映画館まで全力ラン!

いっけなーい!遅刻遅刻ぅ!
と、脳内でもう1人の自分が言っている。茶化している暇はない。全力で走らなければ映画に遅刻する。

子どもの頃からの習慣で朝ごはんを抜くことはない。気づけば、話題の映画の朝1番の回まで25分ほどになっていた。バスは来ない。私はバス停に背を向けて、映画館までの全力ダッシュを開始した。先ほど朝ごはんを食べたので、早朝とはいえ走るだけのエネルギーはあるのだ。

映画が早く観たいからといって、張り切って早朝の回のチケットを取っていた。おそらく、20分全力疾走すれば間に合う。普段はバスを使って移動しているものの、本当は最寄りターミナル駅にある映画館までは3キロも離れていないのだった。
ランニングシューズは、私の気持ちを反映させてバス通りを飛ぶように走っていく。いざという時、移動するために必要なのは、ICカードではなく、走れる足だったのだ。しかし、コーデュロイの吊りスカートが足に纏わりついて走りを阻んだ。なぜ私は、こんなに分厚いものを着込んできたのだろう。肩にも負荷がかかって重たいではないか。そして、数分走っただけですでに熱がこもっていた。これからの冬は、軽くて暖か!軽くて暖かなものを着るのだ!と心にぶつぶつ刻みながら、大学前通りに到達した。案外順調だ。これは間に合う。私は胸を撫で下ろした。

しかし、そこには、次の試練が待っていた。11月中旬にもなると、この通りは鮮やかな黄色で埋め尽くされる。大学の敷地内から黄金色に色付いた銀杏の葉が、風に乗ってひらひら舞い落ちるのだ。その細い通りを仲睦まじいカップルが寄り添って歩く。追い越すことも、すれ違うこともギリギリの一本道が大学の建物に沿って果てしなく続いている。
私はここで、この通りにおけるもう一つの障害に気がついた。鼻を刺激する独特の香り、それは秋の味覚・銀杏だった。ここは美しい銀杏並木で、つまり、橙色の無数の銀杏爆弾は足元に点在しているのだった。向かう先は映画館、ここで銀杏を踏み抜くわけにはいかない。
しかし、計算上、歩くスピードでは間に合わない。視る力を最大値まで上げて、私は小走りに走った。この長い通りさえ抜ければ、駅につながる商店街だ。ゴールは確実に近づいている。
余裕がない状態に陥った時、私はそんな自分を見ているもう1人の自分に気づく。何か革命的な思考を授けてくれるわけではなく、ただ私より少しだけ冷静でお調子者だ。状況が差し迫っている現在、どんな自分も全力でぶつかる総力戦で挑むしかない。再び、脳内で、どこかで聞いたセリフが聞こえてくる。

足元の解像度を上げてください!
視界、オールクリア!発進準備、ヨシ!
吉村、出ます!!

今日観る映画がたとえ面白くなかったとしても遅刻はいけない。映画が始まってから劇場に入るのはだめだと思った。前前前世からの強い意志で、安全に走行しながら、私は銀杏並木を駆け抜けた。

劇場へのエスカレーターに乗りながら、走行時間を確認すると21分だった。上映までのCMはやけに長くて、作品が始まる頃には全力疾走の呼吸はすっかり整っていた。

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