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遺言は朝霧の中に

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"morning fog"という楽曲から生んだ短編小説のようなものを、見様見真似で投稿した。
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① 季節を追い越す音

① 季節を追い越す音

びゅうびゅうとアパートの窓を撫ぜて、どこかのビニール袋をさかさかと鳴らす風が吹き、一層寒さを感じるようになった。

毎年のように暖冬だと言われるが、都合良く今までのことなんて忘れて、冬になると寒がってしまう。

足元に蹴散らした灰で加速する風は、じっとりと海辺に落ちるものと舞い上がるものとで、目には見えないが分離していく。

元々は鮮やかなブルーだったであろうベンチにゆっくりと腰を下ろす。

何か

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② 空に落ちる

② 空に落ちる

産毛が逆立つ。

海風に触れていたせいで微熱を帯びたような感覚のまま、立ち上がる。

いつの間にか太陽は同じ背丈ほどまでに落ちて、飴玉のようなオレンジ色になっていた。

このまま死んでゆけば、何も要らない。

言葉の意味がとげとげとしたものではなく、ごく当たり前のようにすんなりと受け入れられた。

ドアを閉めて鍵を掛けるように。

肌を刺す日差しを嫌うように。

視界の隅に黒いカマロが停まる。

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③ 過ぎていった熱狂

③ 過ぎていった熱狂

ぎっと革張りの赤いソファーが軋む。

長いまばたきのつもりが浅い眠りについていた。

カーテンから夢で見た様な紗がかかり、朝が流れ込んでいる気配がした。

目眩、吐き気、喉の渇き、それと硬いソファーに横たわっていた身体の痛み。

全ての嫌悪感を凝縮した様な、ただ僕だけの朝。
街はまだいびきをかいている。

これが最期のつもりで少しずつ空想を書き起こし、不揃いな音に当てはめた。

良くも悪くもぶきっ

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if③ 身軽な記憶

if③ 身軽な記憶

景色が徐々に白い綿毛に包まれていく。

橋と対岸の接合部はやんわりと黒ずんでしか見えない。

洟を垂らしたかの様な素振りをして座り込むカフカ。

雨に張り付いたシャツの中央には、ブラジャーのホックが四角く浮き上がっていて、いつかどこかで見たアンドロイドのスイッチのようだ。

水溜りを何度も切り裂き往く車の複合的な音。

ただ重力に逆らわず落下する、低く重そうな雨の音。

自転車に跨る学生が着る、薄

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