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愛の後始末➁

「愛を始められへん俺らがさ、終わった愛を掃除するバイトをするんて、皮肉よな」僕は口の端に付着したカレーを紙ナプキンで拭き取りながら言った。

「いや、俺等にしか出来ひん仕事やで。ラブホテルの人手が足りんくなったらどの店も満室で、行き場を失った愛が彷徨うことにことになるやろ。誰かがやらなあかん仕事やねん。じゃあ誰かって、誰や。それが俺らや」

「社会的意義のある仕事みたいに言うなよ。ラブホの清掃やぞ」

「でもさ、愛の後始末のプロになればさ、逆に見えてくるもんもあると思うで、俺は」

「愛の後始末って言うの何なん。やめてくれん?ラブホの清掃やから」


クリスマスシーズンの梅田はわざとらしいくらい華やかで、ユニクロのウルトラライトダウンを色違いできている僕等にとって、居場所はカウンター八席のカレー屋か地下の喫煙所しかなかった。

紀伊国屋書店の前では、黒のワイドパンツをはいた、全身真っ黒の男がうじゃうといた。周りとは違うというオーラを出そうとする魂胆は、同じ意志を持った男達に阻害され、結局周りと同じような服装になってしまっていた。悲しいかな、手ぶらでウルトラライトダウンの僕等の方が、よっぽど周りとは違うオーラを放っていた。

面接は四時からだったので、僕等は阪急電車に乗って十三へ向かった。阪急電車に乗ると、何故か襟を正さないといけないような気分になる。勿論、ウルトラライトダウンに襟などないので、正すことなどできないのだけれど。
「履歴書とかいらんの?」と僕は彼に尋ねた。
「いらんやろ。ラブホテルやで。学歴で判断すんのか?」
「いや、そういう問題じゃなくて、身元とか」
「いらんいらん。知らんけど」
「まあ別にやりたいわけじゃないし、ええねんけどさ、落ちても。でも、ラブホの面接落ちたら、俺等って相当終わってるってことやな。ちょっと楽しみになってきたわ」

ホテルの名前は、古い映画のタイトルをもじったチープな名前だった。外装も名前の安っぽさにふさわしく、昭和を彷彿を彷彿させた。どう考えても、流行りのラブホ女子会に使えそうにもない、一夜限りの使い捨ての愛を処理するためだけに利用されそうな雰囲気だった。
中に入り、顔の見えないフロントに面接の旨を伝えると、八畳くらいにの休憩室に通された。
ドアを開けて中に入ると、僕等の浅い人生経験では年齢を予想出来ない風貌をしたおばあさんが、錆びたパイプ椅子に座り、床に置いた水色のバケツに煙草の灰を落としていた。

「面接できました、よろしくお願いします」
彼がそう言って、僕は頭だけを下げた。

「なんや、あんたら、わっかいのお。いくつや?」

「二人とも二十です」
彼が答えた。

「冷やかしか?なめとったらあかんで」
また、煙草を一本取り出し、そのおばあさんが言った。

「ちゃいますよ、ホンマにバイトしに来たんすよ」
また、彼が答えた。目の前にいる人の、前歯が一割しか残っていない圧倒的なビジュアルと、部屋の異臭に僕は圧倒されていた。

「あかんあかん。お前らみたいな男のガキは、血とかみたらすぐひよって辞めよんねん。もう帰り、他んとこで働き」
おばあさんは、手で払う仕草をした。


僕等は、そそくさとホテルを’後にした。
帰り道、彼は拍子抜けした顔で、
「そんなん、先言うとけよ。時間の無駄やんけ」と言った。
「時間なんていくらでもあるやん。忙しいみたいに言うなよ」
「まあせやけど。でもあのばばあ、歯全然ないし、部屋めっちゃ臭かったな」
「正直、帰らしてくれてよかったわ」

「まあもしかしたら、後始末は私がやっとくから、あんたらは愛を育みなさいっていう意味で、帰れって言うたんかもしらんな」
彼はそう言って笑った。

クリスマスまでは、あと一週間を切っていた。




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