精神薬の代償、人間性の喪失。愛と月見草。

ずっと最大量まで飲んでいたメンタルの薬をやめた。

昼近くまで咲いている青い朝顔。蛍光色のように目の覚めるオレンジ色のコスモス、名前の分からない赤い花。駅へ向かう道にはたくさんの花が咲いている。私は銀色の傘を差した。夏の日差しは傘を差しても防ぎきれない暑さで私を灼き、額から雫を滴らせる。

いつも通り、精神科に通院するため、私は駅へ向かっていた。しかし少し気が重かった。勝手に断薬したことを主治医に伝えなければならなかったからだ。私はここ2、3週間ほど薬を飲むのをやめていた。特に好転することもなかったし、おそらく副作用なのだろう、いつも無気力無感情で空しさしかなかったから。

私が薬を飲んでいるのは発達障害や環境などから来る二次障害(鬱、不安感など)を抑えるためだけのもので、根本的な解決にはならない。治療することはできない。あくまで対症療法なのだ。

薬を飲むようになってから空想もしなくなり、アイデアが浮かばなくなり、好きだったお菓子も食べたいという気持ちがなくなり、一切スナックやら甘いものやらを買わなくなった。それに怒りや悲しみといったマイナスの感情が抑えられる代わりに、喜びや楽しさというプラスの気持ちも失われる。薬の代償。それって人間らしさの喪失でしかないと思った。

この薬をいくら飲んでいても環境や状況は変わらないんだからしんどさは治らないし、生きやすくもならないし、ただ感情も欲も消えて虚しいだけ。無意味に思えたから、私は薬を飲むのをやめた。

3種類ほど飲んでいたし、そのうちのひとつは最大量を飲んでいたが、いっぺんにゼロにした。もちろん、長い期間飲んでいた薬を一気にゼロにするのは危険行為であり、褒められたもんではない。しかし、私はなるべく早く体から薬を抜きたかった。

それから10日くらいは最悪な体調だった。離脱症状というやつなんだろうか。とにかくだるいし、息苦しいし、頭は重いしめまいはするし。最近は落ち着いてきたけど、起き上がりたくないレベルで、寝るかYouTubeを観るかばかりしていた。主に生き物の動画が多かっただろうか。犬、鳥、カエル、モフモフの可愛い蛾、魚、ウサギ、ムカデ、ゲジゲジ。なんでも観た。

取り立てて動物好きというわけではなかったが、ここの所ずっと人と関わる気が全くしなくなっていたから、関心が動物の方へ向かったのかもしれない。特に蛾に興味を持った。カイコガとか、スズメガとか、オオスカシバ、ホシホウジャク。蛾は気持ち悪いとよく言われるけど、顔をよく見ると割と可愛い顔をしているのだ。

薬を抜いてからは、徐々に空想癖が復活してきた。空想癖は昔からのもので、これが復活したことにより、なくした自分を少し取り戻せたようで嬉しかった。甘いものへの欲求も元に戻って、久しぶりにメロンパンを食べた。もし内臓をメロンパンに詰め替えたらとか、しょうもないことを考えたりしてた。

ただ、しばらくの間、怒りが一日中湧くようになってしまった。なんで誰も助けてくれないんだとか、なんで私だけがこんな思いをするのかとか、今までずっと社会から見捨てられてきた、誰にも興味を持たれてこなかっただとか。これは元の私である。こっちが本来の私なのだろう。今までは薬で麻酔をかけて麻痺して感じてないようにさせていただけだ。

私は人間が嫌いだし、社会が嫌いだし、この世なんて滅んでしまえばいいと思っている。

虚無になるよりは、なんにもなくなってしまうよりは、怒って憎んでいる方がまだ、エネルギーがあって生きてる感じがしていいと思う。麻酔をかけたって、その場だけ気持ちを麻痺させたって、実際の私は何も大丈夫になんてなってない。

駅の階段を降りる。その時、去年の夏のことが頭に浮かんだ。引きこもりの私は本当に勇気を振り絞って、どうにかこうにか荷造りして、新幹線すっ飛ばして当時の恋人に会いに行ったけれど、想いが叶うことはなかった。もうそれはかさぶたすらも剥がれて治ったはずの傷だけど、いまだに毎日のように思い出してしまうのだった。

それから人混みをかき分けるように歩いて、今音信不通の人のことを思った。私は捨てられたのだろうか。これだけ連絡がつかないということはそういうことなんだろうな。私はもう諦めてきていたけど、どこかでまだ気持ちに折り合いがつかなかった。手を繋ぐカップルがいやに目について、早足になる。

精神科の先生からはもちろん、薬を急にやめたことに関しては苦言を呈された。だけど、いろいろあって私は先生のことをもうだいぶ前から信用していないのだった。

診察が終わって病院帰り。熱された空気が重たくまとわりつき、額からは汗が絶え間なく流れる。エアコンの効いた店に入ると、今度は濡れた体が一気に冷えて、肌寒くなってくる。寄り道した百均で手に取ったのは、月見草の種だった。ピンク色の可愛い花。まだ名前が分からなかった頃、私はその花を「妖精の花」と呼んでいた。種から植物を育ててみるのもいいか、と思った。春まきか秋まきらしいので、今はシーズンが合わないが。

結局種は買わずに、ガーゼのハンカチとフェイスタオルを買った。あまりに汗をかくのでうんざりしたからだ。外へ出ると、曇ってはいたが、青空が一部見えていて明るいのに雨がぽつぽつ降っていた。私は傘を差さず、帰途についた。

あとから調べた。月見草の花言葉は「無言の愛情」とか「うつろな愛」らしい。

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