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ショートショート(掌編)集

47
短いお話たちです。
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#創作小説

かつおぶしの旅②【掌編】

かつおぶしの旅②【掌編】

かつおぶしをくわえた猫は、騒々しい町並みの影を縫うように駆けていった。
目指すは海である。

「・・・ありがとうな、猫さん」
かつおぶしは一言そういったきり、家を飛び出してからしゃべらなくなった。

しかし、猫はそんなかつおぶしに気をつかえるほど、心の余裕はなくなっていた。
なぜなら、かつおぶしをかじりながら走るということが想像以上にきついことだということを、猫は数分の間でひしひしと感じていたから

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そよ風が頬をなでた。【掌編】

そよ風が頬をなでた。【掌編】

「カンヅメ」その一言がとてもふさわしい。

朝起きて夜寝るまで、自宅の一室でほとんどすべてが完結している。

午前は論文作成、午後も論文作成、夕食後も論文作成。
そんな日々に、Bは満足しつつも、退屈していた。

研究の繰り返しの繰り返し。
たとえ好きなことであっても、習慣化されていくと「自分の意志とは違うところ」で日々の行動が行わていくように感じられる。

人はいう、「好きなことでも仕事にしたとた

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かつおぶしの旅①【掌編】

かつおぶしの旅①【掌編】

「当然のことだが、わたしを削っていくと、段々とすり減りへっていくのだよ」
そうかつおぶしが言った。
「芳しい香りと共に、わたしはだんだんと細くなっていくんだ」

「かつおぶしさん、どうかしたんですか?」
彼の隣に座っていた猫が尋ねた。
「なんだか、声が弱気になっているようだけど?」

「猫のあんたも、わたしみたいに細くなっていけばわかるさね。わたしみたいに寿命を可視化できるようになったら、猫でも犬

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たんすとダンス、したんです【掌編】

揺れる車内。
車の窓から見える町並みは、だんだんと広大な自然風景に変わっていった。

わたしは今日、おばあちゃんの家に行く。

―――

久々の家族旅行だ。
旅行と言っても茨城の母の実家に遊びに行く程度のことであるが、パンデミックの影響もあり家族でどこかにいくというのは1年ぶりになる。

わたしの父と母は、どちらも公務員で同じ都内の市役所で働いている。
いわゆる職場結婚をして、一人娘であるわたしを

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《世界》を決めつけた男【掌編】

《世界》を決めつけた男【掌編】

「世界は、すなわち私の心だ!」

それがAが下した結論だった。

――――

「世界はいつだって、私のことを《愛している》!」
Aはとても満足そうにそう言った。

「世界が君を?」
友人Bが不思議そうに、彼に聞いた。
「どうしてそんなことがわかるんだい?」

「私がそう決めたからだよ」

「そう決めた?」

「世界の形を決めているのは、物理法則じゃないんだ。それらはただ、世界を成り立たせている要素

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≪時計の世界≫でチクタク・チクタ【短編】

≪時計の世界≫でチクタク・チクタ【短編】

【あらすじ】
≪時計の世界≫の時計職人である僕(ペペ)は、事故をきっかけに長期的に仕事ができない体になってしまう。僕は三人の職人仲間たちとの会話を通して、「働くこと」について改めて考えるようになり・・・

【登場人物】
僕(ペペ):≪時計塔≫の一級職人。
バッフォン:職人仲間。本業の傍らカフェを経営している。
ルーペ:職人仲間で副業でギターリストをしている。
クリット:優秀で時計職人でペペの憧れの

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〈獣〉との朝食を懸けた戦い【掌編】

〈獣〉との朝食を懸けた戦い【掌編】

 独り暮らしの僕の食卓は、教科書や勉強道具を置いてしまえばもう余分なスペースがない程小さい。一人で食べて、一人で勉強することが運命づけられている、そんな小さな食卓。
 その前には、食卓の素朴さとは不釣り合いな大きな椅子が置かれている。この椅子は高さ調整もでき、なによりもやわらかなクッションのおかげで長時間座っていても、疲れづらい。僕のお気に入りである。とはいっても、あまり座っていないが。

 僕は

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