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発作のごとく

もう何度目かの夜道で、初めて彼のほうからわたしの手を掬い取ったとき、これはわたしが築いてわたしが選んでわたしが手にした、わたしの関係性だ、と思った。

出会って5年弱の間に、漠然とした共感がいつしか好意に変わり、触れたいと願うようになった。時間をかけて伝えてきたし、時間をかけて受け取ってきた。いつも先に踏み込むのはわたしだったけれど、彼と話すのが楽しくてもうすこしこのままいたいというただそれだけで指先を絡めてしまってきたし、彼のほうも同じ感情を共有してくれていたからこそ、それを振りほどかなかったのだろう。わたしのほうから絡みついていくばかりだった手が、もう迷いもなくわたしを掬い取りに来るのを、嬉しいと思わずにいられるわけがない。交差点で「帰るか?」と聞かれたのはやっぱり形式的なものでしかなくて、彼はもうこれまでのようにそこでわたしの手を離さない。

同じ家から同じ飲み会に何食わぬ顔をして参加したあと数時間ぶりに戻ってきた彼の家は、わたしにとって居心地の良さと悪さが同居している。うっかり置き忘れていたブレスレットに、「ごめんなさい、マーキングするつもりはないんだけれど」と言ったら、彼は瞠目したあとに「澪はそういうタイプじゃないよ」と笑った。そういうタイプではないと思っているからこそ、彼はこの手を取ってくれたのだろう。黙ってバスルームの排水溝を掃除していくような女として生きてきてしまったけれど、どうしても部屋のそこかしこに零れ落ちるわたしの黒髪を、彼は「マイクロ澪」と呼ぶ。

飲み直しながら話していて、海を見る目がもう随分似通ってしまったことは知っていたけれど、世界を見る目も言葉を見る目も割合近しいところにあるのだなと改めて思う。問わず語りに落とされる彼のバックグラウンドを聞いて、なにを語りなにを語らないか、どういう言葉で語るか、を極めて意識的に統制してきたひとだと知ってしまって、わたしは彼のそういうところに強い居心地の良さを感じてきたのだなと思った。彼との会話で、わたしがなにかを飲み込んだこともなにかを諦めたことも一度もなかった。なにかがささくれ立ったことも一度もなかった。同じ温度で言葉を取り扱ってくれる相手は、酷く話しやすい。

酔って帰ってきた深夜にセックスして絡まって眠りたい相手くらいならこれまでにも何人かいたものの、酔って帰ってきた深夜にまだもうすこし理路のある話をしていたいとお互いに思える相手の稀有さや尊さを、言い表す言葉をわたしはもたない。「いつかこうなると思ってた」とあの夜彼は言ったけれど、たとえさらにいつかもうこうならなくなったとしても、彼とはずっと話をしていられると思った。

寝巻代わりにと貸してもらった彼の服から、彼の匂いがする。わたしが寒いところに行く話をしたときに彼が「全然着てない防寒ジャケットあるから持っていけよ」と言ってくれたのを思い出して、近年わたしが好きになった男はなぜか皆わたしに自分の服を着せたがるなと思う。

セックスせずにただ抱き合って眠る夜が不安ではなく居心地の良さをくれるのは、たくさんの言葉を絡めてきたからでもあるのだけれど、ずっと背中を撫でていてくれる指先がちゃんと熱を孕んでいるからかもしれない。彼は体温が高くて、わたしはその熱に温められている。前回お気に入りの下着を散々愛でられたので、「今日の下着もちゃんと可愛いのよ」と言ったら、上下ともまじまじと確認されて笑ってしまった。そうやって、コンテクストごと可愛がってくれるところが好きだ。

鬱陶しいだろうなと思いながら、眠りに落ちていきそうな彼の名前を何度も呼ぶ。言ってもしょうがないことは言わないようにしているので、ただ名前を呼ぶ。名前を呼べば、「なんだよ、澪」と、さほど温度のない声が返ってくる。猫が鳴けば、優しい声で返すくせに。わたしが名前を呼ぶ意味を分かっているくせに。それでも、もう当たり前のようにわたしに回る腕が温かいので、わたしは泣かない女のふりをする。

***

泣きそうなわたしをキスで宥めた彼が悪びれもせずに笑うので、なんだか悔しくなって「もういっかい」って言った。

満月の夜、海を眺めながら飲んでいた。彼が持ってきた生ジョッキ缶の6缶パックと、友人の手土産のワインが1本、わたしが持参した日本酒の4合瓶が2本空いて、夜風が心地良い。お手洗いから戻ってきたら、友人が心理的距離の近い相手にしか吐露しないような内容を話しはじめているのに気がついたので、聞き取れない程度に離れた防波堤の上に、背中を向けてそっと座った。鎧を纏いがちな彼のあたたかさを理解して信頼してくれる人が増えるのはいいことだと思う。彼が捨ててきたのが他人への期待だとしたら、わたしが相応の努力によって殺してきたのは、誰かを羨ましいと思う心かもしれなかった。

ひとり雑に開けた本搾りの味は、もうあまり分からない。しばらくただ波音を聞いていたら、足音が耳に飛び込んできたけれど振り向かなかった。彼は案外に身軽に堤防に上がってきて、わたしの隣に腰を下ろす。べつに悲しいわけではなかったと思うのになぜか泣きそうになっているわたしを、彼は最短経路で宥めてゆく。

ほんとうは、こんな人目につくところでキスをしてはいけないと分かっている。友人のいるところで小指を重ねていてはいけないと分かっている。手をつないで帰ってはいけないと分かっている。けれど、「ねえ、こうなってから、昼間みんなで会ってるときもときどき触りたくなっちゃうの」といつか言ったら笑われたので「あなたはそんなことないのかしら」と尋ねたら、「…ときどきあるね」と返されて嬉しいわたしは、たぶんもうどうかしてしまっている。わたしたちは、触れない日々に戻れるのだろうか。

お互いなにも失えないくせに、ずっと一緒にいられないことくらい分かっているくせに、なぜここで始めてしまったのだろう、というのは修辞疑問でしかない。火遊びで終わらない関係性に足を踏み入れてしまったことを、わたしたちはお互いに薄々理解しつつある。これまでのすべてをつづけてゆく意思を、これからも等しい温度で紡いでいきたいという意思を、これきりにはしないという意思を、共有できているとわたしたちはなぜ分かりあってしまえるのだろう。けれど、引き返したくなどないのだ。

発作のごとくあなたは海へ行くとしてその原因のおんなにはたぶんなれないので、発作のごとくわたしが海へ行くとしてその手段のおとこでいてください、と思っている。これ以上どうなりたいとも言えず、ただ、これからも彼の隣で海を眺めて、彼の目が輝く瞬間を見ていたい。わたしは、あの瞬間がとても好きだ。もうすこし答え合わせをしたら、たぶん彼も似たような言語化をするのだろう。

発作のごとくあなたは海へ行くとしてその原因のおんなでいたい

工藤玲音

彼が寝不足で目を赤くしているので、「目は生ものだから最初に腐るのよ」と撫でたら爆笑されてしまった。どんなに飲んで帰ってもどんなに遅い時間でも、それでも触れたいと思ってくれるのがうれしい。眠っておかないと翌日の予定に響くとお互い知りながら、時計の針が進む音を水音が掻き消していく。アルコールの過剰摂取と睡眠不足にもほどがあるのだけれど、そういう朝帰りの日にやたらと顔が輝いているわたしのことを、わたしは結構好きだ。下瞼の艶も唇の血色も、こういう男がくれるものだと思う。

肌を触れ合わせていることがこんなにも好きなひとだとは思っていなかった。彼のセックス仕草は、ちゃんとセックスをしてきたひとのそれだなと思う。適切な周縁から適切な強度で触れてくれるところも、反応すればしただけ把握してくれるところも、手を伸ばせば必ず指を絡め返してくれるところも。

求めたことに対してストレートに応えてもらえるのがこのごろ酷く嬉しくて、だから、伸ばした手がきちんと掬い取られることにぐっと来てしまったのかもしれない。平生温度のある優しさというよりは合理的な配慮をもって他人と接しているひとがこういう関係性の中で見せる合理を超えた甘さは、どうしようもなく脳に焼きつく。もっとドライなひとだと思っていた、と呟いたら、「そんなわけないだろう」と真顔で返されて答えに詰まった。分かってはいたけれど、分かっていなかったな、と思う。こういうふうに応えてくれるひとを、わたしはなぜいつも20ほど歳の離れた既婚者の中にしか見つけられないのだろう。

最中に名前を呼ばれるのが嬉しいのは「わたし」を抱かれている気がするからだけれど、名前を呼ぶ気持ちよささえも知ってしまった。名前を呼んだら名前を呼び返してくれるひとだなんて知らなかったし、彼は彼でわたしがこんなに名前を呼んでくるタイプだとは知らなかっただろう。「知らない顔を見るのは楽しい」と言ったら、「お互い様だなあ」と返された。わたしが名前を呼べるのはそれなりに珍しくて、直近で付き合った男の名前は結局最後まで呼べなかった。ちゃんと名前が呼べて、キスが強請れて、「可愛いなあ」という呟きに「もっと言って」と返せるのは、うれしい。わたしを形容する言葉が「可愛い」なのが、彼の最後の理性なのを知っている。可愛い女でいられるのは、彼が可愛い女でいさせてくれるからだ。

彼は時間をかけて丁寧にわたしのすべてのスイッチを押してゆくので、青天井に跳ね上がる感度を持て余しながら抱かれている。なにをされても快感として受け取れてしまうくらいには、心のいちばん外側からやわらかくやわらかく蕩かされてきた。そのひとが触れてくれる箇所だけはこの世に存在していいと言われている気にさせてくれた男は過去にもいたけれど、彼はわたしに胸の形がきれいだお尻がかわいいウエストの曲線がすきだと、わたしに触れるのがわたしを抱くのがわたしといるのが楽しいと、何度も何度も言葉にしてくれるので、わたしは不安にならずに済む。彼はここ数年のわたしにずっと、「ここにいていい」をくれていたのだなと今になってみて思う。

歳を重ねた男の含羞の滲んだやさしい声は、どうしてこんなにも愛おしいのだろう。「おしまい」と降ってくるその声が愛しすぎて、顔を見られないまま抱きしめてしまう。まだ、顔が見られない。けれど、彼なら大丈夫だ、と心が言う。彼は、わたしと同じ深さで狂ってくれるひとだ。

今夜もわたしばかりを海の底で息も絶え絶えにして彼は笑っているけれど、いつか、彼の発作を受けとめる女になりたいと思った。


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