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はきだこ

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正木諧の作詞した楽曲にまつわるあれやこれやを綴ったショートショート。 ラジオのような感覚で楽しんでほしい。
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はきだこ 第十三回

はきだこ 第十三回

昔住んでいた公団の前を歩いた。

こんなにミニチュアのような遊具だったろうか。

夢の中にいるみたいに不思議な気持ちだが、ぬるい風は確かに頬を撫ぜている。

好きだった子の家は綺麗に建て替わるらしい。

よく遊んだ友人は、今はもう連絡先すら知らない。

そこそこ離れているはずだが、海風は坂を登り僕の元まで届いてくれる。

色々な場所に住んだ。

色々な場所を故郷だと思い込んだ。

だがどの海も違う

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はきだこ 第十二回

はきだこ 第十二回

海の近くで生まれた。

潮騒は車輪の音に絡み、ねちっこく橋の背中を打ちつける。

青色は昔から好きではないが、海と空のそれはどちらも深く鮮やかで、対峙することで何度も確認するように安心する。

「空を飛ぶ」という行為がしばしば自由の象徴として扱われる。

人間が自力で出来ず不自由を感じているからか、天動説の時代に端まで行くと落っこちると考えられたからか。

鳥のように飛ぶことで他の種からの捕食を免

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はきだこ 第十一回

はきだこ 第十一回

恋愛は宗教ではないだろうが、そういった風潮がある中、僕は他人の信仰に一切関心がない。

自分の中でも殆どそれは生かしても殺しても構わないものだ。

大切な人を大切に思う心は素晴らしい。
だがそれを恋愛と結び付ける理由も必要性も感じない。

礼拝のように「おはよう」と「おやすみ」を繰り返し、他の言葉や心を無下にし、盲目という言葉で自身を庇護するのは滑稽ではないか。

たかだか100年弱前から主流とな

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はきだこ 第十回

はきだこ 第十回

遠くで風が鳴いている。
地球が自力で回る音。

もしかするとこの世は誰も自分に優しくないんじゃないかと思ってしまうくらい、良くない疲れを溜めた帰り道。
この街がゆっくりと月明かりに覆われて、夕方が役目が終える。

四季を感じるには手がかりが少ないビル街を抜け、簡易的で人工的な緑地に安堵する。
「忙しい」「疲れた」と、人々が口にすることに厭気が差してしまったが、自分も労働の対価として得る僅かな安らぎ

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はきだこ 第九回

はきだこ 第九回

荷造りをして気が付いた。
長いこと箪笥の肥やしになっていたであろうキックペダル。
転居先にも持っていくのであれば、今まさにここが、未練が後悔へとなる分岐点だろう。

明るい応援歌なんて書くつもりはなかったが、「俺が曲を作ったら向こうでも音楽をやるか?」の問いに乗ってくれたその瞬間に、最初の一行は完成した。

それは自分なりの音楽への真摯な在り方だった。
いつだって音楽への愛を歌にしてきて、報いるた

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はきだこ 第八回 あぐら女

はきだこ 第八回 あぐら女

あぐら女はかく語りき (急)

パンコと嘲笑され語り草になろうとも、彼女は忽然と姿を消すつもりでいた。
実際、数年は行方も知れず放浪するヒッピーとして生活を続けていた。

リストラクチュアリングとブラッシュアップに関する打算的失敗への内省がなかったわけではない。
ただその素振りは見せないようにしていた。
少なくともロックスターの訃報を耳にするまでは。

詩と音には整合性というものがある。
どこにで

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はきだこ 第七回 あぐら女

はきだこ 第七回 あぐら女

あぐら女はかく語りき (破)

天使の曲についての悪魔による観測地点が此処だ。

ぬるこい曲で騒いだわけでも、ロックスターの真似事をしたわけでもない。
ただ自分の声で自分だけの音を鳴らす快感に彼女は痺れ、オーガズムに達していた。
在りし日のLPの溝から発される英雄たちの音でなく、確かに自分の思うように叩き出される騒音。
アンプを通じてスパンキングする鋼の波が、黒い箱の内側を撫で去る。

「誰にも届

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はきだこ 第六回 あぐら女

はきだこ 第六回 あぐら女

あぐら女はかく語りき (序)

あぐら女という自称問題児が生を授かったのは今はもう忘れ去られた平成。
彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか、有象無象の現世ではどちらの呼称も角が立つ。
ただこれは概念についての物語であり、「それ」と呼ぶにはあまりにも他人行儀なので、ここでは彼女と呼ぶことにする。
これで批判的な意見が角だけでなく目まで立つのであれば、加加筆修正することにやぶさかでない。

本題から随分と

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はきだこ 第五回

はきだこ 第五回

空が暗くなり、ブロンズの金具はより一層 影を濃くした。

夏の日が長いのは、昼の時間が長いというよりかは、人間が夕方と認識できる時間帯が増えるからではないのかと思う。
頭の足りない俺がそう思うくらいに、この夕暮れはゆっくりと過ぎていた。
彼女は沈思する僕を余所目に、アイスキャンディーを齧りもって歩いていた。

人間は後悔の満ち引きで躁と鬱を繰り返し、くたびれていく。
「もしもこう在ったなら今頃は」

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はきだこ 第四回

はきだこ 第四回

人体の臓器の中で最も美しいのは子宮だ。
生命の宿る神秘的な部屋で、造形は天使のようにも見えるシンメトリー。
それを彼女に力説すると少し嫌そうな顔で苦笑いをされた。
そういった下賎な会話でないことを伝えたいのだが、熱がこもればこもるほど逆効果らしい。
最早彼女にとってパッケージングは些末な事なのだろう。
こうなると、ぽっと宇宙に生み出されるエロスとタナトスの話から始めないと伝わらない。

ブルースの

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はきだこ 第三回

はきだこ 第三回

※センシティブな内容を含むので苦手な人は飛ばしてください。

無宗教というものは恐い。
「肉体は魂の器でしかない」というのも少し違う。
死を以て生物は世界との境界線を失くすものだと思う。
単細胞の死は膜が破け、徐々に崩壊していく。
ただ唄のように空中に溶け出し、不協和音のように混じり合う。

「一緒に電車に乗ろう」と意味不明な約束を交わしたこともずっと忘れずにここに残っている。

「はきだこ」は作

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はきだこ 第二回

はきだこ 第二回

随分と歩いてきて、地上に出た。
今はただ日を除けるためだけにあるシャッター街を歩く。

白い壁に木の床。がらんとした空間に吹き抜けの二階。丸い窓からは公園とラブホテルが見える。
その無機質な空間で音楽は鳴り響いた。
中学生の頃に通った古いレコーディングスタジオのように煙草臭い箱の中、端から端まで音に塗れる時間で、ただ面白いことを見つけて遊んで帰る大人たち。
そんな人たちと場所が好きだった。

音楽

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はきだこ 第一回

はきだこ 第一回

肉を焼く音が喧騒に掻き消される。

その時、俺は珍しくへべれけに酔い、そいつと一緒に自らの手の甲に煙草を押し当てていた。
何の生産性もないそのチキンレースに白旗を揚げたそいつは、ぬるくなったビールを一気に流し込んだ。
何によって生まれたかわからない笑い。
痛みは想像より少なかった。
翌日目が覚めると、擦れて肉が剥げたのか、ジーンズのポケットは赤黒く染まっていた。

そいつとの関係は痴情のもつれで終

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