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チロのこと

チロは、犬の名前だ。中学1年の夏休み最後の日、塾からの帰り道で、私は迷い犬のチロに出会った。チロは、茶色くて毛足が長い洋犬の雑種で、ススキの穂のようなしっぽを持っていた。あの時から四半世紀が過ぎた今、チロの顔を思い出すことはほとんどない。黒い大きな目が向けてくれた眼差し、一緒に遊んだ時間の記憶は、表層ではないところに深く降りていて、普段は顔を出したりはしないのだ。大人になってからも私は、犬が飼いたいと思ったことがない。私にとって、犬はチロのことだからだ。近頃私は、10代の頃の記憶が頭をもたげることが多くなった。そして、「あの時は気づかなかったけれど、本当はこうだったのだ」というふうに思う。不思議とそんな繰り返しをしていた。その中に、しっぽをゆらゆらさせながら足元に纏わりつくチロの姿がある。

チロは、1992年から2004年頃まで、旧街道沿いの町を渡り歩いて暮らした。小さな町は、お正月映画『男はつらいよ』の寅さんのように放浪する1匹の存在を許容した。近所の小さな子どもたちは、チロを見つけると「タヌキ」と呼びかけた。また、強面だったので、隣町の子どもたちからは「オオカミ犬」と呼ばれていた。チロは、舌を出して笑っているみたいな、愛嬌のある顔立ちをしていた。出会ったときに首輪をしていなかったものの、人懐こい性格から、人間に飼われたことのある犬だと思われる。そして、チロは、私や弟のことを完全に保護対象とみていたようだ。時々家に帰ってきたのは、私たちが元気にしているか気にかけてくれていたのだろう。チロは、中学1年の夏以来、時々家に来るようになった。私と弟、弟の友だちという子ども集団の中にチロも混じっていた。シューズの靴紐を結ぶのが遅いと、鼻を鳴らして急かす。靴のそばで歯をガチッと噛み合わせて、自ら紐を結んでくれようとする勢いだ。公園に行く時に、「位置について、よーいドン!」とかけ声をかけると、目をキラキラさせて先頭を切って駆け出す。

雪がちらつく冬の日は、家の前で丸くなって、しっぽにくるまっていた。私が学校から帰ってくるのに気がつくと、一目散に走ってきて飛びつかんばかりにはしゃぐ。いつもそこにいるわけではないけれど、今日は来てるかなと思うと、家に帰る足が早まった。学校で嫌なことがあっても定期テスト前でも、チロを思い出すと明るいものが心に流れ込んできて、1日分の重い気持ちは綺麗に消えてしまう。夏休みは、女子剣道部の朝練にも付いてきた。これから何が始まるのかと、通気用の窓からこちらを見守っていたチロは、気合いと呼ばれるかけ声と竹刀の音に度肝を抜かれて逃げ出した。武道とはいえ、突然竹刀を振るって闘う少女たちを目にして、さぞ驚いたことだろう。

今日はいてほしいなと思う日は、察知しているように決まって家の玄関に座っていた。茶色いふわふわのしっぽを揺らしながら、真っ直ぐにこちらに走って来てくれる。公園に行って、腰を下ろしてしまうときには、チロも黙って隣に座っていた。泣いてしまった時などは、目を見張って様子を見守り、手の甲に付いた涙を舐めた。私の膝に片足を載せて、まるで大丈夫、大丈夫と慰めているかのようだ。仲良しの子どもの気持ちの動きをよみとり、世話をしていたといっても過言ではない。私は、チロに会うまで犬が好きではなかった。幼稚園の頃、大きな犬に追いかけられたことが原因だ。遠い幼稚園に歩いて行くことも憂鬱で、町をうろつく大きな犬は怖かった。チロも野良には違いなかったが、うろついているというより、理由があって今そこにいることが、よく見ていれば分かった。チロは、集団登校の一団を先導して学区の子どもたちを小学校まで見送る。おなじみのタヌキ犬が今日は来たといって子どもたちは喜ぶ。近所の小学生には、よく知られた顔だった。

チロは、犬からも一目置かれているようだ。ある日チロは、普段は鎖に繋がれて暮らしている黒柴を伴ってやってきた。黒柴は自由の身になったことがなかったのだろう。あちこち動き回って全く落ち着きがない。チロは、この脱走劇の途中で私のところに寄ってくれたのだった。この企てを知らせても良い人間だと思われていることが何だか嬉しい。せっかく来てくれたのだからと、黒柴にも牛乳を出した。するとチロは、焼き餅を焼いて黒柴の分まで一気に飲んでしまったので、お腹を壊さないか気になった。黒柴は1日遊んですぐ家に帰ったようだ。

別の日、チロは丸々した仔犬を2匹連れてきた。チロは雄犬なので、どこかから連れてきたとしか言いようのないシチュエーションだ。仔犬は、模様も顔立ちもチロとは違っていたので、チロの子どもではない。よその子と一緒に家に来たチロは私に何を伝えようとしているのだろう。仔犬たちが牛のような模様をしていることに気がついた私は、全てを理解した。おそらく彼は里親を探していたのだ。公園の近くの家に仔犬が産まれたこと、ウシと呼ばれる犬が公園に出没することで全てが繋がった。もしかしたら、愛情深い母犬は仔犬をチロに託して、なるべく近所に子どもたちの引き取り先を探そうとしたのかもしれない。鎖で縛られている飼い犬にとって、チロのように自由な暮らしを送る犬は貴重だ。犬の世界にも、もちろん人間の世界にも顔が広い。まるで、『男はつらいよ』の寅さんのような存在だったのだろう。

今にして思えば、チロの存在によって10代の多感な時期を守ってもらっていたのだと思う。
自分が家族から大事にされて育ったことを本当に実感できたのも大人になってからだった。気がついていないだけで、存在ごと受け止めてくれる静かな眼差しに見守られてきたのだ。あの優しい犬に私は何を返せただろうか。私が学生になって家を離れてからも、チロは家を訪ねてきてくれていたという。帰省した時に会えたこともあった。帰ってきていることがちゃんと分かっていたのだろう。最後に会った時、チロは、隣町の路上でぼんやりと私の乗った車を見送っていた。隣町の犬好きのお宅で可愛がられていたようだった。

出会ってきた過去の出来事の答え合わせをするかのような作業は、年を重ねる中でずっと続いていくと思う。だから、私がこれから出会っていく出来事のなかで、今度は過去にもらったものを返していけるように自分もなりたい。好奇心いっぱいの黒くて丸い目が、今もどこかで見てくれているような気がする。