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多情多恨なあなたのこと

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寂しさはパズルのように。
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よそゆき顔で

「テキストからの妄想」と切り捨てられてしまうならそれまでだった、恋。 Episode 12. December 2019 - January 2020 あなたはいま、だれと生きているのだろうか。この一連の恋文を、あなたは今も読んでくれているのだろうか。ひところ続きを書きあぐねていたら、「筆が止まるのは情熱が失われたからだ。お前にとって、うなされるように絞り出すほどの言葉ではなくなったんだろう」とあなたに笑われて、何も言い返せなかった。けれど、「きみはこのひとについて書くと

傷の愛しかた

埋めたり埋められたりしてきたから、結局今回もわたしはあなたに晒してしまう。見せたくなかったこの生傷さえも。 Episode.11 Summer and Autumn, 2019 夏の夜あなたから、「ググらずに考えてる。『底抜け』はポジティブな表現だが、『底が抜ける』だとネガティブに感じるのはなぜなのか」などとLINEが来ていて、ああ、その倒置法すら愛しい、と思わず息を飲んだ。言葉を仕事にするひとがそういう思考に時間を費やすのが、とても好きだ。ひとつひとつのことばを蔑ろにし

闇はあやなし

あなたが、わたしのことを好きだと言う。遠い、遠いところで。 *** Episode 10. Spring and Summer, 2019 ver.2 距離が離れたころ、何が辛くて何が苦しくて何に救われていたのか、今となってはもうよくわからない。ただ絶え間なく続いてゆく日々の中で、当たり前のようにおはようやおやすみを送り合うのが嬉しかったこと。ただ電話口で啜り泣いていればあなたがわたしへ向けた言葉をひたすらに語って安心させてくれたこと。それだけが記憶に刻まれている。

心と身体と

離れたくないというあなたの言葉にはそれなりの真実が含まれていると思うし、離れたくないと叫ぶわたしの心が嘘を吐いているとは思わない。けれど、わたしは敢えてその悲鳴を無視してこの街を出る。不穏な悲鳴を、これ以上愛されないために。 *** Episode 9. February 2019 ver.2 結果的に離れざるを得ない選択をしたのはわたしだったし、決めたことを翻すつもりもなかったから、揺らいでいるあなたの前で揺らがないように、たぶん随分気を張っていた。苦し紛れでしかな

あなたから遠く離れて

この一連の恋文の悪質なところは、もう触れあえないくらい遠く離れた頃合いを見計らってから本人に投げつけてしまったところだ、と思う。男がたとえ苦し紛れの戯言混じりではあっても「好きだ」「そばにいてくれ」と口にしたときにのらりくらりと逃げつづけた女が、取り返しのつかないほどに離れてしまっておいてはじめて、「実はわたしもずっと好きでした」と迂遠な後朝の文をインターネットに放流してよこすのは、なかなかに醜悪なものだ。わかってはいる。それでも書かずにいられないわたしは、どこまでもずるい女

あなたに抱かれて眠る夜

誰かに飼われたかったわけではない。ただ、あなたの家にふらりと現れた都合のいい野良猫になりたかっただけだった。 Episode 7. February, 2019 何を言われても傷ついたりしないつもりだったのに、「調子のいい女だな」と言われるのが「都合のいい女だな」と言われるより胸に刺さるのは、まだ自覚が足りないせいだろうか。都合のいい女のふりをしてあなたの駄々を受け止めつづけたのも、調子のいい女のふりをしてあなたの家に転がり込んだのもわたしなのに、今さらこんなにも胸が痛い

ダダイストの駄々

心から救われたいと思っているし、心から救いがないと思っている。 Episode 6. as for the days on end, in 2018 皇居の桜が満開になった日、恋人ができた。2017年の七夕に前の恋人と別れたあと、秋の初めに出会い、並みのカップルよりも高い頻度で時間を共にしながら、特に色恋の気配もなく冬を越えてきた相手だった。絶対にわたしに本気になりはしない相手だと思っていたから、わたしは冬の間安心して、「あのひとのこういうところが好きなの」を酒のつまみと

挙句の果ての感傷

消費しあった時間を、お互いを愛おしんだ時間として改竄しよう。ぶつけあった欲を、優しさだったと誤解しよう。あの感傷を、たしかに恋だったと糊塗しよう。 Episode 5. January, 2019 東京の家を引き払ったあと、実家に帰ったり旅行をしたりしてふらふら過ごしてみたけれど、結局空いた時間をまた東京に戻ってきてしまった。宝石箱を雑にひっくりかえして掻き回したような夜景を眼下に、羽田に向けて下降する飛行機の中で、東京で過ごした数年間のことを思い出していた。たくさんの寂

春や昔の

「恋は季節だ」と言い切るあなたに、ああ、やっぱり似た者同士だな、と思った。 Episode 4. March, 2019 長らくお互いの都合の良さを都合良く消費しあってきたわたしたちはいま、偶然にか必然にか、お互いの寂しさの質がいつになく近しいところにあることをお互いに自覚している。けれど物理的に距離を広げることをわたしは選んでしまったから、あなたの感情の最大瞬間風速に、もうあっさりと飛び乗れない。 あなたが触れないわたしなどないのと同じだと誰かが歌っていた。だから、あ

寂しさの可塑性

わたしたちの寂しさはすこしずつ、お互いのいろに染まる。 Episode 3. December, 2017 「最近面倒なんだよ。お前がいることで救われてしまっている自分がいて厄介だ」 特に尽くすタイプなわけでもないけれど、人を依存させるのが昔からどうも得意らしい。押せば押すだけ受け入れるのに、心の深淵は探っても探っても底が見えなくて、本質を見たくて彷徨っているうちにいつの間にかずぶずぶと嵌まり込んで抜け出せなくさせる女だ、とある人は言った。 不惑に至る男は、そんなわた

出会ったころのように

この人と一緒にいても、綺麗になるのはきっと肌だけだと思った。 Episode 2. May, 2017 深い闇に飲まれないように精一杯だった、のか、深い闇に飲まれてしまいたい自分を認められずに苦しかった、のかと問われたら、おそらく長らく後者だったのだろう。精神的な幼さに付け込まれたいと思う自分をもう捨てよう、と決めたはずだったのに、結局わたしの弱さを消費するあなたのずるさを消費していた。 当時の恋人との関係性が否応なくルーティンになっていくことへの苛立ちと不安を、誰かに

溺れそうな毎日に

「多情」という言葉がよく似合う男のことがたぶん、ずっとずっと好きだった。 Episode 1.  February, 2019 「ほかの男にも抱かれてるんだろう」 「ほかの女とも寝るくせに」 そうやって何度も繰り返した埒もないじゃれあいは、たぶん、あなたとわたしとの間においては赦しだった。どこに帰ろうと、どこに行こうと、あなたとわたしとの関係が揺らぐわけではない。あなたとわたしの間に介在するものはあなたとわたしの感情だけで、第三者の存在を容れる余地はない。「似た者同士だ