関東在住会社員。素直な気持ちで書いていきたいと思っています。

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最近の記事

名言が響かなかった日々

どんなに的を射た言葉であっても、全く響かない。そんな自分は、どうしようもなく、救われようがないんじゃないかと思えて苦しい。 そんな時があったし、きっとまたあるのだろう。 ここ半年とか1年とか、noteを書いては消し、書いても、公開されない下書きが増えるだけ…みたいな状態でした。 以前も書いたのだけれど、私はnoteには苦しいこと、リアルで私を知っている人が読んで辛くなってしまうようなことは書き残したくないと思っています。 ここ最近はなんかこう、暗ーいこととか、前向きに見

    • PMS、しんどい

      いや、なんかもう「PMS、しんどい」って書いていいと思ったんですよね。 ちなみにPMSを軽くするには?などの有益な情報はないです。 そういうのは詳しい方が書いてくださってるから私みたいな素人が書いても、っていうのもあるのですが、 しんどさMAXの時ってそんな余裕ないと思うのです。 じっくり体質改善とか、なんかそういうのは。 もちろん、そんな対策とか無駄だ!って言うんじゃなくて、 そんなのもうわかってるけど今は目にしたくないの、即刻この辛さを0にしてくれるわけじゃないならい

      • 日本シリーズ、一夜明け

        オリックスファンの皆さん、ヤクルトファンの皆さん、プロ野球ファンの皆さん、お疲れ様でした! いやいや、お疲れ様は選手たちにでしょというのはもちろんわかるのですが、それは当然のこととして。 もーね。 本当ドラマチックな試合展開が続いて、良くも悪くも最後まで気が抜けない試合ばかりでしたね。 たぶん、どちらのチームのファンも、どんなに点差が離れたとしても「絶対逆転してくれるはず!」もしくは「最後の最後まで安心できない!」という気持ちで応援していたと思います。 日本シリーズら

        • 楽しみ方は人それぞれ

          今年のプロ野球日本シリーズ、本当面白いから観て欲しい。 という熱が溢れてきたのでとりあえず書き残しておきます。 私は浅ーくずっとヤクルトファンなのだけれど、高津が監督に就任してからは結構しっかり応援している。 だって青春だもん。あの世代。 で、私の姉はがっつりヤクルトファンで、日本シリーズの観戦チケットをしっかりゲットしており。 家族皆で行く予定だったのに、1人行かないって言ってるからと、私のところに1枚回ってきたわけです。それが先週。 いや、もう最高でした。初戦の神宮

        名言が響かなかった日々

          知り合い以上、友人未満

          「知り合い以上、友人未満の人に譲っていただくのは、ちょっと気が引けますよね」 馴染みのお店のオーナーの一言と、それに頷く常連達の表情を見て、やっぱりここが好きだなぁって思った。 ここ2〜3年、月に何度か訪れる趣味のお店というか、サークルというか、そういう空間がある。 基本的に社交性が低いもので、趣味を見つけたいなぁと思っても、 「え?一人で来たの?ぼっち?」 って思われないだろうかとか 「初心者歓迎って言ってるけど…本当に初心者きちゃったよ」 なんて思われるんじゃないかとか

          知り合い以上、友人未満

          下書きの中に生きる思い

          故人の思い出は美化される。うまく言えないけれど、それは何だかとても寂しいことのようにも思える。 美化しなくたって大切な思い出なのに、意図せずフィルターがかかってしまって、純粋な思い出が失われてしまうような。 そんな感傷も、大切な人を亡くした悲しみに比べれば些末なことかもしれないけれど。 それでも、何だかとても辛い。 先日、以前勤めていた会社の後輩から、久しぶりに連絡が来た。 40代も間近になると、突然の連絡はたいてい嫌な予感と共にやってくる。 お世話になった先輩が半月ほ

          下書きの中に生きる思い

          転ぶ子ども

          何故だか最近、子どもが転ぶ場面によく遭遇する。師走には子どもも走るからだろうか。 転ぶと言うと、何だか可哀想なイメージがあるかもしれない。でも、信頼できる人が見守る環境で小さく転んで、転び方と立ち上がり方を学ぶことって大事だよね。 転ばないように気をつけることと同じくらい。 …人生か。 いや、そんな大層なことを書きたいわけではなかったのだけれど。 目の前で見ず知らずの子どもが転んだ時、側にご家族がいればいいのだけれど、案外いない時も多い。 先日は、前から小学生の兄弟

          転ぶ子ども

          日本一が決まる前に

          そこはかとなーく長年ファンであるだけなので、偉そうに語る資格もないよな、と思って書かずにいたのだけれど、先日の哲人のホームランで号泣してしまったのでやっぱり書き残しておくことにする。 今日のnoteは単なる日記。 私は基本的にスポーツにあまり興味がない。世間がサッカーやラグビーのワールドカップで盛り上がっている時も、本当に全く1試合も観なかった。 そんな私が東京オリンピックで予選から全試合追いかけたのがソフトボールで、全試合ではないけれど観たのが野球だ。 そして、ここ

          日本一が決まる前に

          推してみようと思うまで

          よく「やったー!推しから認知もらっちゃった!」とか聞くけれど、推しに認知されたら全力で逃げたくなる。 何かを拗らせているのはわかっていて、そういう性質に対して真剣に悩んだこともあったような気もするけれど、もう40年近くそんな自分と付き合っているのでまぁ、面倒臭い性格だなぁと思うだけというか何というか。 ちょっと話が逸れたけれど、推しに限らず、個別認識される必要のない場面で個別認識されることに妙な抵抗がある。 例えば、何気なく利用しているお店などで「いつものでよろしいですか

          推してみようと思うまで

          公と私の境界線

          一見「迷惑な客だな」と思うようなお客様に親身になって対応したら、実はそのお客様が超重要人物で、主人公の人生が良い方向にガラッと変わっていく…。 物語によくある展開。 サービス業のお手本なのかもしれないけれど、現実では本当にただのクレーマーだったり、鬱憤を晴らすために文句をつけたいだけだったりすることも多いと思う。本当に困っている人を見極めて手を差し伸べるのは難しい。 そして、例え本当に困っていたとしても、会社とか組織に属している立場で踏み込んでいいものなのか、迷うことも多

          公と私の境界線

          「明るい遺書」と言う言葉

          1年に1度の健康診断に向かう電車の中でこのnoteを書いているのだけれど、40分立ちっぱなしでやっと座ることができた。久しぶりに通勤時間帯の電車に乗ったけれど、電車ってこんなに疲弊するものだったっけ…。ぐったりしすぎて検査結果に影響する気がする。 まぁ、そんなことはどうでもいいのだけれど。 健康診断の日に、捉え方によっては物騒な感じのnoteを書いているのだけれど、 心身に不調があって心配だとか、そう言うことではない。 昨日、こんな記事を読んだ。 「中川翔子 明るい遺

          「明るい遺書」と言う言葉

          10月になり、日が伸びる

          緊急事態宣言が明けた。10月も3分の1が過ぎた。恐ろしいことに2021年もあと3ヶ月も経たずに終わる。いろんなことがあったような気もするし、何もなかったような気がする2021年。 家族に会ったのも、昨年末、親類の弔事に関してが最後で、それもほんの僅かな時間だけだった。 遠方に住む友人の顔を最後に直接見たのはいつだろうか。 新入社員の歓迎会ができるのはいつなのだろう。いや、その前に送別会も溜まっているのだけれど。 何かしようと思って、「落ち着いてからにしよう」と思い直し、「

          10月になり、日が伸びる

          一時の不思議な友人たち

          現実なのか夢なのかと思うほど朧げで、不確かな人たちの記憶。 それは祖父母の家で夏休みに出会った人だったり、旅先での偶然の出会いだったり、人それぞれだろうけれど、 きっと、誰の心の中にも存在するのだろうと思う。 今から20年近く前。スマホもLINEも身近になかった頃。携帯電話は普及していたとは言え、インターネットと言えばパソコンだった時代の話だ。 皆さんは、Livly Island(リヴリーアイランド)というブラウザゲームをご存知だろうか? ※調べたところ、私が思い浮かべて

          一時の不思議な友人たち

          20年続く友人関係とはどんなものか

          高校時代の友人たちとオンライン茶話会をした。彼女たちとはもうだいぶ長い付き合いになるなと思い数えてみたら、もう20年ほどになる。20年って凄い。 私はどちらかといえば人付き合いが苦手なタイプで、どんな関係性の人に対しても「これは迷惑ではないだろうか」「相手に気を使わせてしまっているのではないか」といろいろ考え込んでしまう。 淋しがりやなくせに、独りの時間が絶対的に必要で、この感覚をなかなか人に伝えられずにいる。 まぁ、それでも40年近く生きているので、自分のそんな性質とも

          20年続く友人関係とはどんなものか

          夏の終わりと光るご飯

          ここ数日の肌寒さに対しても、いいやまだだと最後の抵抗をしていた私に、敗北を認めさせたのは母からの一通のLINEだった。 “ 本日、新米を発送しました  ご賞味ください ” 例年より随分早い気がするけれど、新米が発送されてしまったら仕方がない。 秋が来たのだ。 せっかくの新米なので美味しく食べたい。 我が家には「祖父の形見だと思って大切にしていたら20年ものになってしまった炊飯器」があるのだけれど、新米を炊くには些か役者不足な気もする。 以前のnoteには、味は変わらな

          夏の終わりと光るご飯

          「学校行きたくない」になんて答えよう

          いまだ気ままな独身で子どもはいないのだけれど、「学校行きたくない」とか「最近学校あまり行ってないんだ…」という話はよく聞く。 そんな時「行くべきだよ」とは決して言わないのだけれど、じゃあ何て言ってあげればいいのか、これがベストだと言う答えが見つからない。 人によって違うから当たり前なのだけれど。 8月31日に、新学期がしんどい君へという記事を投稿して、普段の記事より多くの方に読んでいただけているようなのだけれど、今読み返すといつにも増して構成がぐちゃぐちゃだし、何か読み

          「学校行きたくない」になんて答えよう