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インドに来て4ヶ月。素直なインド人を生まれて初めて見た瞬間である。

チベット・インド旅行記
#46,リシュケシュ④

【前回までのあらすじ】まえだゆうきはロシア人師匠のサーシャと、インドの山奥で、ツーリスト向けの禅のクラスを始める事になった。

昔々、インドのお釈迦さまのもとに一人の修行僧がやって来て尋ねた。

「お釈迦さま、心の中の雑念がどうしても止まなくて苦しいのです。
 どうすればこの心を静める事が出来るのでしょうか」。

お釈迦さまは修行僧の話を聞くと、川のたもとまで修行僧を連れて行き、黙って瓶で水をすくい上げた。

瓶ですくい上げられた川の水は、塵や泥が巻き上がり茶色く濁っている。
怪訝な顔でお釈迦さまの横に立つ修行僧。
お釈迦さまは、ただじっと瓶の中の水を見つめている。

そうして瓶の水を見続けることしばらく。
はじめ茶色く濁っていた川の水も、塵や泥が瓶の底に沈むにつれて段々と濁りが消え、最後には透き通った水だけが残ったではないか。

「…座禅を組むとはそういう事だ」。

サーシャが言葉を続けた。

「何もせず、ただ座る。
 これが大事なのだ。

 正しい姿勢で組んだ座禅は水瓶のようなものだ。やがて心のおしゃべりや雑念は底に沈み、澄んだ水が姿を現し始める…。

 …さぁ、今日の座禅はここまでだ」。


ラジパレスのクリスから座禅のクラス開設の話を受ける事数日。 
いつもと変わらぬ修行の日々に加え、座禅のクラスの準備も少しずつ動き始めた。

まずはクラス告知の為のポスター作り。
街の工務店に行き、ペンキを買い込み、自宅でポスターを仕上げた。

「う~ん、ユーキ。ポスターはもっと禅らしく、シンプルなものがいいな。
 色は黒と赤だけが良いんじゃないか?

 あー、あと、ポスターの中に◯(丸)は必ず描き込んでくれ。
 これは禅の教えの中で、始まりも終わりもない、空(くう)を表す記号なんだ。
 ちなみにこの只管打坐(しかんたざ)という文字の意味は、日本の道元というお坊さんが…」。

ポスター一つ作るのにも禅の逸話やうんちくが止まらない男サーシャ。
サーシャの溢れんばかりの情熱と、細かい注文に耳をかたむけつつ、せっせと漢字やデザインを書き込んだ。

そうして出来上がったポスターを街のゲストハウスや、ツーリストが集まりそうなアシュラムに貼りに行く。

ポスター作りが終わると今度は坐蒲(ざふ、座禅用のクッション)作り。


座禅で使用する坐蒲は、一般的な座布団よりも厚みがある。
あぐらや結跏趺坐(けっかふざ)で座った時に、お尻が高く上がることで背筋がシャキッと伸びる設計になっているのだ。

 
しかし、街中探してもそんな座布団が見つかるはずがない。
サーシャと二人、一から坐蒲の制作をする事にした。


 
まずは簡単な図面と寸法を書き、生地屋に持っていく。
街の生地屋の店先は、サリーで使うきらびやかな布。クルタで使う涼しげな布地。様々な生地がロール状に巻かれて並べられている。

店主のインド人に話をすると、「簡単、簡単、これならすぐに出来るよ!」と頼もしげな返事。
数日以内にサンプルを作ってもらうという約束を取り付ける事が出来た。

 
しかし、油断してはいけない。
安請け合いと、いい加減な返事はインド人の専売特許。


数日後、一体どんな坐蒲が出来ているのだろうとワクワクしながら店主を尋ねると、依頼した設計図からは似ても似つかない、ペラッペラのチャパティーのような、薄い座布団が出来上がっていた。

 
しかも、依頼したものとまったく違うものを作っておきながら悪びれる様子もなく、サンプル制作代50ルピーを平然と要求してくる店主。

 

さぁ、あなたならば、こんな時どうするだろうか?

少し話が逸れるが、インド国内を旅していると、何かにつけて法外な値段をふっかけられたり、言っている事が最初と最後でまるで違っていたり、嘘をつかれたり、という事が日常的に起こるものなのだが。

サーシャと一緒に旅をするようになってからは、ぼったくられたり、ふっかけられたりする回数が目に見えて減ったように感じた。


身長180㎝強。ちょっとしたヒグマのような威圧感を漂わせて、しかもお坊さんが着る袈裟をまとっているロシア人、サーシャ。
 
流石のインド人もビビって萎縮してしまうのだろう。

 
例えば一度、レストランからの帰り道に、リキシャ漕ぎのおっちゃんが値段をふっかけてきた事があった。
 
リキシャに乗る時は30ルピー(約75円)で良いと言ったのに、降りる時になって、やれ距離が長かったという理由で50ルピーを要求してきたのだ。

 
いつもの私だったら、まぁ、50ルピーぐらい良いかといっておっちゃんの要求をのむか、じゃあ間をとって40ルピー。という風にやり取りをするであろうところだ。


しかし、サーシャは違った。
 

おっちゃんの要求を聞くや否や、サーシャは顔を真っ赤にして怒りをあらわにし、袈裟の袖をまくりあげてリキシャをガシッと掴み、「うおぉぉぉぉ!」とリキシャを持ち上げてしまったのだ。

少なく見積もっても60㎏はあるだろう。足漕ぎのリキシャがぐいと持ち上がり、その後どしんと地面に着地した。

パンパンと手をはたき、どや!という顔のサーシャ。
 
流石のおっちゃんも呆気に取られて、30ルピーを握りしめ、そのままリキシャを漕いで去ってしまった。

さて、話を戻そう。
生地屋のおっちゃんの、失敗作の座布団を見たサーシャ。

 
みるみるうちに顔が上気したかと思うと、チャパティーのようなクッションを両手で持ち、思い切り両側に引っ張った。

「おぉぉぉぉ!」

バチコーン!
勢いよく真っ二つに分かれるチャパティー。
縫製部分がほつれて元のただの布切れに戻ってしまった。

 
目が点になる私と、店主のおっちゃん。


「おい!お前!
 お前はちゃんと設計図を見たのか!
 厚さ30㎝にしろと言っただろうが!
 こんなもの、坐蒲でもなんでもないだろ!
 50ルピー?ふざけるな!
 もう一回作り直してこい!」

 
サーシャのあまりの剣幕に、さっきまでふてぶてしい態度をとっていたおっちゃんもしゅんとしてしまって、「わかった。次回はちゃんとしたものを作るから」。と素直に従い、店内に戻っていった。

 
インドに来て4ヶ月。
素直なインド人を生まれて初めて見た瞬間である。

そうして生地屋から帰る帰り道、私はふと気になってサーシャに尋ねた。


「そういえば、サーシャってすぐカッとなって怒ったりするけど、それって禅の教えに反したりしないわけ?」

 
私の問いを受けたサーシャは、少し考えた後、良い例えを思いついたとばかりに話し始めた。

 


昔々、二人の僧侶が托鉢(たくはつ)を終えて寺に戻ろうとしていた。
道はさっきまで降っていた雨でぬかるみ、所々に大きな水溜りが出来ている。

すると、道の先に着物を着た若い娘が、水溜りを前に立ち往生しているではないか。

水溜りを無理に渡ろうとすれば着物の裾が汚れてしまう。

そこで一人の僧侶は、さっと娘を抱き抱えるとバシャバシャと水溜りを渡り、娘を向こう岸に渡してやった。

礼を言う娘もそこそこに、寺へと戻る2人。

その夜、もう一人の僧侶が思い詰めたような顔でやって来てこう言った。
「なぁ…、まがりなりとも俺たちは僧侶だ。いくら人助けとはいえ、僧侶として若い娘を抱き抱えるのはどうかと思うのだが」。


それを聞いたもう一人の僧侶はこう答えた。
「なんだ。お前はまだ、心に娘を抱き抱えていたのか」。


「…分かるかユーキ。
 感情を持つ事。感情を表現する事は決して悪い事ではない。
 むしろ人間として当然の事だ。

 大切な事は、過ぎ去った事をいつまでも思い悩んだりしない事。
 来るはずの無い未来に囚われすぎない事だ。

 分かったな、ユーキ」。

 
何だか良い事を言った風でまとめたけど、布を破くのは流石にやりすぎだったんじゃないかと思ったが、それは言わない事にした。


それから数日後。
今度はちゃんと依頼通りに仕上がった坐蒲を店主から受け取り、改めて量産をしてもらった。

生地屋のおっちゃんの勧めで安いコットンの業者も紹介してもらい、軽トラックいっぱいにコットンを買い付け、山の家でせっせと座布団に詰めた。

座禅クラスの準備も、いよいよこれで整った。

そうして日が暮れた後の我が家のテラス席。
かまどにパチパチと薪をくべながらサーシャと他愛もない話をする。


そうそう、焚き火の火起こしや、火の管理が常人に比べてやたらと上手いサーシャ。

ロシア人男性は軍隊の訓練の一環として吹雪の中で火起こしの訓練をさせられるらしく、この程度の焚き火は赤子の手をひねるより簡単なのだそうだ。

「俺の親父は熱心なコミュニスト(共産主義者)だった。
 親父は(ソ連)政府から管理を任された工場で3千人以上の労働者を雇っている事をいつも誇りに思っていたよ。

 だから俺が禅に目覚め、物質的な満足ではなく悟りの道を歩み始めた事は、親父には理解出来なかった。
 結局、最後まで親父とは分かり合えないままだったな…。

 ユーキ。
 俺はいつか、故郷のロシアに禅堂を建てたい。
 その時にはぜひ、ロシアにも遊びに来てくれよな」。

 
焚き火の炎がそうさせるのか、いつになくしんみりムードのサーシャ。
そんなサーシャの話を聞きながら、私もぼんやりとこれから先の旅の行く末を考えた。

 
パチパチと燃える焚き火の火の粉が夜空へと登っていく。
座禅のクラスがいよいよ始まる。


→リシュケシュ編⑤に続く
(最終回まであと2話)


【チベット・インド旅行記】#47,リシュケシュ⑤はこちら!


【チベット・インド旅行記】#45,リシュケシュ③はこちら!



『絵本作家まえだゆうき:タイで唯一の日本人絵本作家』

世界の子どもたちに絵本を届けに行く旅の途中、ひよんな事からタイで暮らす事になりました😂🇹🇭🇯🇵
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