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伝統芸能×伝統工芸、デジタル×リアル。異分野を融合して現代の風流体験をデザインしてみた話。

こんにちは、デザイナーの南地 秀哉(みなみじ ひでや)です。
普段はGROOVE Xというロボットベンチャーで家庭用ロボットのLOVOTと連携するスマホアプリのUI/UXデザイナーをしています。
去年からは個人としてプロダクトデザインも手掛けており、ご飯を冷凍&レンジで解凍するとまるで炊きたてのように蘇る枡のおひつ「COBITSU(こびつ)」の企画〜デザイン、Makuakeでのクラウドファンディングによるローンチにも携わりました。

そして今、新しいプライベートプロジェクトとして、伝統芸能の「能」をこれまで接点がなかった方々にも楽しんでいただける、新感覚の鑑賞スタイル「お家能(おうちのう)」を企画し、2022年2月27日よりMakuakeに挑戦しています。

今日は、このお家能という新しい鑑賞スタイルがどのようにして生まれたのか、ご紹介いたします。

上記の画像をタップするとMakuakeのページをご覧いただけます。

能楽に癒される、【お家能(おうちのう)】とは?

「お家能」の鑑賞イメージ

その名の通り、普段は能楽堂に訪れて鑑賞する「能」を、お家で気軽に愉しんでいただこうというのが「お家能」です。
能の宝生流第二十代宗家・宝生 和英(ほうしょう かずふさ)師が監修してくださっています。

能を、いつでも好きなときに観られるストリーミング配信でご覧いただくほか、自宅にいながら能楽の世界へといざなうための小道具として、お手元に「檜(ひのき)舞台枡」と厳選したお酒またはお茶をお届けするのが「お家能」の特徴。視覚・聴覚だけでなく、味覚・嗅覚・触覚の五感すべてに訴えかけることで、普段のご自宅が非日常的な鑑賞空間へと変わり、幻想的な時間の中でお能に癒やされていただく趣向です。
この檜舞台枡は、年間120万個・国内生産量一位の40%を誇る木枡専門工房・大橋量器さんと共同開発しました。

のひらの上の能楽堂、「檜舞台枡」

一見すると、伝統芸能の「能」と、伝統工芸品の「枡」というありそうでなかった組み合わせ。あまりに自然なように思われるかもしれませんが、現代において能の鑑賞中は、他の多くの舞台作品と同じく客席での飲食はできません。実は「能」と「枡」との出会いは、能がストリーミング配信によってデジタル化することで、鑑賞場所が能楽堂から自宅へと変わることで実現しました。

「伝統」の素材としての面白さ

前回の枡のおひつ、COBITSUに続いてお家能と、伝統文化・産業に関わることになりました。それは伝統だから守りたいとか、そういう想いからではなく、たまたまこうした伝統的なものとご縁のあっただけで、単純に「素材としての面白さ」が起点となっています。ただ、伝統ならではの「面白さ」はあると思っています。

一つは、何百年も前に原点を持ち、姿を変えなかったことによって、現代においてはユニークな存在となっていること。そしてもう一つは、その原点を守りつつも、時代時代に合わせて独自に進化し、より洗練されてきていることにあります。
例えば千年以上に渡って計量器だった枡も、計量技術の向上でその役割は少なくなった一方、製造コストが大幅に改善されたことで今のように晴れの席での酒器として使われるようになったのは、ここ50年ほどの話です。

ただ、自分もそうですが、伝統的なものって実際触れてみると面白いのに、そもそも出会うきっかけがない、ということが多いのではないでしょうか。
せっかくの面白いものがあるのに、もったいないな、と感じたのです。

そこで、単に伝統や教養としてではなく、少し切り口を変えることで「新鮮な面白いもの」として現代の人に喜んでもらえるものを作り、後の時代では当たり前となっていく、そんなデザインができれば嬉しいな、と考えています。

「お家能」が生まれたきっかけ 〜能配信の課題感〜

お家能を監修する宝生師は、伝統を大切にしながらも、もっと身近に楽しんでもらえるよう、これまでも様々な試行錯誤を重ねてこられました。

元々宝生師とは前職時代、ウェアラブルグラスのプロジェクトに携わっていた時、視界を遮ることなく台詞を表示することでより多くの方々に楽しんでいただきたいという一歩進んだご相談を受けたのが出会いでした。

今回のお家能でも配信する「夜能(やのう)」というプログラムは、能楽の物語を現代の言葉で人気声優らが朗読し、続いて本編が始まる構成となっており、初めての方にもストーリーを理解しやすい演出となっています。

さらに、2020年から続く新型コロナ禍で公演できない日々が続く中、能楽界で最初に有料のオンラインライブ配信を実施し、その後「能LIFE Online」というECサイトを立ち上げ、ストリーミング配信も開始されました。

昨年、MakuakeでCOBITSUを応援購入していただいたのをきっかけに、近況について情報交換をしたところ、能のストリーミング配信における課題感を伺いました。
それは、多くのお客様からの「やはり能楽堂で実際に観るほうがいい」という声。さらに話を掘り下げていくと、「自宅では心を静かに整えて能の世界に入り込むことが難しいのではないか」という仮説が浮かび上がってきました。

通常の能は、「能楽堂」という特別な空間に赴くことが心の準備をする儀式のように機能しており、そこで拍手もなく静寂の中で始まり、心静かにその世界に引き込まれていきます。それはまるで美術館で作品を鑑賞するような感覚、と宝生師は言います。
これに対してストリーミング配信では、さっきまで日常生活を送っていた自宅で、心の準備が整わないまま鑑賞が始まってしまうのです。

日常の中に「檜舞台枡」が入り込むことで、幽玄の世界へと誘うアイデアの誕生

そこで思いついたのが、日常生活を送る自宅に、なにか1つ異質なものが入り込むことで、能に向き合う心を整えやすい特別な鑑賞空間へと変えることができるのではないか、というアイデアです。
その「異質なもの」として目をつけたのが、COBITSUでご一緒させていただいた、伝統を大切にしつつも、常に新しい・面白いことに挑戦してきた、大橋量器さんの「枡」でした。

和を連想させ非日常感がある「枡」を用意することが鑑賞前の儀式になるし、枡酒を呑みほろ酔いで観るなんて、どことなく風流で、幽玄の世界にトリップしやすくなるのでは?と考えたのです。(自分が酒好きなこともあり。)

そこで宝生師と大橋量器さんと三者でオンラインでそのアイデアについて話し合い、「面白い!」ということで本格的に企画の検討が始まりました。

当初は、普通の枡でお酒を呑むことを想定していましたが、三者で能楽と枡の理解を深めていく中で、面白い発見がありました。
それは、能舞台も、枡も、「檜(ひのき)」でできている、という共通点
檜は日本と台湾にしか自生していない針葉樹で、古来より仏閣や神社の建材として用いられており、日本人にとって馴染みの深い樹木です。

そこで、枡を能舞台に見立てて、内側に宝生能楽堂の鏡板(かがみいた)の松を模した絵を枡の内側に描いた「檜舞台枡」の原案が生まれました。
この枡によって、視覚、触覚、嗅覚、味覚を通して能楽堂を感じていただくことができます。
「手のひらの上の能楽堂」というコンセプトも、この時に宝生師からでた言葉でした。

宝生能楽堂の鏡板

最初にまず、松の絵を、宝生能楽堂の松らしさを残しつつどの程度簡素化するのか、からデザインが始まりました。
枡に絵を描く代表的な手法としては、焼印、レーザー焼印、そしてシルクプリントの3種類があります。
幾案か検討した末、幹はレーザー焼印、葉はシルクプリントという組み合わせとすることになりました。

初期のデザイン案

通常、どれか1種類の加工方法しか用いないところ、2種類を組み合わせるのは新しいチャレンジとなるため、大橋量器さんに試作をお願いしました。

第一号試作

最初の試作では位置合わせはバッチリだったものの、想定していたよりも葉の部分がべったりとしており、幹の線も弱いのが見て取れました。
これを元に、奥行き感が生まれるよう、葉は微妙に色の異なる2色刷りとし、幹の線も太くすることとしました。

このようにしてブラッシュアップした第二号試作では、だいぶいい仕上がりとなってきたため能楽堂に持っていって実際の松の絵と見比べてみました。比較すると、本物のほうがより青々とした印象だったため、これを元に色味を調整しました。
大きさも一般的な一合枡から、八勺枡へと変更しました。これは、若干小さくすることで少し持ちやすくする狙いと、八勺枡の内寸は60mmで、実際の能舞台が6000mmあるため、ちょうど1/100スケールとなるという意図があります。
また、この時点で能の鑑賞中に意識の妨げとならないよう、飲みやすくする飲み口過去を一周ぐるりと施しています。

試作第二号

そして、色味の調整を経て完成形となったのが第三号の試作です。
飲み口の加工は友人デザイナーからのアドバイスもあり、松の絵を描いた面が狭くなってしまうことと、常に松の絵を向こうにして飲むことから、手前の一辺のみへと変更しました。

完成形の試作第三号

ユーザーテストからわかったこと

檜舞台枡のデザイン・試作と並行して、「枡でお酒や飲み物を飲みながら能のストリーミング配信を観る」という新しい鑑賞体験であるため、4組6名に、通常の1合枡と能のストリーミング配信を提供し、最小限の情報だけ伝えてモニターをしていただき、そこから様々なことがわかってきました。

  • ほとんどの人がリラックスできたと回答

  • ストリーミング配信で観たいかどうかは半々に別れ、ネガティブな意見は生で観たいという人だった

  • 誰かと観るよりも一人で没入する環境で見たほうが良かったという意見

  • 能と枡の関係性がわからなかったという人がいた

そこで、「能楽堂で能を観る」ことの代替手段としてではなく、「癒やされる」ことが目的でその手段として能の鑑賞を提案する、という打ち出し方にすることとしました。
それを表したのが、癒やされている表情の女性を全面に出したキービジュアルや、Makuakeのページ冒頭などです。

また、画像や文章だけではイメージするのが難しい部分もあるため、ちょっとした疑似体験ができる手段としてプロモーションビデオも製作しました。

能と枡の結びつきも、モニター時点では通常の一合枡だったのに対し、檜舞台枡へと進化し、Makuakeのページ中でも実際の能舞台と枡の写真を上下に並べることで、よりイメージを結びつけるようにしています。

このように、Makuakeのページは単なる購入を促すためのものではなく、お家能という新しい鑑賞スタイルを道先案内する、大切なデザインの一部として細部までこだわって作り上げ、2022年2月27日に公開いたしました。

Makuake開幕と、その後1週間

実際にリリースするまでどれくらいの方に受け入れていただけるか不安でしたが、大変ありがたいことに最初の12時間で目標達成、1週間で212%まで伸ばすことができました。応援購入してくださったみなさま、本当にありがとうございます!

今回も友人やお世話になった方々にもたくさん購入していただき、感謝の気持ちでいっぱいですが、そうでなくても「応援するよ!」とSNS投稿をシェアしてくれたり、Makuakeページを読んで「面白いことやってるね!」と言ってくれるだけでも本当に嬉しいものです。
また、これを機会に久々に近況を報告しあえた人もたくさんいたことも、クラウドファンディングをやってよかったなぁ、と思うことです。

ただ、COBITSUの時ほどの勢いではないため、体験型のものの魅力を発信することの難しさを改めて実感しています。
また、ご購入いただいている方々も、まだすでに能に親しみのある人々が多くなっています。

数や金額が全てではありませんが、残りのMakuakeの掲載期間の中で、どのようにすればお家能の魅力をより多くの人に知っていただくことができるのか、まだまだ様々な施策を試してみますので、また何か面白い展開があれば皆さんにお伝えしたいと思います。

このnoteで初めて知った方はぜひこれから、すでにご存知いただいていた方はこれからも、何卒お家能の応援よろしくお願いいたします!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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