短編小説34「気づかれる事なんてないのにな」

　私が透明人間になって以来、彼女と会うことはなくなった。いや、厳密には私は会っているが、それが彼女に見えることはなかったろう。

　何度か会いに行った。つい、声をかけてしまったこともあった。

☆

「華、そこ危ないよ」

　私はつい声を出してしまった。誰もいない空間から声がするなんて、恐ろしい事じゃないか。空耳かと思ってもらえればいいが、あまりに聞こえすぎると問題になりかねない。

　だいたい、彼女はすぐによそ見をして歩くから気が気でないんだ。透明人間になった私が手を引いてあげることも出来たが、あまり人通りが多いと不自然だから手が出せなかった。
　近所から彼女が変になったと思われでもしたら心苦しい。

　それでもいつも、私の声が聞こえたのか、それを誰かの声と勘違いしたのかはわからないが、どうにか危機は回避できていた。

☆

　そういった危機は何度もあった。
　時にはわざとではないかと疑うほど、頻発した時期もある。
　私は彼女のドジなところも好きだった。『危ないよ』と声をかけると笑顔を向けてくれるところも好きだった。

　ハラハラして過ごした20年。私が透明人間になって20年。
　数字で聞くと長いように感じるだろうが、私にはとても短い時間だ。彼女を見ているだけでも毎日が楽しかったのだから。
　その彼女も最近は外出をしなくなった。いつも同じ時間に座っていた机にも最近は見かけない。おそらく……。
　私は、勇気を出して数日前に窓から落とされた手紙を開いた。

『武さんへ。いつも危ないところを助けて頂きありがとうございます。時には声が聞きたくて、わざとフラフラしてしまうこともありました。でも、もう外には出られないと思います。だから、そこで待たなくても良いんですよ。そうそう、実は毎日お手紙を書いていたんです。読みに来てないでしょう？　たくさんお話してあげますね。』

　私はもう、透明人間をやめても良いようだ。
　さて、遅れたら寂しがらせてしまうな。

おわり

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