雑誌『モノノメ』で東京の湧水地「等々力渓谷」を巡る
雑誌『モノノメ』の都市特集「湧出東京」を読んで巡った東京の湧水スポットをレポートします。
今回は、東京23区内唯一の渓谷である等々力渓谷を谷沢川(やさわがわ)に沿って歩いてきました。
1.国分寺崖線の終わり、等々力渓谷
先日は、国分寺崖線の始まりである真姿の池湧水群を訪ねてきました。JR国分寺駅から歩いて15分という距離に湧水群があり、水路が張り巡らされていることは驚きでした。けれども、東京郊外に水が湧いていることはごく自然に受け止めることができました。武蔵野に豊かな緑地が残されていることの表れのように感じたのです。
しかし、今回の湧水地巡りでは、何となく抱いていた東京観が瞬時に崩壊するほどの衝撃を受けました。等々力駅に降り立ち、歩くこと2分。成城石井の前を通過して、さらに歩いて行こうとすると、まだ日はあるというのに影の落ちた小道と赤い橋を発見しました。鬱そうとした木々の影が完全なる日陰を作り出しています。漂う湿気は、橋の両端に渓谷が口を開いていることを示していました。ここが国分寺から続く崖線の終わりだと分かっているのに、成城石井の裏に突然出現した渓谷を目にすると、キツネにつままれたような不思議な気持ちでいっぱいになります。
秋の夕方の光に照らされた谷底への階段を降りてゆくと、まるで異界に入り込んでしまったかのような感覚にとらわれました。台地と渓谷の高低差は10m、谷底から見上げると剥き出しの地層の変化まで確認できます。ぱっくりと口を開けている谷は深く、すでに街の通りの音は聞こえなくなっているのでした。歩を進めていくと、身体が湿気と水音に包まれていくのを感じます。
2.遊歩道
等々力渓谷は谷沢川で構成された渓谷で、東京23区唯一の渓谷です。渓谷には30カ所以上の湧水が発生し、一部は窪地に集まり湿地を形成しています。湧水が流下する緩斜面にはセキショウ草地が、湧水の溜まる場所には湿生植物が自生しています。崖線の斜面部分には、ケヤキやシラカシ、ムクノキが自生し、武蔵野台地の崖線の潜在自然植生と考えられています。
約1㎞の遊歩道のコースには、ところどころ湧水が滲み出していて、小さな湿地帯がありました。歩いて数分で山にワープしてしまったかのようです。涼しい渓谷の風に包まれながら、次はどんな景色が目の前に現れるのか、冒険心がくすぐられます。遊歩道を歩けば、そのすぐ脇に湧水の出現を確認することができます。
この遊歩道を散策している人々の年齢層は、幅広く、またそれぞれの動きも様々でした。バトントワリングのパフォーマーとその動画を撮影するカメラマン、台本のようなものを手にしてセリフを口にする青年にすれ違いました。また、橋の欄干にもたれて佇む人の目線の先には、小型犬をしきりに励まして川を渡る愛犬家の姿があります。渓谷の谷底に伸びた遊歩道には、上の街の一部が抽出されて下りてきているようでした。
3.滝
遊歩道は、何個目かのコーナーで、不動の滝に出会わせてくれます。役行者が修行したといわれている不動の滝では、龍の頭から水が落ちていました。さらに上の崖には、崖線の地層が剥き出しになってグラデーションを作っています。
急勾配の階段を上り切ったところには、満願寺・等々力不動尊があります。境内の一部には盆栽の綺麗な鉢が展示されていました。
地元の方も、散歩や通り抜けに使う道なのか、谷底から階段を使って境内を抜けていく姿があり、寺は渓谷に位置しながら同時に街に融合している場所だと感じさせます。門には、七五三のポスターの前に、色とりどりのコスモスの鉢がありました。
4.終わりに
等々力渓谷の湧水の流れに沿って、多摩川方面から電車に乗ると、たったの40分で最寄りの京王線の駅に到着しました。都心側を回るのではなく、崖線を辿るように帰途に着く方が早いことがわかったのです。
今回二つの湧水地を訪ねてみて、最寄り駅から湧水地までの移動時間は30〜40分でした。国分寺崖線の、はじまりと終わりの両方の土地は、パッと行って帰ってくることができる距離だったのでした。モノノメを読んで、気になる土地を自分で歩いてみたことで、私の東京感は確実に変わりました。こんなに近いとは思いませんでした。考えてみたら、野川沿いは国分寺崖線なのだから、地図を見れば一目瞭然です。湧水地を基点に、東京の西側がどんなふうに繋がっているのかを体感できた旅でした。
渓谷を歩くとき、気持ちは子どものようにわくわくして、本当はよく知らなかった東京の町を、0地点からインプットしていく自分がいました。『モノノメ』は、私の知らなかった東京がまだこんなにあることを紙面を通して教えてくれます。それは、ただのありふれた情報としてではなく、もっと確かな形で届きます。なぜなら、今回の私がそうだったように、読んだときに沸き起こる疑問や、自分と向き合う時間を読者に約束してくれるからです。その意味では、個々の読者の能動的な〈よみ〉を信じて作られた雑誌だといえます。
あとわずかになった2021年も、そして来年も、『モノノメ』を片手に自分の東京地図を新しく描いていきたいと思っています。
#モノノメ
〈参考ホームページ〉
◉全ページ解説集つき】モノノメ 創刊号
https://wakusei2nd.thebase.in/items/51216334
◉モノノメ 創刊号(本誌のみ)
https://wakusei2nd.thebase.in/items/51225747