正木諧 (datkids)
ただの日記
もろもろ
リリ・シャロンという自由について。
正木諧の作詞した楽曲にまつわるあれやこれやを綴ったショートショート。 ラジオのような感覚で楽しんでほしい。
"morning fog"という楽曲から生んだ短編小説のようなものを、見様見真似で投稿した。
最近ようやく自宅の鍵を閉めるようになった。 今まで防犯性の高いオートロック式の家で住むことで得られる安心感、当たり前のありがたみをこの一年間で感じた気がする。 自分は些細なミスすら許せない性格で「鍵を閉めることで得られる安心感」よりも「鍵を閉め忘れる恐怖」の方が勝っていた。 計3度空き巣に入られているらしいこの家で、仮に犯人と鉢合わせるのであれば、「鍵を閉め忘れた」という自分の過失より「閉めなかった」という潔さの方が僕には大切で、精神的ダメージが少ないと考えた。 あと
約束を反故にすることについて考える。 僕は自分で言うが記憶力も要領も悪くない。 ただ世間にはどちらも悪い人が多くが居て、何の因果かケツを拭いてやる場面が多々ある。 それにつけ込んで悪意を持って接してくる人すらいる。 他人に期待も信用も預けないことが一番楽だ。 自分には究極の減点法で完璧主義であっても、その型は他人に当てはめられない。 他人は加点法。 僕の周囲には大勢の0点が集まった。 だから安心して欲しい。 君が死んでも僕は眉ひとつ動かさない。 僕が死んでそ
最近は忙しなくしていてnoteを書いていなかった。 お久しぶり。 もう完成したと思っていたけど、また体にタトゥーを入れようと思う。 僕のくだらない人生に振り回される皆さんごめんなさい。 米津玄師が「NANA」より先に「たま」に影響受けてたら、「ハチ」じゃなく「ポチ」だった可能性もある。 最近の僕は、ピンク色のストラトが欲しくなっている。 物欲がほとんどなくファッションにも疎い僕だが、ピンク色のストラトはスタイリッシュで惹かれる。 当分はリッケンバッカーを削る日が続き
vol.1については下記参照 出演者ミー・ガー・ルー 僕の弾き語りライブを見て気に入ってくれたシマコさんがドラムを叩いてるパンクバンド。 れいちゃんのベースにシャロンが感化されると嬉しいなと思って一番に声を掛けると、すぐにお返事くれた最高のセンパイ。 トッパーが多いとこのことでトリをお願いした。 リリ・シャロン 前述のため割愛 datkids (Belle Epoque) 前述のため割愛 Rukka 新生リリ・シャロンとほぼ同時期に結成したバンド。 年齢で
この作品は「羽化」と同時進行で書き始めたが、再考に再考を重ね、難航したためこのタイミングでの投稿になった。 結果、かなりコンパクトになった。 長々と苦悶について綴るための作品でもなければ、誰かの参考書になるための道筋を遠回りして辿る作品でもないと思っていた。 ましてや形而的な作品なんて、リリとロロのテーマにそぐわない。 短絡的に言うと少年誌のように「オレたちの闘いはまだ始まったばかりだ!」って終わり方でなければいけないと思っていた。 (あれの元ネタの元祖って何なんだろ
完結 以前までは 「おひさまの香り?太陽に匂いはないでしょ」 と思っていた。 違う。 匂いは感情だ。 彼女は色々な知識を分け与えてくれた。 私の悩みの解決の糸口を見つけ出してくれたのは彼女だった。 音楽も本も文化的側面を持つ芸術が、音や文字を介して共感覚のように伝わるのも、そこに感情があるからだ。 調香は世間的に見れば、文学でも芸術でもないかもしれない。 冷たく言えば化学の括りなのかもしれない。 ただ、感情表現としての文化であり、芸術であると私は考える。
タイトルの通り。 去年は出演予定だったが雨で中止になった。 たった10分で健ちゃんの傘がパクられるっていう、面白すぎるエピソードと、前回書いたようにLouie Louieにて素敵な出会いを果たした。 今年こそはと願うが雨。 おかしいな。僕は晴れ男やのに。 もう晴れてると思い込むことにした。 宇治川音楽祭自体、特に交流があったわけでもなく、昨年ポスターを見てその存在を知った。 新開地音楽祭は昔周辺に住んでいたこともあり、なんなら交流もあるので知っていた。 新開地
きれいな話。 彼女と出会ったのは高校の頃だった。 共通の話題は特にないがどこか居心地が良く、昼食を共にすることが多かった。 彼女の好きな音楽の話。 私の好きな本の話。 互いの好きについて気兼ねなく話し合える仲だった。 ちょうど読み終えた「音楽の海岸」。 きっと彼女は気に入ってくれるだろう。 そう思い家に招いたとき、彼女は目的のそれよりも本棚の上のアロマオイルに興味を表していた。 「良い匂い。」 「誕生日にもらったの。」 今までこんなに好きなものについて話
くすぶる 私自身だけが自分の匂いをこうも嫌うのか。 皆は自分の放つ臭気について如何に思い、日々を過ごすのだろうか。 また、私の匂いをどう感じているのだろうか。 その目尻に皺の寄った顔の裏側には、 授業中私の背後にあるはずの真剣な眼差しの裏側には、 体育で仲間と笑い合いながら眉に乗った汗を拭うその裏側には、 一体どれくらいの悩みが隠れているのだろうか。 そしてどれくらい私の匂いを気にしているのだろうか。 ただ、私が過敏なだけかもしれない。 「くさい」というこ
みんなコンプレックスってあるよね。 時が経つにつれ、自分にも匂いがあり、その匂いを嫌うようになった。 生きていくうちに知っていった。 好きな人は私の好きな香りを持っていること。 友人の家で初めて友人の「生活の匂い」を感じること。 匂いはその人の新たな一面となり得る。 フェロモンというものは無臭らしいが、固有の匂いというのは掻き消せない奥底に留まったまま、皮脂や汗を介して排出される。 私の表面はこんな匂いをしているのか。 生活のふちを一周まわるときに自分のそれは
〜 前回までのあらすじ 〜 かい「タメ集めてオムニバス作ろー!」 くぼこいでん「やるー!」 かい「ほな来年結成10年やから何かやろー!」 くぼこいでん「やるー!」 以下、前回の続きを書き記すので是非「一行あけて」を聴きながら読んでほしい。 曲はどうせならと当時演奏していなかった、久保田ソロから2曲「さなか」と「出窓」だった。 他にも「クリスピー」や「グッドライフ」、「青い春」などの初期一行あけての楽曲も挙げられていた。 再始動の働きかけを今年1月1日(あけまし
調香のロロ マドレーヌを紅茶に浸したことがあるだろうか。 「プルースト効果」というものらしい。 本を好んで読まない私がこの言葉を知ったのは、とある本の虫から教わった20代の頃だった。 今でも不思議と鮮明に覚えている。 グラタンの美味しい地元の喫茶店。 螺旋階段を上った二階の角の席で、彼女はソニック・エティックや村上龍の話をしてくれた。 「どこかへ消えてしまいたい気持ちと同時に、どこでもない何処かを求めてる感じ?」 「HIRAETHはもう帰れない場所に帰りたいと
「まえがき」と「あとがき」があるんだから、「なかがき」もあるでしょうよ、そりゃあ。 別にここがちょうど中間地点になるというわけではなく、「羽化」「サブリナロマンス」「アザンの森」と書き終えて、キリが良いから書いてみた。 先にあぐら女(Low-key dub infection)でのセルフカバーをして知られていたせいもあってか、何故か人気の「アッシュ」というリリ・シャロンの曲。 前回のスタジオデモを公開した。 1番と2番のBメロ、対になる歌詞。 「どんな自由も形にしたい
僕がギターボーカルをちゃんと始めたのはここ数年の話で、元々はベーシストだった。 ちゃんとと言っても、実際datkidsではエアギター&ダンサーなのかもしれない。 「がらくたロボット」というバンドを脱退し路頭に迷う僕と「urema」に憧れた久保田、バンプのコピバンをしてたでんすけによって2014年1月に結成された。 こいけのはるちゃんが後から入るもののメンバーチェンジはなく、紆余曲折あった4年間。 そして今、解散から6年が経とうとしている。 来年で結成10年。 いや
タイトルの通り。 出るというか野外ライブやから正しくは(ステージに)入るか。 そういうわけでもないか。 場所は京都じゃなくて、神戸花隈。 阪神では西元町って言うけどJRやと神戸駅からの方が近い。 去年も出演予定やったけど突然の豪雨でイベント自体中断になってもうた。 その時はケンさんのおかげで、宇治川音楽祭出演予定やったバンドをナンパして Louie Louie でライブできた。 突然の機転、もっと僕のこと褒めてくれて良いと思うよ。 ところで、野外ステージってどこ
Louie Louie 閉店に伴って「parks」という結成当初からの自主企画に幕を下ろした。 途中「どすけべ祭り」や「ガーガちゃんの収穫祭」等の企画にも携わったが、parks#12を終えて「もう当分、自主企画はいいかな」という気分だった。 自主企画というのは当日はお客さん目線で観ても凄く楽しい。 ただオーガナイザーとしての分別を付けて、お客さんだけでなく出演者にとっても有意義な体験をしてもらい、できるだけ多くの人との出逢いを取り持つ立ち位置で居ようと考えている。 そ