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#75 スウィング、しようよ。

君は僕の手を取って、くるくると踊りだした。僕は恥ずかしくてたまらなかった。みんなが見ている中で、目立つことは得意ではなかったからだ。君はそんな僕の心なんて、知らん振りして、目の前で踊り狂っている。

しかし、その少し悪魔じみた微笑みは、僕を虜にさせてしまう。喉から手が出るくらい君が欲しくなる衝動に駆られる。僕はもうどうにも出来なかった。

ドラムのシンバルの音が耳に渡り、ベースの音が心臓に響く。軽快なメロディーに乗せられて、僕は必死になって足を動かした。汗だくだった。君は、というと、汗をかいている様子もなく、腰をくねらせている。あれよあれよという間に音に乗せられ、両手を握られ、君と密着していた。首筋から匂う香水の香りにうっとりしながら、先ほどまでの激しいテンポとは打って変わり、スローテンポになっていることに気づく。

少し休もうよ、と耳もとで囁くと、君は少しうなずいて僕から離れて、バーカウンターへと泳いでいった。ウィスキーをロックでと頼むと、私も、と彼女も被せてきた。「君は、弱いんじゃなかったっけ」「今日は少し酔いたいの」。君はそういうと、慣れたような手つきで煙草を取り出し火をつけた。僕のお気に入りの瞬間だ。吸って吐いて煙漂う君の横顔は写真に取り残してはいけないと言わんばかりの威厳があったが、僕はいつの間にかカメラのシャッターを押していた。「撮んないでよ」と少し怒ったように言う君でさえ、愛おしいと思ってしまう。ウィスキーがテーブルに運ばれてくると、僕の方にグラスを傾け、僕たち二人を祝福したような音が鳴り響く。

少し前、彼女は僕が拾った猫みたいだった。拾った時は寂しそうな目をして僕を見ていた。拾ってほしいと言わんばかりに、濡れきった瞳で見つめていた。最近はそんな顔も見なくなった。朝起きると横にいて、夜も僕の腕の中で眠っている。僕の人生に突然現れ、彼女は自由気ままに踊りだしたかのようだった。それまでの鬱憤と孤独に解き放たれたかのようでもあった。

ウイスキーがなくなりそうな時、彼女は僕の手を握った。いつも彼女の手は暖かい。

「スウィング、しようよ。」
そう言って君は僕の手を取ってまた踊りだした。

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