりと積極的に「地方の教養の粋を集めて教育された、鄙びた漁村の没落お嬢」然としたポジションを取りに行って、男が選ぶ「その港の女」になりたがってきた。 といっても、ほかの男を寄せずにただ訪いを待ちつづけるほどの健気さがあるわけでは一切なく、むしろ近年わたしの

          哀しくなると海をみつめに

          わたしは水に愛を書く

          知らないほうがよかった、と、それでもあのひとを知りたかった、の反復横跳びを生きていくのか、これから。 *** わたしはついにあのひと相手だと、「寂しくなっちゃったから、10秒でいいからわたしのこと考えて」などとメッセージを送るような女になってしまった。弱くなったのか、むしろ厚顔になったのか分からない。でもこれが、今まででいちばん素顔のわたしだ。 「今度会えたときはハグさせてね」 わたしがなにに不安定になっているのか、ひとことも伝えていないのにすべて掬い取られたメッセー

          わたしは水に愛を書く

          せんせいあのね

          だいじょうぶ たぶんだいじょうぶだと思う だいじょうぶじゃないかな ま ちょっと覚悟はしておけ *** 悲しいことばかり連絡してしまうのをいい加減やめたくて、教えてくれた本を読みましたとか、共通の友人に会いましたとか、動物写真家の個展に行きましたとか、マティス展に行きました昔送っていただいた一筆箋がマティスだったけれどお好きだったでしょうかとか、他愛もないやりとりの種を毎日探している。悲しい理由はわたしの中にしか探せないけれど、叶うならばあのひとの目に映る世界のうつくしさ

          せんせいあのね

          悲しさの洗い替え

          まだ飛べないから、もうすこしだけ駄々を捏ねさせていてほしい。わたしがあのひとにしか吐けない本音を、もうすこしだけ聞いていてほしい。 *** 軟化と硬化を繰り返しながら不定形に移ろっていく感情を、できるだけ生に近いかたちのまま定形に落として書き残しておこうとしている。いまのわたし自身の思考の機微と、あのひとがくれる言葉たちがわたしの感情に与える影響は、たぶんあとから振り返ったときにとても大きな価値を持って、ずたずたに傷つきがちなわたしの精神を支えてくれるものになるだろうから

          悲しさの洗い替え

          青い車で海へ行こう

          離陸後の飛行機というのは、こんなにも都心の真上を飛ぶものだっただろうか。皇居からスカイツリーにかけてのティピカルな「東京」が眼下に広がって、見知った街のはずなのに改めて細密画のような建造物の密集に軽く眩暈がする。羽田からのこの路線にはもう何度も乗っているけれど、これまではもう1本早い早朝便を選んでいたから、座席に着くなり眠りに吸い込まれていて外を眺める余裕などないことが多かった。 男に会いに行くために飛行機に乗るような、そんな気持ち悪い女に自分がなるとは思っていなかった。あ

          青い車で海へ行こう

          海に迷えば

          こんなに「書かないと進めない」と思ったのは久しぶりだった。誰かへの恋文として書き溜めた文字列もあったけれど、あのひとを巡るこの一連の文章は本来、「あのひとがどれほどいい男かを、この町の美しさや愛しさとともに書き残しておきたい」という衝動に揺られて書き始めたものだったから、いつしか己の感情の鎮静化のための文章に転んでいることに戸惑う。けれどいつの日も、「書かなければよかった」と思ったことは一度もない。書いておいてよかった。あの刹那のあのひとの表情も、あの夜のわたしの感情の機微も

          海に迷えば

          愛の爆弾

          ひとりで生きていけない女を慈しむ、ひとりで生きていかない男。 *** あとになって話したいことが湧いてきて、 わたしは感情の瞬発力がないなあと思う。 東京寒いけれど、そちらはもっと寒いでしょうか。 月曜日 23:31 会いたい、と思う。会ってもどうにもならないことは分かっているし、どうにかなれる気になるなと自分に言い聞かせてもいる。でもあの夜、4年間喉元まで込み上げては飲み込みつづけてきた言葉たちは結局ひとつも口から零れず、そもそも思い出しすらしなかったような気がする。

          愛の爆弾

          咲けない薔薇

          「昔の男」とすら形容できないくらいごく数夜だけ関係をもったあのひとがくれた服は、今夜もちゃんと暖かい。4年前の早春の雨の朝以来、冬の夜にはあのひとの服に抱かれて眠り、夏の夜にはあのひとの服を抱いて眠ってきた。そうすることでしかやり過ごせなかった夜があった。花の名前を思い出すよりも、わたしを抱いたあのひとの温もりを思い出していたいから、縋れるよすががあることを嬉しいと思う。 いつだったか眠れない夜にあのひとのSNSを遡ったら、世界のあちこちでこの服を着たあのひとが笑っている写

          咲けない薔薇

          滑らかな社会と辿々しいわたし

          大判焼きをふたつ買う夢を見た。幸せになろう、と思う。 *** 年末、かつてとてもとても好きだった男の故郷の隣町の温泉に恋人と旅行をしたら、スリルとリスクに塗れて怯えながらも離れられない恋愛、を、日の当たる場所で手を繋いで歩ける生活、にしませんか、と恋人が言うので、そのようにすることにした。 結婚願望など微塵もなかったし、それを半ば公言してもいた。一方で、恋人は「普通」の結婚願望を公言していたし、言葉を選びながらではあるけれどもわたしに結婚願望の有無だとか子供を産む意思の

          滑らかな社会と辿々しいわたし