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40歳医師たちの誠実で優しい日常が心地よい 『賢い医師生活』

こんなにも働く大人の「日常」を心地よく表現したドラマはあっただろうか。

韓国ドラマ「賢い医師生活」は秀逸な作品だ。
劇的な展開があるわけでもなく、激しい感情のぶつかり合いもない。
40代医師たちの年齢相応の日常が、丁寧に描かれているだけ。

でも観始めたら最後、彼らに会いたくて、続きが観たくてあっと言うまに完走してしまった。

1. まずはあらすじ・登場人物を

まずは簡単なあらすじを。

大学の医学部同期である5人は20年来の親友。彼らは「ユルジェ病院」で医師として働いている。

40歳を迎えた彼らはそれぞれの専門分野で教授として責任ある立場にいる。
患者と向き合い、後輩の指導をし、働き盛りの医師として忙しく過ごす日々。
5人は職場で仲が良いだけでなく、プライベートではバンドを組み忙しい合間を縫って練習を重ねている。学生時代から変わらぬノリでじゃれあいながらも、お互いを理解し信頼し合う関係だ。
そんな彼らのそれぞれの仕事、家族、恋愛などの日常が描かれる。

そして、5人の登場人物がこちら。

肝胆膵外科医 イ・イクジュン(チョ・ジョンソク)
明るくお調子者だが、実は大学を首席で卒業した天才。幼い息子と二人暮らし。

小児外科医 アン・ジョンウォン(ユ・ヨンソク)

ユルジェ病院の会長の息子。医者を辞めて神父になりたいと思っている心優しい

脳神経外科医 チェ・ソンファ(チョン・ミド)
紅一点。完璧な優等生であり心優しい女医。他の4人の精神的支えでもある。

胸部外科医 キム・ジュンワン(チョン・ギョンホ)
優秀でクール、後輩に厳しく冷たい印象だが、実は温かみのある男。

産婦人科医 ヤン・ソッキョン(キム・デミョン)
内向的でオタクだが、医師として評判が良い。マザコン。バツイチ。


2. 目に見えない「価値あるもの」が彼らの人生を満たしている

彼らは誠実で堅実な医師たちだ。

ソッキョンとジョンウォンは実家が裕福だが、当の本人たちは資産に興味がない。

たとえば、会社経営者の息子であるソッキョンは、愛人と暮らす父親を「父」ではなく「ヤン会長」と呼ぶほど嫌っており、父親の財産にもまったく関心がない。

ジョンウォンに至っては病院内での地位には目もくれず、医療費を払えない患者のための支援活動「あしながおじさん」に自分の給料をつぎ込んでいる。おまけに、彼の夢は医師を辞め神父になること。

他の3人はそれなりに俗っぽいところはあっても「足るを知る」人物たちだ。
5人は医師としての誇りと使命を持ち、40代の社会人として地に足をつけて生きている。患者の命を救う事とその家族に寄り添う事に注力し、それに誠実に向き合う。この「地に足をつけて生きている」彼らの姿が、視聴者の心に響く。


さて、一朝一夕では築けないのが人間関係。
だからこそ時間をかけて構築した関係には、その長さの分だけ価値がある。
学生時代からの付き合いである彼ら5人には、深い信頼関係と友情があり、また、たくさんの経験や思い出を共有している。

そして、この仕事でもプライベートも支え合う彼らの関係性が視聴者の心を温める。つまり、この彼らの関係性こそが「賢い医師生活」の肝でもあるだ。

視聴者は彼らを観て羨ましいと感じたり、あるいは自身の学生時代を思い出して懐かしむ。このドラマが柔らかく心地よい場所に我々を誘ってくれている。
その心地よさは、とても平和で優しく、温かい。


多くの場合、学生時代の友達との関係は、お互いの人生のステージの変化やそれに伴う価値観のズレによって疎遠になってしまうもの。
その点彼らは安泰だ。大学の同期で同じ職業。人生のステージが変わったとしても、共通の仕事に従事し価値観の乖離も起きにくい。
友情を続ける上で彼らはとても恵まれた環境で過ごしている。


彼らには、情熱を持って取り組める仕事、地に足をつけて誠実に生きる事、共有できる価値観、そして5人の絆と関係性があるのだ。
これらの目に見えない「価値あるもの」が彼らの人生を満たし、また我々視聴者の心をも満たしている。


3. 善良な登場人物たちの誠実な仕事に心打たれる

このドラマの良いところは、悪人が出てこないところだ。
いや、悪人が出てきてもその影響力がほぼないと言うべきか。

金に汚く患者からの評判も悪いジュンワンの同僚医師や、図々しいこと極まりないソッキョン父の愛人が悪役的に登場するにはする。
しかし、他の登場人物の誠実な態度の前では、彼らは小蝿のような存在でしかない。

ところで、医師という仕事は本当に大変な仕事だ。
常に的確な診断を求められ、患者が急変すればプライベートの時間であろうと何はさておき駆けつける。
半端な覚悟でできる仕事ではないが、医者として生きる彼らにとってはそれが日常。

手術が成功すれば感謝されても、救えなかった命を前に力の限界を思い知らされることもある。

手術に入る前に医師が患者の家族に告げる、

「最善を尽くします」

という言葉の重さもこのドラマで改めて感じたこと。

医療のプロとして真摯に患者と向き合う彼らの姿に心打たれると同時に、「人を救う」という行為が持つ力と尊さに胸が熱くなる。


4. 医師たちの、それぞれの日常

さて、ドラマの中でいくつか好きな場面がある。

そのひとつが、部下や後輩の前ではクールなジュンワンが、実は恋愛下手で、純情な一面をのぞかせる場面。

ジュンワンはイクジュンに内緒で彼の妹で陸軍少佐のイクスン(クァク・ソニョン)と交際を始めた。しかし忙しい二人はなかな時間が合わない。ジュンワンは彼女からの連絡をヤキモキしながら待ち、一方で電話が来ると嬉しさを隠せず小躍りするほど浮かれたりする。
また、ジュンワンはイクスンの元同僚で脳神経外科レジデントであるチホン(キム・ジュンハン)がイクスンと親しいことに地味に嫉妬している。その姿は日頃のジュンワンの冷静な態度とは対照的で可笑みがある。

そして、その脳神経外科レジデントのチホン。
彼は上司であるソンファに恋をしている。
でもそれはチホンのせつない片思い。
そんな彼が、ソンファから誕生日に欲しいモノを聞かれて「タメ口で話してもいいですか?」とお願いをする場面が好き。

車で送ってくれたソンファに向かってチホンが一言。

「気をつけて帰れ」

これにはグッときた。
部下ではなく男としてのチホンの言葉。

前髪ぱっつんな髪型のせいか、無口で誠実というキャラのせいか、チホンには韓国ドラマ「愛の不時着」のリ・ジョンヒョク的なところを感じてちょっと親近感。


最後にもうひとつ。
ソッキョンが、亡くなった父の遺言(相続した会社の後継になること)を断ったことを4人に話す場面がある。

「一度経営者を経験して、ダメなら医者に戻ればいい」と言うジュンワンの言葉にソッキョンが返す。

時間の浪費だよ 
無駄にしたくない

自分の好きな事や やりたいことを 
諦めずに生きたいんだ

「自分の好きな事や やりたいこと」
それはソッキョンにとって医師としての仕事であり、友人たちとのバンド活動。
そして、今まで家族の問題で苦労してきた彼が切望する「自分のための時間」なのだと思う。

このソッキョンの言葉は心に染みた。
もう若くはないけど年老いたわけでもない。でも、残された時間が無限にあるわけではないことも身をもって知っている。
そんなミドルエイジの心からの言葉のような気がするから。


5. 日常を綴るドラマの中にある心地よさと共感

劇的な展開がないドラマにおいて視聴者を引き込むには、視聴者が共感できるエピソードをさりげなく、しかし丁寧に盛り込み、心地よい空気感を作品全体に醸し出す事が求められる。

「賢い医師生活」では、病院という特殊な環境で起きる出来事(患者と家族のエピソードなど)に頼りすぎることなく、医療現場の日常を高いクオリティで表現している。それと共に、5人の登場人物の関係性と日常が丁寧に描かれていることで、視聴者は飽きることなく作品を鑑賞できるのだと思う。
そして、何より心地よい空気感が作品全体に溢れている。

また、医師たちの恋愛も盛り込まれているが、それが物語の主軸でないところもいい。彼らのバンド活動もおまけ的で、専門職の40代らしく「仕事こそが、今現在の最優先事項」という描き方が現実的で共感できる。

そしてなにより、登場人物たちが患者に誠実に向き合う姿に心打たれ、応援したい気分になる。
でも実際のところは、そんな彼らにこちらが元気をもらっているのかも。

このドラマはシーズン2の制作が決定しているとのこと。
完走したばかりだけど、心地よい彼らの日常とその空気感を再び味わえる日が来るのが待ち遠しい。


トップ画像:tvN「賢い医師生活」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/doctorlife

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