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その場限りの情の濃い男のこと

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夜を越えるための夜

寂しくて苦しくてやりきれない。空腹なのに食欲がない。眠いけれども入眠できない。好きな男のキスで窒息死したい。もしくは誰かに夜を埋めてほしい。酔った勢いで「ひとりで眠れない」という駄々を捏ねられる相手はいつも、いちばん好きな人ではない。 それでも、誰かの腕に抱かれていないと、わたしは今夜をやり過ごせない。 *** ひとりの夜に耐えられない日々が続いている。 「一杯飲もうぜ」という連絡が渡りに船で、誘われるがままに男の家を訪れてみたら、「星空撮りに行きてえ」と男が腰を上げ

夏の相克

この男はわたしのものにはならないけれど、わたしに「初めて」をたくさん経験させてくれる。たとえば人に見られながらするセックス。たとえば星空の下で抱かれること。たとえば、好きな男の前で他の男に口づけられること。 *** 好きな男の触れ方を、この男の指先に塗りつぶしてもらおうとしているのを自覚している。正確には、自慰をするときに好きな男を思い出してせつなくならないように、わざと先回りして上書きをしている。好きな男には、わたしを思い出して自慰をしてほしいと願ったくせに。 けれど

教室、制服、男と女

男っぽい、性欲に素直な男に、「この女と寝てみたい」という視線を向けられるのは、わりと嫌いではない。 *** よく知らない男と当たり障りのない会話をしていたはずなのに、突然耳元に寄せられた唇が口角を上げて、「ねえ、俺と寝てみたいんでしょ?」などと不穏なことを嘯いたので、敢えて否定も肯定も口にしないまま、目を合わせてにっこり笑って首を傾げておいた。もう夜も随分更けたというのに、ゆるい人垣に囲まれたバーベキューコンロは今さらのように炎を上げて、男の長い睫毛があかく縁取られていた

やさしい虚無

絡みつくようなキスにも、差し出される腕にも、包み込んでくる広い胸にも、恋などしない。ただ、抱かれたことを思い出すだけだ。欲のこもった眼差しを思い出して、身体の芯があつくなるだけだ。 *** 風の鳴る音で夜半に目が覚めた。バーで痛飲したあとに悪友4人で揃って最寄りの友人宅に雪崩れこみ、曖昧に駄弁りながらそのまま固い床に薄掛けだけを広げて眠ってしまったから、身体のあちこちが歪に軋む。直射するエアコンの風に、爪先が酷く冷えている。 それぞれが、何かを紛らせるように酒を煽りつづ