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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#コラム

熟練を見せつけるユーフォリックなダンス・ミュージック The Chemical Brothers『For That Beautiful Feeling』

 イギリスのダンス・ミュージック・デュオ、ケミカル・ブラザーズは良質なダンス・ミュージックを作りつづけてきた。テクノ、ハウス、ロック、ヒップホップなどさまざまな要素が混在したトラック群は多くのリスナーに愛され、いまもなお聴かれている。

 マンチェスターのアンダーグラウンドなクラブ・シーンから出発した彼らの旅を振りかえると、興味深い点がたくさんあることに気づく。ビッグビートというジャンルをメインス

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実存は本質に先立つ 『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』@さいたまスーパーアリーナ 4/16

 4月16日、韓国の4人組グループaespaがさいたまスーパーアリーナでおこなった『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』を観てきました。結論から言うと、とても素晴らしかったです。テクノロジーを駆使した演出からタイポグラフィーまでさまざまな仕掛けが飛びだすライヴは、視覚的楽しさでいっぱいだった。重低音を前面に出した曲群はレイヴィーと言え

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アイルランドからFuck家父長制のポスト・パンク〜M(h)aol『Attachment Styles』

 以前ブログでも書いたように、いまアイルランドの音楽シーンがおもしろい。記事を書いたあとも、ヒップホップ・グループのニーキャップがNYタイムズにピックアップされるなど、その勢いは増す一方だ。
 こうした潮流をきっかけに、M(h)aol(〈メイル〉と発音するらしい)も大きな注目を集めた。2014年にダブリンで結成されたこのバンドを知ったのは、2021年のデビューEP「Gender Studies」を

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人々の不安や哀しみに寄り添うLoyle Carner『Hugo』の誠実な言葉

 UKラップ・シーンにおいて、ロイル・カーナーというラッパーは独特な立ち位置を保ってきたと言える。サウス・ロンドンのランベスで生まれたカーナーは、グライムやUSヒップホップの影響下にありながら、それらの音楽とは毛色が異なるサウンドを作品では鳴らしているからだ。他のUKラッパーがアフロスウィングやUKドリルを定石とするなか、ジャズ、ゴスペル、ソウル、ファンクといった要素が濃い方向性を突きつめ、孤高的

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なぜ、いまマニック・ストリート・プリーチャーズが求められているのか?〜『Know Your Enemy』リイシュー版がヒットした理由

なぜ、いまマニック・ストリート・プリーチャーズが求められているのか?〜『Know Your Enemy』リイシュー版がヒットした理由

 今年9月、ウェールズのロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下、マニックス)が『Know Your Enemy』のリイシュー盤を発表した。本作のオリジナルは2001年3月に6thアルバムとしてリリースされたが、今回のリイシューは当時と異なる形で世に出ている。内省的で柔和な質感の音が多いディスク1「Door To The River」、激しいギター・サウンドが中心のディスク2「S

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Z世代のサブカルチャーと共振するChildsplayのサウンドとヴィジュアル

 ロンドンのレーベルChildsplayは理解不能なところがある。2017年頃にダンス・ミュージック・シーンで台頭してから注目しつづけているが、活動当初と現在では方向性が大きく異なるのだ。
 2019年に出たポリトンネルのEP「Time 2 Time」までは、デトロイト・テクノのスペーシーで叙情的なシンセに影響を受けたトラックがカタログの中心だった。しかし、ヴィジル「I̾N̾2̾D̾E̾E̾P̾」

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女性があるべき姿になれなかったのか?〜Sarah Meth「Leak Your Own Blues」

 ロンドンの北部で育ったシンガーソングライター、サラ・メスの音楽を初めて聴いたのは2020年だった。同年に彼女がリリースしたデビューEP「Dead End World」を通して、サラ・メスの存在を知ったのだ。
 このEPに触れて、瞬く間に彼女の才能に惹かれた。メランコリックな雰囲気を漂わせる歌声の奥底に佇む凛々しさ、フォークやジャズといった多くの要素を細やかに織りまぜた音楽性など、すでにいくつかの

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羊文学『our hope』を日本社会の中で鳴り響く音楽として聴いてみる

 最近、仕事以外でよく聴いている音楽のひとつは、3人組ロック・バンド羊文学のメジャー・セカンド・アルバム『our hope』である。理由はいくつもあるが、真っ先に印象深いと感じたのはサウンドだ。これまでの作品よりもひとつひとつの音が作りこまれ、歌詞の世界観と密接な関連性を見いだせる。そこにはこういう音にしたいという羊文学の明確な意志が滲む。

 その意志に攻めた姿勢が窺えるのも良い。『HIGHVI

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生活に潜む病巣を突いた気取らないロック〜Panic Shack「Baby Shack」

 パニック・シャックは、2018年にウェールズのカーディフで結成されたバンド。当初はドラマーも在籍していたが、現在のメンバーはサラ・ハーヴェイ(ヴォーカル)、メグ・フレットウェル(ギター)、ロミ・ローレンス(ギター)、エミリー・スミス(ベース)の4人。
 活動を開始して以降、BBC Radio 6 Musicにプッシュされるなど少しずつ知名度を高めてきた彼女たちは、飛びぬけた演奏力を持たないバンド

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最高のアイドル・グループによる私はわたし宣言〜(G)I-DLE((여자)아이들)『I NEVER DIE』



 韓国のアイドル・グループ、(G)I-DLE((여자)아이들)が『I NEVER DIE』を今年3月にリリースした。彼女たちにとって初のフル・アルバムとなる本作は、スジン脱退という苦境を物ともしない力強さが際立つ作品だ。過去作でも顕著だった社会的規範に従わない姿勢はますます強くなり、そうした姿勢を表現するパフォーマンス能力もレヴェルアップしている。
 (G)I-DLEといえば、リーダーのソヨン

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Manic Street Preachers『The Ultra Vivid Lament』は、歳を重ねた者だけが醸せる滋味深さで溢れている



 ウェールズが生んだ偉大なロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ。彼らの音楽は私たちに知的興奮をもたらしてくれる。多くの要素で彩られたサウンドに乗る、政治/社会性を隠さない詩的な言葉の数々は、秀逸な批評眼が際立つ。
 この批評眼はバンドの高い知性を感じさせるが、近寄り難い高尚さはまったく見られない。哲学書や政治家のスローガンを引用した一節も多い歌詞は耳馴染みが良く、メロディーは親

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TangBadVoice『Not A Rapper』から見る、アジアのポップ・ミュージックに込められた反骨精神



 日本や韓国以外のアジアで作られたポップ・ミュージックを本格的に聴きはじめたのは、2017年ごろからだ。台湾のMeuko! Meuko!などを入口に、さまざまな作品を片っ端から聴いてきた。
 そのなかで気づいたのは、生活やその背景にある社会を意識した作品が多いということだ。一要素として滲ませるものから、2020年のベスト・アルバムで7位に選んだBawal Clan & Owfuck『Ligta

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Kojaque『Town's Dead』は怒りを怒りのまま表現する



 近年のアイルランドといえば、おもしろいアーティストを多く輩出する国として知られている。アイリッシュ・ドリルのような興味深い音楽シーンが注目を集め、フォンテインズD.C.という素晴らしいロック・バンドを生みだしたのも記憶に新しい。他にもフィア・ムーン、トラヴィス、セラヴィエドマイ、ビーグ・ピーグなど、聴く価値があるアーティストを挙げていけばきりがない。

 だが、そうした音楽シーンの活況とは裏

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BIBI(비비)「Life is a Bi…(인생은 나쁜X)」は優しい悪魔のつま先



 筆者からすると、韓国のアーティストBIBI(ビビ)はアウトサイダー的な視点が強い女性に見える。2019年に公式デビューを果たした彼女は、愛や恋人関係を歌うことが多い。それ自体は珍しいことではなく、むしろポップ・ソングにおいて普遍的と言っていい。

 BIBIがおもしろいのは、そういった題材を歌う際、自己破壊的姿勢が目立つところだ。たとえば“쉬가릿 (cigarette and condom)

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