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インドで日本猿(マッカッカー)と闘った話

チベット・インド旅行記
#45,リシュケシュ③

【前回までのあらすじ】まえだゆうきはロシア人師匠のサーシャと、禅の修行の為、インドの山奥に一軒家を借りたのであった。

リシュケシュの街から徒歩20分ほどの山の麓に、街を見下ろすように建つ一軒の家がある。

私にとっての秘密基地。サーシャにとっての禅の道場。
名付けて「ZEN DO(禅道)アシュラム」である。
 

敷地には広々とした芝生の庭が広がり、枕木で作られた階段が一段上の居住スペースへと続いている。
階段を登るとそこは石畳が敷かれたテラススペース。
テラスにはかまども付いており、焚き火をしながらリシュケシュの街の夜景を見下ろす事が出来る。

母家から少し離れた所にある別棟はシャワールームとトイレ。
母家は平家。リビングとキッチンと二部屋が付いた2LDKの間取り。
キッチンの外には屋上に続く階段がついていて、屋上では日向ぼっこも可能だ。

家賃は1ヶ月6千ルピー(約1万5千円)。サーシャと2人で割れば3千ルピー。

街の業者に頼んで水のタンクと、コンロ付きのプロパンガスを運び込んでもらった。


毎日の食事だが、リシュケシュの街は修行者たちが集まる街の為、肉や魚、卵や乳製品は基本的に入手する事が出来ない。 

私とサーシャは市場で野菜や豆や小麦粉などをどっさり買い込み、生野菜はサラダに、豆はふやかしてダルスープに、小麦粉は練ってチャパティーに、芋やブロッコリーや人参などは温野菜にしたりと、あの手この手で工夫して自炊した。

 
朝6時、起床してすぐに座禅を行う。
(30分の座禅と10分の歩行禅、そして30分の座禅)。
座禅が終わったら、ヨガマットを持って屋上に登りヨガを行う。


それが終わるとキッチンで朝食。
(自炊で出た生野菜の切れ端などは、庭の芝生に置いておくと牛や山羊が食べに来る)。
そうして昼頃にはリシュケシュの街に出ていく。

山で生活を始めた2人にとっては、禁欲的なリシュケシュの街でさえ魅惑の都会に映る。
 
おしゃれゲストハウス、ラジパレスでマサラチャイとチーズケーキを食べたり、週末には街のレストランでタリーセットを頼んだり、楽しみは尽きない。

そんな中でも一番の楽しみにしていたのが、街の雑貨屋で買う袋入りのジャムパン。
 
翌朝、修行を終えた後に、淹れたてのコーヒーと一緒に食べるジャムパンは、何にも代え難い幸せだった。


しかし、この甘い甘いジャムパンの習慣が後に事件を引き起こす事になる。

 
ある日、朝の座禅の修行を終えて部屋を出たサーシャ。
キッチンの扉が半開きになっている事に気付き、中を覗きこんで凍りついた。


「ユーキ、ユーキ…、カム…(来い…)」
 
いつもと違うサーシャの様子に気づいた私は、すぐさまキッチンに駆けつけ中を覗き込んだ。
そして戦慄を覚えた。

 
真っ赤な顔をした、土佐犬ぐらいの大きさの日本猿が、片手にブルーベリー味のジャムパン。
もう片手にはストロベリー味のジャムパンを持って、今にもかぶりつこうとしているではないか。

鋭く光った目が、チラチラとこちらの様子を伺っている。

猿と私たちの距離は約1メートル半。
猿は明らかに警戒している。

 
サーシャが思い切って半歩足を踏み出した。
猿はすぐさま四つ這いになり「シャア!」と吠える。

 
サーシャ一歩下がる。


「…サーシャ、サーシャ…、どうする?(小声)」
「ユーキ、仕方がない、ここは一旦引こう…(小声)」

 
いつになく弱気なサーシャ。
一緒にあとずさりしながらキッチンを出て、禅部屋に戻り、ドアを閉める。


5分後、恐る恐るキッチンに戻ると、日本猿もジャムパンも、跡形もなく消え失せていた。

 
朝の一番の楽しみを奪われて、段々と怒りが沸き上がってきたサーシャ。
「くそっ!マッカッカーの奴め!今度会ったら、ただじゃおかないぞ!」

 

まぁまぁ、サーシャ、何も猿相手にそんなに怒らなくても。
っていうか、何?「マッカッカー」って何?


「何?ユーキはそんな事も知らないのか。
 ロシア語では、ジャパニーズモンキーの事を、マッカッカーと呼ぶんだぞ」。

 
日本猿=マッカッカー。
サーシャ、それ本当に言ってるの?

 
朝っぱらからツッコミどころに困る、語学の不思議。
「日本猿、ロシア語で言うとマッカッカー」。
インドの山奥で、心に深く刻みつけた。 

 


さて、話が逸れたが、大事なジャムパンを奪われたままでは示しがつかない。
2人であーだこーだと話し合い、一計を講じた。

 
ジャムパンの味を覚えたマッカッカーは、おそらくまた我が家にやってくるだろう。
私とサーシャはキッチンのドアのノブに紐をくくりつけ、マッカッカーがキッチンに入ったら遠くからドアを閉め、閉じ込められるようにした。

 
そして、逃げ場を失ったマッカッカーがキッチンの窓から脱出しようとする所を、私とサーシャが柄の長いほうきを使ってこらしめ、パンを取り上げてしまおうと言う作戦だ。
 

翌日朝、マッカッカーの来訪を今か今かと待ちながら、禅部屋で座禅を組む私とサーシャ。
 
いつもならば「座禅とは身心脱落することだ」。とか、「何の為でもなく、ただ座るのみ」。などと偉そうな事を言っているサーシャも、この日ばかりは明らかに集中力が散漫になってソワソワしているのが分かる。
 
 
そうして、1回目の座禅が終わり、2回目の座禅を組んでいる最中。


…キィ…。

 
聞こえた!
キッチンのドアが小さく開く音!


私とサーシャは、音を立てないように禅部屋を出るとお互い目を見合わせ、キッチンのドアノブから伸びた紐を思い切り引っ張った。

 

バタン!


大きな音を立ててドアが閉まる。

「ギャア!」という叫び声がキッチンから聞こえ、バタバタと部屋を駆けずり回る音が響き渡った。
マッカッカーはパニックになっているようだ。

よし、今だ!

サーシャと二人、ほうきを一本ずつ持って屋外に回り込んだ。あとは窓を開けて、出てきたマッカッカーをとっちめるだけだ!

そうして窓からキッチンを覗き込んだ。

…。


「ユーキ、どうした!
 マッカッカーはそこにいるか!?」

「…。
 サーシャ…、駄目だ…」。

「ユーキ…?」

「子供だ…。
 マッカッカーには子供がいた…」。

 
キッチンの中央。
昨日と同じく四つ這いになって威嚇のポーズをとるマッカッカー。その脇にはマッカッカーの半分ぐらいのサイズの子猿がいる。
ジャムパンが家にあると分かって、家族で取りに来たのだろう。

 
サーシャと二人、目を見合わせた。
「…サーシャ、どうする?」
「…仕方がない、キッチンのドアを開けよう」。

 
そうして私たちはキッチンのドアをそっと開け、禅部屋へと戻った。
5分後、キッチンに戻ると、マッカッカーの姿も子猿の姿もジャムパンも、跡形もなく消え失せていた。

 


今回の事件で反省した私とサーシャは、以後、キッチンにジャムパンを置く事はやめ、豆や野菜なども戸棚にしまうようにした。
 
キッチンに閉じ込められて懲りたのか、食べ物が無いと分かったのか、それ以来マッカッカーと子猿の姿はぷっつりと見ていない。

 
そんな風に過ぎて行ったリシュケシュでの日々。
ある日、家賃の支払いをしに行ったラジパレスで、オランダ人オーナーのクリスが、またもや新しい話を持ちかけて来た。

「なになに、猿と闘ったんだって?
 ティケティケ(いいね、いいね)。

 ところで二人とも、禅の修行の調子はどうだい?
 実は来月、うちがやっているヨガのコースが一つ終了する事になってね。
 よかったら2週間ほどの間、座禅を教えるコースを作ってみないかい?

 欧米人ツーリストは座禅に興味津々だからさ、きっとうまくいくと思うよ。もちろん集まった参加費は折半するからさ」。

 
突然のクリスの提案。

 
座禅を教える?
クラスを作る?

正直、急にそんな事を言われても、人にどうやって座禅を教えるかなんて全く分からない。

それに、私たちは修行中の身なわけであって、人に座禅を教えるというのも何だかおこがましくないだろうか。
大体、準備をするのにも時間はかかるだろうし、本当に参加者がいるのかどうかも怪しい。

 
どうだろう?サーシャ。


見るとサーシャ、少年のような瞳で目をキラキラと輝かせている。
今まで見たことがないような、過去一番の満面の笑顔だ。


「ユーキ!やったな!
 ついに俺たちの修行の成果を見せる時が来たな!

 何?
 自分たちの修行がある?

 いいか、ユーキ、仏道を志すものにとって大切な事は慈悲の心だ。
 自分たちの悟りよりも、他者の悟りを優先する。
 真に心からそう思えた時、すでに我々の修行は完成しているのだ。
 
 なに、大丈夫だ。座禅のレクチャーは全部俺がやるから。
 ユーキはただ上座に座って、日本から来た禅のマスターとしてそこに居てくれればいい。

 さぁ、そうと決まったら早速準備に取り掛かろう!
 時間は待ってはくれないぞ!
 俺たちの禅の集大成を見せるのだ!」

いやいやいや。
ちょっと待ってサーシャ。

今、さらりと禅のマスターとか何とか言ってたけど、何それ、本当に大丈夫!?

 
リシュケシュにやって来てから早くも2ヶ月。
禅のクラス開設に向けた準備が始まる。

→リシュケシュ編④に続く
(最終回まであと3話)



【チベット・インド旅行記】#46,リシュケシュ④はこちら!


【チベット・インド旅行記】#44,リシュケシュ②はこちら!




『絵本作家まえだゆうき:タイで唯一の日本人絵本作家』
世界の子どもたちに絵本を届けに行く旅の途中、ひよんな事からタイで暮らす事になりました😂🇹🇭🇯🇵
目標は『3年以内にタイで1番の絵本作家!』🔥
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