Hiromi Yoshimura

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最近の記事

カワセミに会った日

私は、いわゆる峠のような地形が好きだ。はじめて一人暮らしした町は坂の町で、坂の上からは遠くの市街地にそびえ立つビルと眼下の家々が見渡せた。以来、偶然にも坂のある町に引越してきた。河岸段丘の地形の場合、川がそばを流れている関係で、その町には雰囲気のある坂道が付き物だ。視界が常に変化していく坂道は、毎日歩いても飽きることがない。そのような地形は古代の人々も好ましく思ったと見え、これまで住んだ町には縄文時代から集落が形成されていたようである。今もなお私は、気に入った坂道を上がったり

    • 木に咲く花

      ノルディックウォーキングで森の道を歩いた。森の奥でコブシがひっそりと満開で、桜はチラホラと咲いている。日当たりの良い道のそばの桜は、夕闇に白っぽく浮かび上がっていた。 ポケの花は葉をつけはじめ、レンギョウは黄色い優しい色合いで迎えてくれる。花が好きだった祖母のおかげで、幼い頃から花を触り名前を覚え良い香りをいっぱい吸い込んでいた。私がここに来ていない間にも、花たちは一日また一日と姿を変え、季節が着実に進んでいることを色彩の変化で知らせる。 大人になってから木に咲く花が好きにな

      • 2月に思うこと

        2月上旬、小学生に聖バレンタインという人物の話をした。しかし、小学生たちは2月14日が彼を記念した日だと知らなかった。だから、チョコレートを渡す日ではないと知り、本気で驚いていた。その反応に、私もびっくりしてしまった。 紛れもなく21世紀生まれ、物心ついた頃からインターネットにアクセスできたはずだ。おそらく、調べ方を知らないのだろう。国語の教科書で調べ学習が本格化するのは中学年以降だ。けれども、百科事典くらいはちゃんと引けると良い。1人でも事典さえ引けたら便利なのだけど…など

        • 家を出ないで走ることについて考えた三が日の記録

          年末に発熱し3日寝込み、元旦に解熱した。発熱時すでに心を固めていたのか、起き抜けに転職活動を行う。そしてそれ以降、咳をしながらむやみにお茶を飲み、ヒーターのそばでゴロゴロしている。 風邪とはいえ、もう6日の間地面を踏んでいない。ベランダからたまに見る外の世界は新鮮だ。太陽の光のあたる角度に春の兆しを感じる。年明けにくっきり見えていた富士山は、今日は雲が多くてよく見えない。はるか遠くには、観覧車のシルエットが見えている。引き籠っていてもストレスは感じていなかった。収納棚には常に

        カワセミに会った日

          映画館まで全力ラン!

          いっけなーい!遅刻遅刻ぅ! と、脳内でもう1人の自分が言っている。茶化している暇はない。全力で走らなければ映画に遅刻する。 子どもの頃からの習慣で朝ごはんを抜くことはない。気づけば、話題の映画の朝1番の回まで25分ほどになっていた。バスは来ない。私はバス停に背を向けて、映画館までの全力ダッシュを開始した。先ほど朝ごはんを食べたので、早朝とはいえ走るだけのエネルギーはあるのだ。 映画が早く観たいからといって、張り切って早朝の回のチケットを取っていた。おそらく、20分全力疾

          映画館まで全力ラン!

          10年ぶりに歩く

          フルマラソンがどういうものなのか、よく知らなかった。「ハーフ」の意味は最近知った。今では、フルマラソンやハーフマラソンがランナーにとっての晴れの舞台だということを知っている。なぜなら、オンラインサロンのランニング部の仲間がフルマラソンに挑戦するからだ。ほぼ走らない人を決め込んでいたけれど、せめてみんなを応援したい。みんながチャレンジするマラソン大会というものに少し興味を持ち始めていた。その野次馬根性で馳せ参じた私は、まさに今、フルマラソン前日のランナーたちの圧倒的な熱気に包ま

          10年ぶりに歩く

          ふわふわと秋の道を走ってる

          秋になって、また走るようになった。9月のよく晴れた日曜日、足は以前のランニングコースに向かった。夏の間、元気のよかったツクツクボウシの声はなく、涼しい風をまとって走ることのできる季節になっていた。ランニングをしていた頃からだいぶ間が空いている。重い身体を支えている足は、意外にも軽快に地面を蹴り上げていく。一連の動きと感覚は身体に残っているのだろう。そのことに少しほっとして、それからは、仕事の帰りにも走って帰ってくるようになった。鈴虫の鳴き声の中をタッタッタッと移動する。自分の

          ふわふわと秋の道を走ってる

          タヌキのパトロール

          それは、植え込みからひょっこり顔を覗かせた。2つの光る目がチキンをほおばる私を見ている。きっと猫だろう、と私は思った。なぜなら、その動物ははじめは慎重に緊張感を保ちながらこちらに近づいてきたからだ。しかし、猫にしては丸々しすぎている。黒っぽい顔と短いしっぽでようやくタヌキだと気づいた。でも、夏毛のシーズンなのか少々痩せている気がした。 チキンの匂いに釣られたのかもしれない。ひょこひょこと私のそばまでやってきたときにはもうタヌキは警戒を解いてしまって、自由に地面を嗅ぎ回りはじめ

          タヌキのパトロール

          跳ねる犬たちの月夜

          8月中旬、月が出るみたいなので天体観測会をします、というお知らせが流れてきた。集合場所の北池袋のくすのき荘に行くと、軒先で月や宇宙をテーマにした本に出迎えられた。私も、絵本『zoom ズーム』と萩原朔太郎の文庫本を並べる。ここは、オンラインサロンでご一緒させていただいているお友だちのFさんが軒先読書会と題して開いている図書スペースだ。本の棚の奥にはFさんのお友だちの天体望遠鏡が黒く光っている。 あとから遅れてくる友人を待って、外のベンチで萩原朔太郎を読む。文学に詳しいわけで

          跳ねる犬たちの月夜

          帰り道は猫町

          学生の頃、萩原朔太郎『猫町』に出会った。クレヨンハウス大阪店の棚で、パロル舎の本を購入した記憶があるものの、何がきっかけで読もうと思ったのか、ちょっと思い出せない。だけれど、学生時代に住んでいた坂の町で、猫町的な体験をしたことは鮮明に覚えている。猫町的という部分を一言で言うなら、迷子状態の人間が感知する不思議といえばいいだろうか。方向感覚のズレにより引き起こされる空間認識の逆転体験である。もしかしたら、私が『猫町』を手にとったのは、その体験と呼応する感覚が描かれていた本だから

          帰り道は猫町

          夏のノルディックウォーキング

          真夏の日差しの下では、すべてのもののコントラストが浮かびあがって見える。生物も植物も、本来持っているものの本質を色濃くする、そんな季節のように思われる。中に妖精が入っていそうなクロアゲハの優美さ、黒いリボンのようなオハグロトンボのほっそりした儚さ、そうしたものと対照的な有象無象たちが太陽に焼かれている。美しいものとそうでないものは、今まさにその力を最大化しつつある太陽の下、ハッキリと振り分けられていく。これは、うだるような暑さの中、夏の世界の一部になって歩いた早朝30分の記録

          夏のノルディックウォーキング

          三浦の坂道、自転車旅

          学生の頃、遅刻をすることが多かった。卒業後、かなり長い年月が流れているにも関わらず、出席日数が足りなくて卒業できない夢を見る。夢の中で私は、その昔、隠れキリシタンが暮らしたという里山に建てられた大学の、急勾配の坂道で、大嫌いな先生に頭を下げている。そして、絶対絶命の窮地に立たされた状態で目覚め、もう私を縛るものは存在しないことを確認して安堵する。 その日は、そんな悪夢を見たわけではなかった。ワクワクしすぎて寝付けなかっただけだ。身体が起きない朝は支度も遅い。気がつけばバスに

          三浦の坂道、自転車旅

          神楽坂でナビ旅!

          2021年初夏、友人2人と一緒に、Navi tabiというアプリで神楽坂を巡った。NaviTabi(ナビたび)は、オリエンテーリングやロゲイニング(フィールドに設置されたチェックポイントを制限時間内にできるだけ多くまわって点数を競うスポーツ)などのナビゲーションゲームを楽しめるアプリだ。アプリに収録されたコースを自由に選んでプレイすることもできるし、自分でコースを作成することも可能だ。 梅雨の晴れ間のある日、神楽坂下のスターバックスで待ち合わせた私たちは、慣れないアプリを起動

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          みんなが知りたいのは多分目に見えないもののこと

          大人になってから、アニメが本当に好きになった。アニメ視聴をはじめたきっかけは、図書館司書をしていた時に出会った小中学生たちで、彼らの好きな作品を知りたいと思ったことからだった。図書当番の小学生は、返却された本のバーコードをスキャニングしながら、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011)の面白さを語ってくれた。中学校の掃除時間を知らせる放送は、『荒川アンダーザブリッジ』(2010)のオープニングテーマで、図書のリクエスト用紙を配れば、アニメ化された漫画作品が入ってきた。図書室掃除を

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          チロのこと

          チロは、犬の名前だ。中学1年の夏休み最後の日、塾からの帰り道で、私は迷い犬のチロに出会った。チロは、茶色くて毛足が長い洋犬の雑種で、ススキの穂のようなしっぽを持っていた。あの時から四半世紀が過ぎた今、チロの顔を思い出すことはほとんどない。黒い大きな目が向けてくれた眼差し、一緒に遊んだ時間の記憶は、表層ではないところに深く降りていて、普段は顔を出したりはしないのだ。大人になってからも私は、犬が飼いたいと思ったことがない。私にとって、犬はチロのことだからだ。近頃私は、10代の頃の

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          雑誌『モノノメ』で東京の湧水地「等々力渓谷」を巡る

          雑誌『モノノメ』の都市特集「湧出東京」を読んで巡った東京の湧水スポットをレポートします。 今回は、東京23区内唯一の渓谷である等々力渓谷を谷沢川(やさわがわ)に沿って歩いてきました。 1.国分寺崖線の終わり、等々力渓谷 先日は、国分寺崖線の始まりである真姿の池湧水群を訪ねてきました。JR国分寺駅から歩いて15分という距離に湧水群があり、水路が張り巡らされていることは驚きでした。けれども、東京郊外に水が湧いていることはごく自然に受け止めることができました。武蔵野に豊かな緑地が

          雑誌『モノノメ』で東京の湧水地「等々力渓谷」を巡る